ドリーム小説
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「今頃は奏に着きましたかねえ」
のんびりと言った朱衡に、榻に半ば寝転ぶようにして腰掛ていた尚隆は、大仰に溜め息を着いた。
「娘が嫁に行く気分というのが、少し判った気がするぞ」
それに対して朱衡は頷き、
「私は妹が一人減った気分です」
と言って微笑んだ。
「でも結局の所、悲しむ顔など見たくはありませんしね」
まったくだと言って、成笙も頷いた。
「それならどうしてそっくり、奏にくれてやらなかったのだ?」
帷湍の疑問に尚隆は大きく笑い、そして言った。
「それでは俺がつまらんからだ。大師はやらんと言っただろうが。はやるが、大師はやらん。二人が会う事を多めに見てはやるが、あれは雁の民だ」
それに対し帷湍は深く溜め息をつき、に同情した。
しかしながら帷湍とて、がまた雁に戻ってくると言うのは、嬉しいことだった。
「ずっとべったりでは、かえって熱の醒め易くなるもの。それぐらいが丁度いいのかもしれませんね」
朱衡の言った言葉に、一同が頷いた時、一つの知らせが舞い込んできた。
「台輔の意識が戻られたようです。しかし…」
「どうした、続けろ」
「しかし…うなされるように、大師のお名前と、大師のお土産を連呼していらっしゃいます」
「なんとも、心配しがいのない餓鬼だな」
雁国の主はそう言って、口端だけを上げて笑った。
は再び奏に舞い戻っていた。
奏についた利広は、王に雁での出来事を奏上し、官吏の整理を進言した。
ゆったりとした雰囲気を持つ奏の国府だったが、冬官の一掃が行われた事によって、一時、騒然とした。匠師、玄師、技師の中には、夾莞を崇めている者も多く、一掃するのが最善だと思われた。
冠禅は改めて奏の大司空を賜り、彼の指示の元、新しい冬官の登用が行われた。
「ねぇ冠禅。ご両親の名前を教えて」
その間、は奏に滞在し、冠禅を見守っていた。
は忙しく指揮をとる冠禅の合間を縫って、そう質問した。
「なぜだ?」
冠禅はに聞き返した。
「雁に居たのは、両親との再会を信じてでしょう?妖魔にやられた所を見ていないなら、可能性がない訳じゃないわよね。でも冠禅はもう奏の人だし、情報を掴みにくいと思うのね。それなら、私が変わりに探してあげる」
冠禅は目を見張り、に感謝の意を込めて頭を下げた。
「卿伯ともあろうお方に、頭を下げられたのでは、返す態度に困ってしまいますわ。どうぞ、面をお上げください」
「よせよ。俺にそんな言い方しないでくれ。俺はがいなければ、大司空になんかなれなかったんだ。のおかげだよ」
「あら、それを言うなら私だって、冠禅がいなければ、大師になんてなれなかったわ。冠禅のおかげよ」
そう言ってお互い目を見合わせて笑った。
笑いあってしばし、冠禅はふとに質問した。
「はこれでよかったのか?奏に来たいんじゃないのか?」
それに対しては、ただ首を横に振って答えた。 「」
後から呼び止められる声に、は振り返り、そこに愛しい者の顔を見つける。
「利広」
雲海に面した露台に立ち、雁の方角を見ていたは利広に笑顔を向けた。
「。私は明日発つよ。はどうする?」
世界を一巡りするのだと言う利広に、は時を同じくして発つ事を決心する。
「なら、雁を周って行こう。ゆっくりとね」
そう言って片目を閉じる利広に、は頬を染めながら近付いた。
そして、その胸に頭を傾けて言った。
「ごめんね、利広」
はやはり雁を捨て切れなかった。それを王は気付いていたのだろう。
雁は温かい。自らを包むこの腕とは、違った温かさがある。
ゆえに、は利広と雁の間で揺れていた。
しかし今回、主に出された指示によって、は気がついたのだった。
自分に課せられた役目があるのなら、それを終えたと、胸を張って言えるような人間になりたかった。
そうでなければ、利広と釣り合わないと思ったのだ。
利広は謝るの頭をそっと撫で、その顔を自分に向けた。
「の家は雁にある。私の家は奏にある。そしてお互い、帰りを待つ人がいる。だから、今はそう思って我慢するよ。でも、いつか、をさらいに行ってしまいそうだよ」
そう言って口付ける利広に、は嬉しく思いながらも、一つの不安に心を奪われた。
「離れていても、利広は平気?」
「う〜ん。平気かなぁ…?まだ、出会ってから一日と離れた事がないからね。その時になってみないと判らないよ」
自分は一つ所に留まるような人間ではない。
奏でただ待つだけの日々が続くのなら、雁で役にたっている方が、にとっては、はるかに有意義だろう、と利広は思う。 でも…。 「でも、もし離れてみて、無理だと思ったら会いにいくよ」
「遠いわよ?」
「遠くても行くよ。が何処にいても、私には判るからね」
どこから来る自信なのか、そう言い切った利広に、は嬉しく思い、踵を上げて自ら口付けた。
利広はそれに答えるようにの体を支え、次第に口付けを深くしていく。
2人の長い旅は、まだ始まったばかりだった。
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