ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



海客と海客 〜先輩〜


=1=



「なあ、尚隆〜」

唇と鼻の間に筆を挟みながら、宰輔は隣の主に声をかけた。

「なんだ」

それに答えた声は、極めて不機嫌である。

「元々仏教ってさぁ、蓬莱のものであって、こっちのものじゃねえんだろ?」

質問の意味が分からず、尚隆は手を止めて何もない前を見る。

訝しげな顔を作ると、六太にちらりと視線を向けて言った。

「そうだが、それがどうした」

「どうしたもこうしたも……いくら胎果だからって、こんなに重んじなくてもいいと思わねえか??」

「……」

無言のまま落とされた視線の先には、写経十巻の束。

「なあ〜、勅命でもって終了させることは出来ねえの?」

「あのなあ……そもそも今回の件はお前のせいだろう」

二人仲良く並んで写経を続けているのには、少々経緯がある。

それは前日に遡らねばならない。



















「ふうん、蓬莱って来る度に変わるのな。同じ所に来たつもりでいたのに……数年前とえらく違う」

どこから調達してきたのか、洋装に身を包んだ六太がアスファルトの街並みを歩いていた。

昔は遠くに海が見えていたが、今は四角い建物に隠されて何も見えない。

しかし六太は何ら気にした様子もなく、頭の後ろに手を組んで、一際大きな建物に入っていった。

ここに来るのは二度目である。

動く階段に三度ほど乗ると、お気に入りの場所へ出るのだ。

六太は飛び乗るようにして階段を移動し、一際煌びやかな装飾で溢れている場所へと出た。

ふさふさの動物のようなものが至る所に置かれ、人型の模型が陳列されている。

蛇や蜘蛛を象った、精巧なものを見つけ、それを手に取った。

「ああ、これこれ。懐かしいな」

それで一度、女官に悪戯した事がある。

いや、厳密に言えば、脱走するのに利用した事があるのだ。

その時の様子を思い出すと、今でも笑いが込み上げてくるほどで、その素晴らしい出来に感服したのだった。

「新しいのもたくさんあるな」

そう呟いて店内を一周する。

しかしそのまま店を離れて移動を続けた。

動く階段でさらに一階上に上がると、文房具店の前で立ち止まる。

「あ、そうだ」

いつだったか、偶然見つけたものを探す。

墨の匂いに引かれたのか、筆ペンのある所に辿り着いた。

太めの筆ペンを三本手に取ると、ぐるりと辺りを見回す。

女の店員が二人、何か焦った様子で会話している。

年上らしき女は書類を捲りながら、若い方の女はそれを申し訳なさそうな表情で見ていた。

六太のほうはまったく見ておらず、入店していることすら気付いていないかのようだった。

再度手に持った筆ペンを見る。

これは墨を擦らなくてもよく、毛筆が固くて書きやすい。

いつでも気軽に仕える便利さが気に入っていた。

店員が捲っているのであろう紙の音を耳で確認すると、そっと服の袖に隠して店を出る。

「ん?」

どこからか聞こえた異変に、六太は少し足を速める。

しかし……

「ねえ、君」

「やべっ」

小さくそう呟くと、駆け足になる。

「あ……こら!待ちなさい!!」

下る階段を転げるようにして駆け下りると、外へ向かって全力で走り出す。

それでも背後から追ってくる声は、まだ聞こえている。

「待ちなさい!子供のくせに、なんてことするの!!」

建物を出てしばらく、襟首を捕まえられて宙に浮くのを感じた。

しかし重かったのか、すぐに降ろされた。

振り返ると、女性の頭が見えている。

肩は荒く上下しており、息が多く漏れている。

ふいに、その手が離れた。

その瞬間を逃すはずもなく、今だとばかりに駆け出す。

「あ、こら〜!待ちなさいってば!!君、どの子なの!お母さんに言いつけるわよ!」

その言葉にふと立ち止まる六太。

振り返ると、女は六太を放したその場で立ち止まり、怒った顔で叫んでいた。

「雁州国からきた六太って言う。ま、機会があったら訪ねてきてくれ。玄英宮にいるから」

そう言うとにっと笑い、片手を上げて逃走していく。

ぽかんと取り残された女性はしばらくその場で立ち尽くしていた。

























「ふう……」

大きな息をついて後ろを振り返る。

もう大丈夫なようだ。

「本当はちゃんと買いたいんだけどな……こっちの通貨って持ってないんだ、ごめんな」

誰もいない背後にそう言うと、六太は再び手を後ろに組んで歩き出した。

















夜になり、月が顔を覗かせてしばらく。

「そろそろ帰るか」

器用に木の上で寝そべっていた六太は、そう呟くと立ち上がって海に向かった。

海岸を伝って波打ち際に出る。

周辺に人影はなく、無機質な岩がすぐ隣にあるだけだった。

「沖まで出る必要はないか……」

そう言うと瞳を閉じる。

雁へ帰ろうと、意識を集中させたその瞬間。

何か大きな衝撃が足を襲った。

慌てて瞳を開けると、奇妙に歪んだ景色が映る。

「しまっ……」

最後まで口に出すことは出来なかった。

強風に煽られ、流されるようにして移動を続ける体。

何とか体勢を立て直そうと試みるが、あまりの風に目を開けることが出来ない。

衝撃の後から右足が重く、それが余計に均衡を崩す一因となっている。

焦ってもがくこと幾刹那。

急激に足が軽くなった。

急いで目を開けると、静かな世界がそこにはあった。

きょろきょろと辺りを見回す六太。

見慣れた宮城の一郭に立っている。

背後に雲海があり、露台に立っていた。

「なかなかやるじゃん、おれ」

ご機嫌な表情でそう言うと、眠るために帰途へとついた。

































「台輔、ご面会ですよ」

その翌日のことだった。

朱衡が六太を呼び止め、案内のために歩き出す。

「面会〜?おれ、何も約束してないぞ」

さまと申されます。ご存じでしょうか」

「ん〜?知らないけど?」

「おや、お知り合いではなかったのですか?台輔のお名前をご存じで、台輔自ら面会に来いと言われたとか」

「は?」

「過去、様々な事例がございましたので、面会の理由と事情を一通りは聞いておりますが」

「で、どうだった?」

「台輔はお会いしなければなりません」

「?」

朝議の終わり、その直後の事だった。

分からないと言った様子の六太は、大人しく朱衡についていく。

誰だろうと不思議に思ったが、面会など久しぶりの事だったので、少し楽しい予感がしていた。

しかし、六太の勘は見事外れる事となる。

外朝にある賓客が控える堂屋、その中に見知らぬ女が立っている。

常磐色の襦裙姿をしており、入ってきた二人に気が付き向きをかえた。

「こちらがさまですよ」

「誰だ?」

と言われた女もまた、分からないと言ったような表情をしている。

互いが不思議そうに見つめ合っていたが、六太が歩み寄って声をかける。

「どっかであったっけ?」

「……」

ただじっと瞳を見つめてくる女。

見上げるようにその瞳を見ていると、と呼ばれた女はぽつりとつぶやいた。

「やっと見つけたわ……」

嫌な予感がして、六太は一歩下がる。

そしてどこかで見覚えがあるように感じた。

「あ!昨日の……」

「やっぱり!随分と感じが変わってるけど、あなたなのね。子供のくせに、万引きをするなんて!!駄目じゃない!」

「な……何でこんな所にいるんだ!?」

「好きでいる訳じゃないわよ!」

あまりの剣幕にたじろぐ六太。

しかしなんとか体勢を立て直し、に向かって小さく言った。

「あっちの通貨を持ってれば、黙って持っていくなんて事しない」

「持っていかなければいいじゃない」

「う……で、でも、必要な物なんだ!蓬莱の文化を知ることは、この国の発展に繋がったりするし……」

「ふうん……」

軽蔑したような視線が頭上から突き刺さるのを、六太は冷や汗をかきながら感じていた。

まともにを見ることが出来ず、自らの足下を見るしかない。

思い沈黙を、じっとつま先を見つめて堪える六太。

しばらくするとふっと笑ったような声が頭上から降ってきた。

「あのね、他に方法はいくらでもあるでしょう?誰かに買って貰うとか、事情を説明してみるとか。黙って持っていくのはね、犯罪なのよ?この国もそれは変わらないんじゃないの?」

「……」

「何か言うことがあるでしょう?」

「……ごめんなさい」

六太がそう言うと、肩にふわりと手が置かれる。

「うん、いい子ね。もうしちゃ駄目よ」

黙ったままで頷いた六太。

それを確認したは朱衡に向き直る。

「ありがとう。運良く目的を果たすことができたわ」

「では、戻りましょう」

朱衡はそう言うと、背後に控えていた官吏に目を向けて合図を送る。

三名ほどが宰輔を囲み、なんだと叫ぶのを無視して運んだ。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





はじめに。

シリーズ作となります。ここは〜先輩編〜とでも言いましょうか。

続きはお相手もヒロインも代わります。まだ書き上がっておりませんが……☆

リクエストを頂いて書き始め、〜後輩編〜は付属の産物と言ったところです。

いきなり台輔に万引きをやらせてしまいましたが……心の広い皆様のこと、

ど〜んと笑って許して下さると幸いです。

                                        美耶子