ドリーム小説
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翌朝、桓タイは引き続き浩瀚とに、乱の模様を細かく説明していた。柴望に言われ拓峰に向かった経緯などを話し、を見て弁解するように言った。
「祥瓊は拓峰の殊恩党に、知り合いがいると言って着いて来たんだ。鈴と言う子で、の用意してくれた冬器の受け渡しの時に、知り合ったのだそうだ」
「鈴…?」
桓タイは頷き、海客だそうだと付け加えた。
「昼過ぎには来るのだと思いますが…」
そう言った矢先に訪問があった。慌てて浩瀚と供に、迎えに降りる。
赤い髪に健康的な褐色の肌をした少年と、と同じ黒髪の少女。
それに、紺藍の髪をした少女が立っていた。
桓タイが改まって紹介を始める。
新王は少年だと思っていた、赤髪の少女だった。
と言うことは…
はどちらが祥瓊で、どちらが鈴なのかすぐに見抜く。
館第の中に入り、お茶の用意のために、は一人席を外す。
席に戻ると、浩瀚と新王は消えており、桓タイ、祥瓊、鈴が楽しそうに話していた。
静かにお茶と、昨日作っておいた蒸した菓子を置く。
「さん?」
鈴だと思われる黒髪の少女が、を見上げて問うてくる。
「はい」
軽く会釈し、それに答える。
「やっぱり!」
二人の少女は目を見合わせ、くすくすと笑う。
何事かと首を傾げているに、黒髪の少女が言う。
「私、大木 鈴って言います。こっちは祥瓊」
予想通りの答えには微笑む。
祥瓊は柴望の言うように美しかった。
美しく、気品のある顔立ちをしている。
公主だったと言うのは、本当だろうと妙に納得した。
鈴も可愛らしい娘だと思った。
目の保養には充分ね、と心の中で呟く自分がいる。
「私をご存知なのですか?」
首を傾げて聞くに、二人は頷き、にやりと桓タイに視線を投げた。
不思議そうなに、鈴が語り始める。
「私たち、冬器の受け渡しの時に、労さんの所で知り合ったの。お互い同じ年頃の女王が見たくて、才と芳から出てきたって意気投合して…でも、乱が控えていたでしょう?心配だったけど、祥瓊が拓峰に来てくれて助かったわ。でも祥瓊が来た時、本当にもうだめかと思うくらい、危険な状態だったの」
鈴に続いて祥瓊が語る。
「柴望さまに無理を言って、桓タイに着いて行ったんだけど、拓峰はとても危険な状態だったわ。でもね、桓タイは絶対に死なないっていうの」
またくすくす笑いが起きる。桓タイを見ると、うっすらと赤い気がした。
「死なないと言うよりは、死ねないって事なんだって、言ってたのよ」
「約束があるからって」
二人は交互に言って、桓タイとを見る。
何故笑っているのか理解したは桓タイに習い、うっすらと赤くなった。
「国が乱れていると、愛しい人が悲しむんだって。苦しむ人を見ると、愛しい人が涙を流すからって」
「な、何を!」
桓タイは真っ赤な顔のまま祥瓊を睨んだ。それに意地悪く笑った祥瓊は、を見て微笑む。
「それでね、鈴と言っていたの。桓タイの愛しい人はどんな人なんだろうって。聞いても名前も教えてくれないし、何をしていて、何処にいるのかも教えてくれないのよ。仲間なのに、酷いと思わない?」
祥瓊に続いて鈴が言う。
「想像通りの人だったわ。さんは、すごく綺麗で優しそう」
褒められて、は照れながら言った。
「優しくなんて、ないですよ」
に続いて、赤い顔のままの桓タイが言う。
「どうしてと判ったんだ?一言も言ってないと思うんだが…」
またしても二人は顔を見合わせ、くすくす笑った。
「だって、桓タイから名を聞いた事があって、拓峰にも明郭にも居ない人って、一人だもの。女の数も少ないし、判るわよ普通」
祥瓊はそう言って意地悪く笑った。それに、と祥瓊は付け加える。
「話をするときに、あんな嬉しそうに話していれば、他に考えようがないじゃない?」
鈴はに目を向けて言った。
「乱の時には、それ所ではなかったけど、乱が収まって余談が出来るようになってから祥瓊から聞いたの。そしたら、どうしても見てみたくなって、陽子に着いて来ちゃったの」
赤い桓タイを少し睨んだが、当の本人は気にする余裕もないほど動揺していた。
恥ずかしさを誤魔化すために、は蒸した菓子と、茶器を二人分除けて、
「こ、浩瀚は主上とご一緒かしら。お茶を差し上げて来ますね」
と言って席を離れた。
くすくす笑いを背中に受けながら、は浩瀚を探した。
院子に向かうと、立って話をする二人を見つけた。
火照った顔を、深呼吸で元に戻し、は院子に入っていく。
「」
気がついた浩瀚が、を振り返り、笑顔で手招いた。
茶器を持ったまま院子に跪こうとしたを、陽子が軽く止めた。
「そのままで」
は、はいと返事し、院子にある石案に茶器を置いた。
「主上は蓬莱からお越しとか。蒸しパンはお好きですか?」
「あぁ、懐かしいな。頂きます」
そう言って、蒸し菓子を手に取り、頬張る姿はまだ幼く見え、は微笑ましく感じる。
「蓬莱の食べ物は、こちらにもあるんだな。食べられるとは思わなかった。ありがとう」
そう言う新王に、は恐縮しながら微笑んだ。
「この子は、海客なのです」
陽子は軽く目を見開き、ややして、それで、と言った。
昨日の桓タイによれば、陽子が会いたいような事を言っていたのだが、この反応をみれば、知らないようだった。
あの二人が会いたいと言っていたのだと、すぐに気がついたのだが…。
「私は、十二国一、幸運な海客ですわ」
「十二国一、幸運?」
そう問われて、は麦州に仕えるまでの経緯を、掻い摘んで話した。
海水浴中に蝕にあった事。
蠱雕に締め付けられ窒息したが、まだ生きていた事。
その後宙に投げ出され、人妖と間違われ殺されそうになった事。
逃げおおせた矢先に、褐狙と遭遇した事。
「それで十二国一?それはなかなか凄いな」
呆れたように言う陽子を、は不思議そうに見た。
「実はわたしは、初め巧国に流された。そこで海客だからと追い立てられ、売り飛ばされそうにもなった。飢えも乾きもあったけど…。だけど、私は蓬莱ですでに景麒と契約を済ませていた。言葉に不自由しなかったし、賓満も憑いていた。それに慶国秘蔵の宝重が手元にあった。水禺刀は妖魔を切ったし、碧双珠は傷や飢えを癒してくれた。そのどれもなく、身一つでそんな目にあって、それでも幸運だと言えるは強い」
そう言って尊敬の篭った眼差しで、陽子はを見る。
「あら、私も道具は持っておりましたよ」
どんな物だろうと期待する陽子に、は悪戯っぽく笑い、そして言った。
「ゴムボート」
「ゴムボート?」
気抜けしたような声をおかしく思い、は微笑んで言った。
「ええ。ゴムボートですわ。水着のお陰で、人妖だと思われたのですけど、得体の知れないゴムボートに恐怖を感じた人々から、逃げる事に成功致しました。空に投げ出された時には、パラシュート、とまではいかなくとも、風の抵抗を弱める事も出来ました。それに浩瀚さまや桓タイが、とても良くしてくれています」
「そうか、は強いな。見習わねば」
そう言って苦笑する王を、は胸が詰まる思いで見つめた。
彼女の苦悩が見えたような気がしたのだ。
しかし、とは思う。
着いてきたと言った先程の二人。
彼女達なら、この新王を信じ、助けてくれるだろうと思う。
陽子、と呼んだ親しさから、それが伺える。
「実は」
と言い置いて、陽子はを見た。
「今お願いしていたのだが…元麦州候に冢宰を頼みたい。まだ言っていないが、桓タイには禁軍の左軍将軍を頼むつもりだ。そこで浩瀚から、この度の経緯を聞いていた。紫望には、和州州候を頼むつもりなんだが、元麦州州司徒である、にも頼みたい。天官長太宰の任についてはくれないだろうか?」
は驚いてその場に立ち尽くしていた。
「浩瀚様が冢宰で、紫望様が和州州候。そして桓タイが…禁軍の左軍将軍?」
「そうだ。そしてが天官長太宰。不服だろうか…?」
気遣わしげに見上げる陽子の翠眼を見ていると、の胸に万感の想いがこみ上げる。
目頭が熱くなって、はその場に膝を着いた。
そして深く頭を下げた。
「長い…長い冬でございました。予王が在位あっての以前から、慶は波乱を駆け抜けました。今、雪解けなのだと、心から思います。ありがとうございます…」
跪いたに習うように、陽子も膝を着き、立つように言った。
「蓬莱には、階級制度のようなものはないはずだ。それなら、同じ蓬莱から来た私とは、平等であっていいはずなんだ。だから、頭を下げなくてもいい」
「制度的なもので頭を下げているのではありません。そのように下げる事は、皆無ではありませんが…。今、わたくしは主上に感謝の気持ちを、示したいのでございます。つたない言葉よりも、体が動くのですわ」
「そうか…ありがとう。でも、やっぱり立ってもらえないかな。あまり慣れないから…それと、返事を聞かせてもらっても良いだろうか。天官長太宰の」
「明春の朝でそのような大任をわたくしが務めあげる事が出来るとは、とても思えませんが、主上のお役に…いいえ。慶東国のお役に立てるのなら、喜んで仕えさせて頂きます」
そう言ったに安堵したのか、陽子は長い息を吐き、
「ありがとう」
と言った。
陽子は桓タイに禁軍将軍の話をして、しばらくした後、鈴、祥瓊と供に帰っていった。
陽子達が帰っていくのを見守りながら、はぼんやりと佇んでいた。
ふと空を見上げると、夕暮れの風景が瞳に映り込む。
「良い方でしたね」
後ろにいるであろう浩瀚に言った。
「これからが忙しくなる」
微笑んでいるような声色に、もつられて微笑んだ。
「大変でしょうね。麦州ですら、あの荒廃でしたもの。惨憺たる状態から、国を豊かにしていくのは、並大抵の事ではありませんわ」
「人事のように言うのだな。も同じく金波宮に上がると言うのに」
はそう言った浩瀚を振り返り、くすりと微笑んだ。
「確かに…でも、私は天官ですもの。むしろ、麦州時のように地官に任命されれば、もっと焦ったかもしれませんが…」
「国が落ち着けば、それも良いと思うのだが…はやはり、天官長が適任であろうな。港を統率した力、この館第にいてなるほどと何度も納得した。新王ともなれば、まだまだ敵は多い。特にこの国ではな。だがが目を光らせておけば、それも随分と安心できる」
「浩瀚様は、私をかいかぶっておられますわ。私はそんなに出来た人間ではございません。むしろ小童のようで、嫌になる時すらありますもの。今までは人に恵まれたのでございますよ」
それに対して浩瀚は首を振りながら言う。
「人がを慕うのは、の力だと思うのだが。今まで人に恵まれたのなら、これからもきっとそうなのだろう。それに小童のようになるのは、桓タイの件に関してだけではないのだろうか?」
笑いを含んだその声に、の頬にも夕暮が映り込む。
「浩瀚様!もう、今日は皆してからかうのですね」
そう言っては、館第に駆け込むようにして消えた。
後には静かに笑う浩瀚の姿が、夕陽に溶け込むように佇んでいた。
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