ドリーム小説




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その後成笙を筆頭に、再び関弓に向かった一同は、夾莞を捕らえた。


時を同じくして冬官府にも、捕獲の手は伸びており、冠禅も捕らえられた。


出来る限りの抵抗を見せた夾莞に対し、冠禅はおとなしく縄に付いたと言うことだった。


夾莞の罪状は明白。罷免を恨んでの画策であった。


国府を去った後、雁を出た冠禅は尚隆の仕入れてきた情報通り、巧から逃げてきたといつわり、奏の冬官に治まった。



「他国から逃げてきて冬官になったと言うのは、どちらかと言うと冠禅だろう。まあ、巧ではないがな」


尚隆はに言い聞かせるように語った。


冠禅は戴国、垂州の出身だった。



傾き始めた国を捨て、両親と供に雁へと逃げる途中に、妖魔に襲われた。


舷水の港を目前に一家は離散し、行方が知れなかったと言う。


それでも雁に居れば、いつか再会できると信じ、頑張って生きてきた。


元々手先の器用だった冠禅は戚幟の世話になり、その才能を開花させた後には、冬器専門の架戟に移動した。


その頃今の冬官長と出会い、昇仙を認められ、冬官の匠師になったのだと言う。

六年前のことである。







「六年前…」


はそう呟き、六年前を思い出していた。


当時、は無位の女官だった。


冬官府にあって、大司空の身の回りの世話をする、かろうじて仙籍にある、一介の下官にすぎなかったのだ。


下官と言っても、仕事の内容は殆ど奚達と変わりなかった。



大司空は気さくなお人で、話しやすさからはよく後ろをついて回っていた。その折、大司空に二胡の話をし、それを奏でる事が出来るのだと言った事があった。それに興味を抱いた大司空は、なんとかその楽器を作れないものか、匠師、技師に作らせようと試みた。しかしながら、誰もそれを作る事はできなかったのだ。


形を似せる事は出来ても、の思う音色とは程遠かった。


そんな時、冠禅に出会った。


新しく入った冬官だと説明を受け、冬官が作った、音色の異なる楽器を見せた。そして、音色を詳しく話し、それが作れるのかと問うた。


冠禅は音色とその形を元に、独自の考案を加え、立派な物を作りあげた。


冠禅の作り上げた二胡は、の手に吸い付くように馴染み、演奏中には体の一部のようだった。


礼のつもりで奏でた所、大司空はいたく感動され、これは他の六官にもお披露目しなければ、と思い立った。


しかしその思惑は六官を超え、王の耳に入った。


物珍しいと言うのもあったのだろう。何しろ蓬莱から来た者が、崑崙の楽器を奏でるのだから。


王、宰輔を初めとする、六位以上の人物が見守る中、は震える足を叱咤しながら演奏したのを覚えている。


もちろん独奏だったが、始まってしまえば、周りは一切気にならず、没頭するようにして演奏を終えた。


そして、二胡を初めて奏でた直後、無位の下官だったは、大師に抜擢された。



「私が大師を賜る事ができたのも、すべて冠禅のおかげです」


大師に任じられた時、はそう言って報告した。


その冠禅が、今は逆賊と成り下がってしまった。

六年前に思いを馳せていたは、ふいに突きつけられた現実に、幸せだった気持ちが一気に萎えるのを感じる。






「主上、見つかりました。全員無事です」


成笙の声がして、は顔を上げる。


「そうか。冠禅をこれへ」


はっ、と一礼し、成笙は再び退出した。


の言った事がすべて正解だったぞ」

尚隆はそう言って、を見てにやりとした。


「…え?」


問い返そうとしたが、意地悪く笑うだけの主に、は何も聞けないでいた。


尚隆がこうゆう表情をする時は、物事が動くまで何も答えてくれない事を知っていたからだった。


しばらくして、手に縄をかけられた冠禅が連れて来られた。


「縄を解け」


そう言った尚隆に頷き、成笙は冠禅の縄を解いた。


今や冠禅は血の気を失い、今にも倒れそうになっていた。


「冠禅…」


はその名を呼んだが、冠禅の顔が向けられることはなかった。


「戴の難民は無事保護したぞ」


尚隆の言ったそれに対し、冠禅は弾かれたように主を見た。


「まことで、ございますか…?」


「嘘は言わぬ」


冠禅はその場にへたり込み、脱力したように肩を落とした。


「ありが、とう、ございま、す。どのようなお咎めも、お受けいたします」


そう言って涙を流した。


一同は泣き止んだ冠禅の話に、耳を傾ける。



夾莞は雁を出て奏で冬官になっていたが、大人しくしているわけもなく、上官を丸め込んで視察、研究を理由に、各国を周っていた。それはもちろん、技術の流用や、物品を売りさばく為であった。


きな臭い国に出向いては、大量に冬器を売りさばいていたのだ。


戴に行くならば、虚海を越えるため白都に行かねばならない。


虚海に面する北東の港町、白都。そこには戴からの難民が多く押し寄せていた。


「ところが、この難民の内、数名が攫われた」



いわずと知れた、夾莞である。


今回の一計を企てた時、夾莞は冬官の誰かを使おうと決めていたようだった。


しかしそれには、自分の面が割れていない者を使わねばならなかった。

関弓の架戟で、戴の難民から昇仙した者がいるという情報を仕入れた夾莞は、冠禅が働いていた架戟を探し当て、冠禅をおびき寄せる事に成功した。


「両親を知っていると、そう言われて呼ばれました」


しかし向かった先に両親の姿はなく、十名の難民が縛り上げられ、荷物のように袋に入れられていたと言う。


開放するように迫る冠禅に、質問に答えれば開放すると言われ、宮中の知りえる事を細かく言わされた。


その中にはもちろんの話も含まれ、さらに旅立つ直前だと言う事を言わざるを得なかった。


夾莞は冠禅の話を聞き終わってもなお、人質を解放せず、ついには一計について漏らした。


もちろん冠禅は従えないと言ったが、従わないなら白都に赴き、秘密裏の内に難民を虐殺する。


若い娘や子供は売り払うとまで言ってのけ、冠禅を脅した。


「なんて外道な…」


の呟きに一同は頷いた。


細かく打ち合わす為、再び奏の冬官府で落ち合う事を約束させ、その場は開放された冠禅だったが、その後大いに悩んだ事だろう。


気が散じるのを自ら防ぐため、の演奏の一切を、聞かないと誓わなければならなかった。


「もし聞いてしまうと…その場で意思は挫け、すべてを言ってしまいそうだったのです。しかし私がすべてを言ってしまうと、少なくともその十名は死ぬことになる。ただ脅すだけだと言われ、騙されたのです」


しかし冠禅とて、六太がここまで酷い状態になるとは、まったくもって予想を超えたことであったし、使令に殺されて苦渋から開放される事を、心のどこかで望んでいたのだ。ましてや、そこから王に刃を向けようなどとは、いくら脅されていたと言っても、とても出来ないことだっただろう。



奏、才、恭と、なんとかの音を聞かずにやり過ごした冠禅は、恭で利広を見て焦ったのだという。


奏の太子がいきなり目の前に現れたのだ。


やましい事がある分、その驚きは尋常ではなかった。


もし自分がここで捕らえられ、連絡が潰えたとなると、夾莞は難民達を殺すだろう。そう思うと、いても立ってもいられなくなり、奏に知らせを飛ばした。


そして大急ぎで雁へと戻った。


上手くいけば、夾莞が雁に到着するまでに、難民達を助けることができるかもしれない、と淡い期待を抱いて関弓を目指した。


しかし都合悪く、関弓ではと出会ってしまった。


しかたなく国府へ向かう振りをし、と別れた直後、夾莞の元へ向かった。


淡い期待も虚しく、夾莞は雁に舞い戻っており、冠禅に向かってすぐに実行するように言った。


そして難民を押し込めた袋をあけ、その中から三人を解放した。


その中には三組の家族が捕らえられており、それぞれまだ若い男を選出した。


夾莞はそれらを脅しつけ、台輔の前で自害するように言った。


「冠禅…」


力なく言う冠禅を見ながら、は心を痛めていた。


早朝早く、まだ女官さえもちらほらとまばらな時間に、冠禅と三名の下官が仁重殿に赴いてきた。


仁重殿の女官に呼ばれたのだと言った冠禅を、女官は訝しく思い、身分を聞いた。


冬官、匠師の冠禅だと答え、後ろに控えるようにしている者も冬官だと言った。


こちらから呼びにやったとあれば、女官も通さないわけにはいかず、裁可を問う相手もまだ起きてはいなかったので、しかたなしに自分の判断で通した。


冠禅は六太の臥室に入り、まずは六太を起こした。


寝ぼけた六太に、の事で話があると持ちかけ、奏の太子が関わっていると言い、人払いを頼んだ。


六太は言われるままに人払いをし、冠禅に何事かと問うた。


「それが…実はは…いや、やはりこれはお耳に入れるべきでは」


そう言って思いなおしたように立ち上がり、わざとよろけて大きな陶器の置物を一つ壊した。


「も、申し訳ございません!お怪我は!?」


そう言って慌てる冠禅に、六太はいいから続けろと言い、他の三名は陶器の破片を拾い集めた。


拾うふりをしながら、六太の周りを囲むようにして、やがて一人が思い切って、自分の喉笛を切り裂いた。それを合図に他の二名も次々に実行し、その場が血の海になったのは、一瞬の出来事だったと言う。


冠禅は一人が喉笛を切ったのを合図に逃げ出したが、六太の使令に阻まれて扉の前でその鋭い爪に掛かろうとしていた。


それを止めたのは、六太だった。


頭から大量の血を被った六太は、朦朧とした意識の中で使令を止めた。


「お前が死ねば…が悲しむ、から…な…」


そう言って六太はその場で倒れた。


仁の獣とは言っても、まさか血を被っただけで倒れるとは思いもしなかった冠禅は、あわてて扉を開けた。


しかし、血の飛び散った官衣を見た女官はその場で卒倒し、駆けつけた女官も相次いで倒れた。


しかたなしに冠禅は扉を閉め、それを守るようにして立ち、辛うじて卒倒しなかった者に、黄医を呼ぶよう指示をだした。


その後は、も知っての通りである。


夾莞は六太を弱らせ、新たに刺客を向けるつもりだったのだと言う。


使令を封じるのがそもそもの目的で、最終的には首を落とす。


それは、王の命をとるのと同じだ。


事の重大さを、自分の力ではもう、どうしようもない所まで来ていることを、やっと理解した冠禅は冬官府に戻り、何も手をつけず自失していた。


そこへ捕獲の手が伸びたのだと言い、その長い話を終えた。


「冠禅、あなたは騙されていたのよ。そんなに自分を責めてはいけないわ」


はそう言ったが、冠禅は首を横に振り、言った。


「これは、知らなかったで済まされる問題じゃない。俺は…荒民だった俺を信用し、匠師に任じてくれた大司空を裏切り、を裏切り、ひいては恩恵を受けた雁を裏切った。もしそれを許すとなると、知らなければ、人を殺しても良いという事になってしまう」


「それは…でも、脅され、どうにも出来なかったのでしょう?同じ国の人間に死んで欲しくはなかったのでしょう?」


「それは…そうだが…しかしすでに三人の命を救えなかった。俺が殺したようなものだ」


冠禅はうな垂れ、悲壮な表情はますます、強張っていくばかりだった。


「ですから、どう処分されようとも、受け入れる覚悟は出来ております。夾莞に捕らえられた難民を、助け出して頂いて、ありがとうございました」


そう言って、自らの首を差し出すようにして跪いた。


「冠禅!駄目、駄目よ。そんなの、嫌よ。主上!ご温情を。この可哀想な戴の民に、ご温情を…」


は冠禅を庇うようにして、覆いかぶさった。


その様子を、誰もが苦い思いで見ていた。


…冠禅はすでに戴の民ではない。その籍は今、雁にある。雁に籍があり、国府に仕える以上、逆賊の処分は決っている。それを曲げる事もまかりならん」


は大きな目を見張り、その目から大粒の雫を零した。

歯を食いしばり、俯き耐える姿はあまりにかそけく、あまりに小さかった。






「しかし」



尚隆の声に、俯いていた顔は上げられ、その表情を捉えた瞳には、希望の色が湧きあがった。



「逆賊は夾莞。冠禅は脅されてやっただけに過ぎぬ。幸いにも六太は死んでおらぬし、頭目は捕らえた」



笑顔でそう言う尚隆に、後光がしたように感じたは、少し目を細めた。



「だが、加担した罪は重い」



は再び、胃に冷たい物が降りてきたのを感じた。



「主上、私の二胡を修繕できるのは、現在冠禅だけでございます。もし冠禅に死を賜ると仰るのでしたら、私は一楽士として、どうやって演奏して行けばよろしいのでしょう…」



「誰かに技術を叩き込み、それを待つ、と言う手もあるぞ」



二の句も繋げないその言い様に、は呆然としていた。



「主上!をあまり虐めないで下さい!台輔が助けた命を、主上が断つと言われるのですか」



ついに我慢できなくなった朱衡が言った。



「まぁ、待て。そう焦るな。誰も命をとるなど言ってはおらぬ」



諸手を上げ、笑みを消した尚隆はそう言い、表情を改めた。



「匠師として、逸材ではあるが、いくら脅されていたとはいえ、謀反に加担した者を国府に置く事は出来ん。それだけは判ってくれるな?」


に確認するように言う。は少し逡巡した後、ゆっくりと頷いた。



「冬官、冠禅を仙籍から除名する。さらに宰輔に危害を加えようとした罪で、国外追放を命じる」



「そんな…」



はそう呟いたが、冠禅は驚いて主であった男を見上げた。


そして深く喉頭を床に付ける。



「ご温情…感謝の言葉もございません」



処刑は免れたが、国外追放とは穏やかではないその決着に、はまだ動揺していた。



これを受け入れるのには、もう少し時間がかかる、とそう思った。



「ところで利広」



尚隆は大人しく事の顛末を、見守っていた利広に顔を向けた。



「奏の技師を奪ってしまったようで、すまんな」



そう言った尚隆の意を汲み取り、利広は微笑んで言った。



「かまわないよ。かわりに腕のいい匠師を、招く事ができそうだからね」



満面の笑みを浮かべる利広に、尚隆は少々嫌そうな顔をして言った。



「言っておくが、大師は渡さんからな」



そう言って見たものの、利広の表情はいっかな変わる様子がない。



「冠禅。匠師と言わず、大司空でどうだい?今の大司空は、なんだか生きるのに飽きだしたようだし、夾莞のような者を、管理できなかった責任は免れない」



そう言われた、当の本人は喉頭礼をとったまま、固まってしまっていた。



「大師」



尚隆の声に、展開についていけないは、慌てて返事をする。


「今回の卓朗君の活躍により、今一度奏に戻り、感謝の意をお伝えしろ。それと二胡の点検を三ヶ月に一度、奏にて行え。なにしろ雁にはまだ、その技術を持った奴がおらんのでな。奏の大司空に頼んで、見てもらえ」

個人的には反対なのだが、と付け加えた尚隆は、憮然としたまま退出した。



続く






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ああ、またやってしまった…

最後だけでした。ごめんなさいぃ!!

尚隆さんばっかり出てきてしまって…

それに今回は冠禅の過去編みたいになっちゃって。

次で挽回!?決着つけます。

                                    美耶子