ドリーム小説




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呼ばれたは頬を染めたまま振り返った。

「桓タイ」

近付いてくる桓タイを、その場に留まって待つ。

「少し話がしたいのだが…構わないか?それとも、夜にしようか?」

「どちらでも、構わないけど…でも、そうね。今から夕餉の仕度があるから、夜にしてもらってもいいかしら」

「判った。じゃあ、寝る前にでも」

そう言って桓タイはの元を離れた。

深刻な顔をしていた訳ではなかったので、少し気に止めながらも日課をこなす。

夜も深まりは湯浴みも終えて、寝る用意に取り掛かった。

「桓タイはいつ来るのかしら?」

後で、と言ったきり、桓タイを見かけていないは、首を傾げて独り言を呟いた。

探しに行こうかと思っている時に、桓タイはやってきた。

「どうぞ、入って」

は卓上に茶器を並べ、静かに注ぐ。

桓タイは何やら落ち着かない様子で、茶器とを交互に見た。

その様子に気付いたは、桓タイと向かい合わせて座り、何事かと目を向けた。

「どうしたの?桓タイ」

「…」

何かを言い出そうとして、言い出せないような感じだ。

それでもなんとか口を動かそうとしている桓タイを見て、は黙って待つ事にした。

茶を含みながら、静かに待っていると、やがては意を決したように、桓タイはを見据えた。

手に持った茶杯をそのままに、耳を傾ける。



緊張した声につられて、も居住まいを正した。

「はい」

「俺は以前、麦州に戻ったら、一緒になろうと言った。しかし…」

は驚いて、思わず立ち上がってしまう。

しかし、と桓タイは言わなかったか?

気持ちが変わってしまったのだろうか…

そんな素振りなど見せなかったのに、いきなり言われてしまうとなると、どう反応していいのか判らない。

立ち上がったものの、これからどうしていいのか迷い、はただ桓タイを見ていた。

「それは出来なくなった」

そういい終えた桓タイの顔を直視出来ず、は牀に走り寄った。

牀に腰をかけ、桓タイに背を向けて涙を堪えるため、一点をじっと見つめる。

何故とすら思えないほど動揺し、ただ空を切るように一点を見つめ続けるの背後に、桓タイの気配が近づく。



すまないとでも言うつもりなのだろうか…。

それはあまりにも残酷に過ぎる。

は振り向く事も出来ず、ただ固まっていた。

「こっちを見てくれ、

それでも固まったように静止している。

後ろから苦笑するような気配を感じたが、それにも気をとられる事なく、ただじっとしていた。

すると背後がじわりと温かくなったのを感じた。

桓タイの胸元が、背中に押し当てられ、頬の横から声がする。

「最後まで聞け」

体温に我を取り戻し、かろうじて頷く。

「慣例通りなら、禁軍将軍は麦州には戻らずに、内朝に官邸を賜る。太宰は太宰の官邸に住まう」

はっと顔を上げるに、苦笑した桓タイの息が漏れた。

「だから、先に謝っておきたい。一緒に住まうつもりだったが、互いに通わなければならない事になる。それは約束を違えることになる。それでも、は好いていてくれるだろうか?」

「それは、あ、当たり前じゃない!それは確認しなくても、判ってくれているのだと思っていたわ…」

「もちろん、判っている」

そう言って、前に廻されていた腕が離れる。

背後から消える気配はなかったので、振り返らずには反論した。

「じゃ、じゃあ、何故そんな…てっきり…私は…」

「これを」

どこから取り出したのか、再び前に出された桓タイの手には、珠が乗っていた。

細工の施された青い珠と、同じ細工の桃色の珠。

珠は茶色の紐で括られており、首飾りのようだった。

「これ、は?」

珠を見たまま、は桓タイに問うた。すっと腕が後ろに引き、首元に紐を括りつける感触がある。

胸元を見ると桃色の珠が光っていた。

動く気配に後ろを向くと、桓タイは青い珠を自分に括りつけている。

「まだまだ安寧には程遠い。これから国の中枢にいくのだから、今よりもっと荒廃と戦う事になるのだろう。落ち着いたら渡そう、と思っていたのだが、もう限界のようだ」

そう言って桓タイは、の耳上に口付ける。

「この珠は榴醒石と言う石で出来ている。覚えているか?が傷を癒していた時には、まだ荒削りの原石だった物だ。色は違えど同じ石だ。通常は青いものが多いんだが、桃色の物もまれにとれる。この榴醒石は特に珍しいもので、同じ塊から、この二つの色の石がとれた」

それを加工した物を二人が持つ。

何やら奇妙な呪のような気がして、は桃色の石を眺めながら聞いた。

「そんなに貴重な物を、私が貰ってしまってもいいの?」

以外に、この対になっている物を渡したくない」

「桓タイ…嬉しい…」

そう呟いたを、ぐいっとひっぱる力があり、桓タイと向き合う形勢になる。

「拓峰で主上が仰るには、蓬莱では婚姻の証として、指環を交換するのだと聞いた」

桓タイの眼差しは真剣そのもので、は引きつけられる様にそれを見ていた。

俺達の場合は野合になるのだが、と言って桓タイは続ける。

「これでは、指環の変わりにならないかもしれないが…考えたらこれが一番良いと思ったんだ」

はゆっくりと頷き、もう一度珠を見つめた。

「今日、主上から禁軍将軍へと言われ、には太宰をと聞いた時、渡そうと決心したんだ」

「どうして?」

そう問えば、桓タイは決り悪そうに頭を掻く。

「本当は…婚姻の証として渡すつもりだった。だが、気がつけばもっと些細な気持ちで、それは決して褒められるような物じゃない。慶はまだまだ女官が少ない。必然的に男の数が圧倒的に多いだろう。そんな所へを放り込んで、周りが放っておく訳がない」

「それは…?そんな事はないと思うけど、仮にあったとして、私が断れば済む問題でしょう?」

は、自分の事がよく判っていない。どれだけ密かに思いを寄せられているのか…州城でも凄い数だったんだぞ。幾人かには言い寄られていなかったか?州師の連中にも、何度か言い寄られていただろう?」

「ど、どうして知っているの?」

「見ていたからだ。ずっと見ていた。会わないようにしながら、それでもこの目がを追うのを止めなかった。だから、何度も見た」

「見ていたのなら、どうして止めてくれなかったの?」

に相応しくないと思った者は、色々な手を使って事前に止めたが…幸せになれそうな者には何もしていない…その方が、は幸せになれると思っていたからな…」

は信じられないと言う目を向ける。

「その変な誤解は解けた?私は桓タイがいなければ、幸せになれないって、気がついてくれた?」

桓タイは困ったようにを見つめ、そして言った。

「誤解が解けた、と言うよりは、これは俺の我侭だな。俺が駄目なようだ。が傍に居ないと、俺は駄目だ。他の男に言い寄られるのも、気持ちよくない。縛りつけるような事をしていると、判ってはいても、それを止められない。心の狭い、つまらない男だと思われても仕方がないが、その珠は呪縛だ。は俺の物だと、教えるためにつけている」

「それなら桓タイの珠は、私が桓タイを縛るための物ね。桓タイは私の物だと、教えるための物なんでしょう?ね、それって、蓬莱の指環と同義かもしれないわ」

「嫌じゃ…ないのか?蓬莱では、それが普通か?」

は少し考え、判らないと告げる。

「普通かどうかは問題じゃないの。桓タイがそれだけ私を思っていてくれている、と言うのが私には嬉しいの。私をもっと桓タイでいっぱいにして欲しいの。引き離された珠を、お互いが持っているなら、きっと珠は一緒にいたがるわよね?だから珠の為にも、もっと一緒に居てくれるわよね?」

…」

それ以上はもう言い表せないとばかりに、桓タイの腕が伸びる。

きつくを抱きしめ、熱く口付ける。

口付けの後、はくすりと笑った。

「長かったようで、とても短い…私が蓬莱から流されてきて、二十年近くなるの。でも、私は一度だって帰りたいと思わなかった。懐かしいとは思っても、帰る事を望んでなかったのだわ」

桓タイは不思議そうな顔で、を覗き込んだ。

「だって、蓬莱には桓タイがいないもの。帰れるって言われたって、きっと帰らなかった。この世界のどこかに、桓タイがいる。それなら、蓬莱は私の帰るべき場所じゃないのかもしれない…」

どこか遠くを見つめて言うを抱く桓タイは、再び腕に力を込めた。

の帰るべき場所は、ここでいい。この腕の中に帰ってくればいい…もう、絶対に離さない」

の髪に顔を埋めて、桓タイはそう呟いた。

柔らかな布の感触を感じながら、滑るように手を動かす。

お互いの存在の全てを、体に刻み込もうとするような熱い抱擁と、熱い口付けに溶けそうになりながら、の心は満たされていった。

それに答えるように、は桓タイの背中に腕をまわし、その胸に顔を埋めた。

想いを通わせるのに、十年以上をかけ、お互いを信じるのにさらに数年を要した。

は、幸せに心が満たされていくのを感じる。

だけど、まだまだこの心は満たされるのだと、は思っていた。

桓タイの鼓動を頬に受けていたは、ふと顔を上げる。

見つめると、見つめ返す瞳がある。

手を伸ばせば、触れる所に桓タイがいる。

それが何よりも心強く、何よりも幸福感を呼び起こす。

新しく動き出した国で、二人の影は一つになる。

それは新しい未来を映し、輝いているようだった。








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榴醒石がやっと登場ですね。ひとまずここで終わります。

まだ書いていない事もあるので、続きを書こうかと考え中です。

どうしようか…悩みます。

                                     美耶子