ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



四季を織る


=1=



かの地は熱風に覆われ、砂塵を巻き上げて流れる。

時に荒涼たる寂寞(せきばく)は重苦しく人々の肩にのしかかるのだが、今の己にとっては晴れがましくもあった。

「…ふっ」

不思議な瞳の獣を撫でながら、驍宗は一人暮雲を眺めていた。

隣で一緒に暮雲を眺めている獣を手にいれんと、安闔日の度に駆地すること六度。

ようやく手に入れた美しい獣を従え、懐かしい故国へ想いを馳せる。

もう充分に慣れた騎獣に名を与え、この懐かしい思いのまま郷里へ戻るのは容易い。

しかし、何故か足を踏み出すに至らず、手綱をあらぬ方に向けた。

音もなく空に上がる騎獣。

赴くまま行く先には奏がある。






















奏南国に入った驍宗は、すぐに舎館を探して計都を預けた。

街を歩きながら観察する。

街は小さかったが活気に溢れ、人々の表情は穏やかで、南国特有の陽が地を彩っていた。

揺るぎなき、まさに大国。

人々がそれを象徴しているではないか。

いくつか店を廻ると、驍宗は門を潜って街の外へと出た。

妖魔の気配はもちろんなく、街道に面して木々が植列されている。

しばらく北に向かって歩いてふと、視線の奥に何か瞬くものを見つけた。

何だろうかと足を踏み出してすぐ、大きな池である事が分かった。

穏やかな波が水面に浮かび、陽がそれを洗って反射を生む。

驍宗は佇んだまま、ふわりとした暖かい風を受ける。

黄海で受けた風も温かだったが、それとはまた違う性質の風だ。

しばらく瞳を閉じて、世界に身を任せていた驍宗の耳に、草を踏みしめる音が聞こえた。

背後からだ。そろそろと近付いてくるその音に、少し警戒して態勢を整えた。

耳を澄まし、腰の剣に手を当てたその瞬間。

背後から人が飛び出してくるのを察知した。

振り向きざまに剣を抜き、飛び出してきた人物の喉元を狙って薙ぎ払おうとした。

しかしその力を止める事となる。

止められた剣の切っ先は、首の表皮にその温度を伝えるだけに留まり、事なきを得た。

今、驍宗の目前には見開かれた漆黒の双眸があった。

驍宗は剣を引くと、すぐに身を翻して目を逸らす。

体を池のほうに向けると、剣を収めて口を開いた。

「すまない。草寇(おいはぎ)か獣の類かと」

「…い…いえ」

羞恥に染まっているのか、消え入りそうな声が背後から聞こえる。

驍宗が剣を突きつけた者。

剣を突きつけられていたのは大きな漆黒の瞳を持つ女だった。

ただし、その身に何も纏っていない。

水浴びでもしていたのだろう。

瞳と同じように、艶やかに濡れた髪もまた漆黒。

対照的だったのはその肌だった。

体にまとわりついている髪が漆黒であるのに対し、そこには雪肌がある。

「あの…」

背後の女は去る気配をみせず、水面を見つめる驍宗に声をかけてくる。

訝しく思ったが、もう一度振り返るわけにもいかず、そのままの体勢で次の言を待った。

「この辺りに…衣が落ちておりませんでしたか…?」

「…いや。見かけていないが…」

そう言うと、落胆したような息が聞こえた。

「そうですか…」

途方にくれたような声が聞こえ、足音は横に移動していった。

次いで、水に飛び込む音。

ようやく顔を動かす事が出来た驍宗は、水音のほうを見て、水に入った女を見つける。

「衣をどうした」

声を投げかけると、肩まで水に浸かったまま近くまで移動してくる。

「わかりません…誰かが持ち去ったのでしょうか。あるいは獣かなにかが持ち去ったのかもしれません」

「どうやって街へ戻るつもりだ」

「それは…」

「いくら南国とはいえ、この時期にずっと水中にいては体が冷えてしまうだろう」

秋分を過ぎたばかりだが、この国は驚くほど暖かい。

しかし水浴びを出来るというほどの気候ではない。

「ですが…このまま上がることは出来ません」

「それでは困るだろう」

驍宗は身を翻し、その場で待つように言った。

素早く街へと戻り、葵色の襦裙を買うと再び池へと戻る。

衣を渡すと後ろを向き、着替えるように言ってその場で座った。

女は小さく息を呑んだが、そのまま衣を身に纏ったようだ。

「簡素なもので申し訳ないが」

「いえ…こんな立派なものに初めて袖を通しました」

と言うことは着替え終わったのか。

驍宗はゆっくり振り返って、葵色の襦裙姿の女を見た。

葵色は彼女の黒い髪と、漆黒の瞳によく似合っている。

肌の白さがより強調されたように思った。

ふと思えば、己とは正反対の色素を持つ人物である。

髪は黒く、肌は白く、どちらも艶やかで美しい。

それに内面もまた、正反対であるように見受けられる。

どこか怯えたような表情をしているのは、衣を失ったからだろうか。

「奏では水浴びが普通なのか」

「いいえ…。通常は自宅で湯を使います」

「では何故池で水浴びを?」

「私が湯を使えるような身分ではないからです」

「湯を…」

湯を使えない身分で奏に定住している者であるのなら、家生か浮民以外には考えられなかった。

その考えを見透かしたように、女は口を開く。

「父も母も家生でしたから…。すでにこの世にはおりませんが。…あの、こちらはお返し致します。こんな立派なものを頂くわけには参りません。家公さまもよい顔をなさいませんし、それに…」

女は続きを飲み込むようにして首を振った。

驍宗に向き直って再度口を開く。

「すぐに探して参ります。少々お待ち願えますか」

「いや、一緒に探そう」

「…。ありがとうございます」

頭を下げた女に、驍宗は名を問いかける。

「私はと申します」

か。良い名だ。わたしは驍宗と言う。見つかったら呼ぶから、はここで待っているといい」

「いえ、そんなわけには」

はそう言うと、身を翻して遠くの茂みに向かっていった。

特にそれを止める事はせず、驍宗もまた反対の茂みのほうを探す。






























空の色が濃い茜に染まった。

しかし、の着ていたものは見つかっていない。

そろそろ閉門の刻限であろうと目算をつけ、と合流した。

「申し訳ございません。こんな時間まで足止めをしてしまって。それに…」

「衣の事なら気にしなくてもいい。街まで送って行こう。着ているものの説明をせねばならないだろうから」

「そ、それでは驍宗さまに迷惑がかかります。こっそり裏口から戻れば、気付かれずに着替える事が出来ましょう」

そう言っては歩き出す。

振り返りながら、驍宗に問いかけた。

「驍宗さまは、街に逗留しておられますか?」

について歩き出した驍宗は、それに頷いて答えた。

は少し考えるように首を傾げる。

「夜…深夜ごろにお会いする事は出来ますか」

それにも頷いて答える。

「ではお手数なのですが、お館第の近くまで来て頂けませんか?この素敵な襦裙を返すには、それしか方法がないのです」

「返さなくとも構わないが」

しかしそれが問題になってしまうのなら、処分してしまったほうがいい。

「…家公さまに見られてはいけないものです」

そう言ったの横顔は、何か憂いを含んでいる。

これは家生の持つ独特なものだろうか、それとも、だけが持つ問題でもあるのだろうか。
































街に着いた二人は、すぐ館第に向かった。

大門(いりぐち)の手前でそれぞれ別れる。

は急いで院子(なかにわ)を迂回し、堂屋(むね)から孤立した廂房(はなれ)へ入って行った。

自らの房間(へや)に駆け込むようにして入ると、粗末な衣に着替えて外へ出る。

元々二着しかなかったものを、一着なくしてしまった。

今後水浴びをする時は、何か考えねばならないと思いながら堂屋に向かう。

!こんな時間まで水浴びしていたのか!」

堂屋に入った途端飛んできた罵声。

肩を竦めたに歩み寄ってくるは、この家の主だった。

肩を竦めて怯えるの頭を掴み、無理に上げさせて顔を覗き込む。

は絞り出すような声で謝る。

「も、もうし訳ございません」

「水辺で男と逢い引きでもしてるんじゃないだろうな」

ここの主は恰幅の良い男だった。

「…人が付近にいたので、中からあがれなかったのです」

見上げるようにして言う漆黒の瞳を、男はまじまじと見つめていた。

「ふん、そうか。さっさとその濡れた髪を乾かしてこい」

掴んでいた手を乱暴に放し、を追いだすような仕草をする。

男が見ていないと知っていながら、は深く礼をとってから退出した。

「ふん。惑わせおって」

が退出したのを見計らって、男はそう呟いた。

乱れた髪が頬をうねり、ぞくりとするほど妖艶に見えたのだ。

日に日に美しさが増してゆく。

冴え冴えとした月のような肌に、闇夜を思わす漆黒の髪と瞳。

どこか浮き世離れした雰囲気を漂わす、不思議な女だった。

これで衣が粗末でなければ、家生のようには見えない。

家生に手を出すとなると、見下げ果てた行動のようだが、いつまで自制していられるか怪しいものだ。































は夜が好きだった。

一人になれる貴重な時間、遠い憧れに思いを馳せることが出来る唯一の時だったからだ。

しかし今日は違った心境で、待ち遠しい夜を迎えた。

物音を立てぬよう廂房(はなれ)から出たは、院子(なかにわ)を横切って裏の方へと抜けていった。

そこに門はなかったが、壁が崩れている場所がある。

生け垣で中からは目立たず、抜けたそこは串風路(ろじ)になっていた為、誰もその穴を知らなかったのだ。

丁寧に畳んだ葵色の襦裙を抱え、汚さないように気を付けながら穴から外へと出た。

月明かりの方へ歩いてゆくと、誰もいない夜中の途に出る。

月明(げつめい)の中、途には誰一人いなかった。

大きな途ではないから、当たり前かも知れないが、辺りは寝静まって音もない。

抜け出すのが遅すぎただろうか。

そもそも明確に場所を特定していない。

この辺りと言った漠然としたものだった。

それがいけなかったのだろうか。

「大丈夫だったか」

ふいに声をかけられて、肩を竦める。

人の気配などどこにもなかったはずだと思いながら、聞き覚えのある声に振り返った。

「驍宗さま」

ほうっと長い息を吐き出した

すぐに顔を上げて驍宗を見た。

月華の中に佇むその人は、の遠い憧れと似ていた。

白いと思っていた髪は、月のせいか銀を含み、紅い瞳は色を和らげてを見ている。

「闇夜に溶けそうだ」

「え…」

「いや」

そう言って笑った驍宗の横顔。

大きく打ち付ける鼓動を聞いた。

それを誤魔化すように、腕に抱えていた襦裙を差し出した。

「こちらを。ありがとうございました」

驍宗はそれを受け取らずに口を開く。

「家の者は今?」

「家公さまでございますか?すでにお休みになられております」

「そうか。では、ひとまずそれを着て」

漆黒の瞳が驚きを含んで開かれる。

すぐに正常に戻ったのは、有無を言わさず驍宗が歩き出したからだ。

「ど、どちらに向かわれているのですか?」

「夕餉を一人で食べるのも味気ない。少し遅くなってしまったが、付き合ってはくれないだろうか」

歩きながら言われてしまえば、襦裙を返しにきたは従うしかない。

何しろまだ受け取ってもらってすらいない。

一度袖を通した葵色の襦裙を羽織りながら、驍宗の後に付いていった。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





リクエストを頂きました。

今回は黒髪、内気だけでしたが、どんなもんでしょうか☆

しばらくお付き合い下さると幸いです。

                               美耶子