ドリーム小説
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海客と海客 〜先輩〜 =2= 先に歩く朱衡について、辿り着いた場所。
そこは朱衡の自宅だと言う建物だった。
昨日は大きな所に住んでいると驚いたが、昼の陽の中で宮城の全貌を見てしまえば、さほど気にならない。
むしろ妙な納得があった。
あの夜、は消えかけた少年を見た。
その日は一日災難続きで、万引きの前には発注を間違えた物の処理で、仕入れ先と揉めるということもあり、さらに田中という男の社員とも諍いがあった。
仕入れを失敗したのはの後輩である新人アルバイトだった。
「私のことはレギーナと呼んで下さい」
そう言って入って来た新人バイトはまだ高校一年で、将来は占い師かカウンセラーになるのが夢だと言う。
初めは少し変わった子だと思ったが、話してみれば素直で可愛い。
特に気に入って仕事を教えていた子だった。
レギーナは人を惹きつける魅力のある子で、彼女を好いていたのはだけではなく、田中もとりわけ気に入っていたようだ。
その田中が彼女を執拗に責めるのでが怒った。
疑惑だけで責めるような言い方をしたのが気にくわなかった。
田中は普段からアルバイトに嫌がらせをする癖のある社員だった。
は現在十九。
レギーナと同じように高校一年の時からここでアルバイトをしている。
田中は正社員であったが、より後に入ってきた為、実質上はの方が先輩だった。
長いゆえに仕事もよく分かっていた。
だからが標的にされることはないが、代わりに新人は虐めの対象にされている。
新人であるがゆえに失敗はつきものだし、怒られることによって覚えると言うこともある。
よって、気分は良くないものの、いつもは何も言わずに黙って眺め、落ち込んだり泣いたりするアルバイトに助言したり、愚痴を聞いたりする程度であった。
しかしここ最近それが難しくなっている。
田中の怒りかたがエスカレートしてきたからだ。
些細なことでも怒る。
むしろ怒っていない時のほうが少ない。
上司の目を盗んで虐めるような事をするのが、どうにも許せなかった。
また正社員だと威張り散らしている姿も見苦しい。
そんな彼が唯一責めなかったアルバイトが、も仲良くしていた新人の後輩「レギーナ」だった。
気に入られていたのは知っている。
それで虐められないのなら良いだろうと思っていたのだが、先日から急にそれもなくなった。
何かあったのかと聞けば、告白されたので断ったとの事である。
そんな個人的な感情でレギーナを責め始めた田中を、許すことも、見ぬ振りをすることも出来なかった。
「ふられたからレギーナを虐めるなんて、ほんっと最低だわ!」
そう言いながら、確実にレギーナの落ち度であったのかを調べていた。
もし違うのなら、倍にして返してやろうと考えながら。
丁度六太が入店してきた時、発注表を繰り返し見て原因を追及していた時だった。
それを中断してまで六太を追いかけたが取り逃がし、帰ってくるとレギーナの落ち度であったことが発覚し、さらには怒ったに腹を立てた田中が、普段は姿を現さない店長を呼んだ。
控え室に入ると、臭い芝居で泣き落とし、全ての責任がにあるような言い方をしているところに行き当たった。
さすがに田中のほうは気まずい顔をしていたが、引っ込みがつかなかったのか、言い分を変えなかった。
も新人の後輩がやりましたとは言えず、ただ黙って店長の言葉を聞いていた。
最終的にはアイルバイトであるのにも関わらず、今後の責任を問われるような事を言い渡されて店を出た。
その不幸としか言えないような事態に、深く落ち込んでいたのだった。
レギーナはの代わりに辞めますと言ってくれたが、そうしてくれと言えるはずもなく、そうしてほしいとも思わない。
辞める必要はない、ちゃんと店長に事情を話すから心配ないと言ってなだめ、その場で別れた。
「はあ……逃げ出したい」
肩を落として帰途へとつくが、どうにもすぐ家に帰る気がしない。
そこで海へと出た。
岩に背を凭れさせ、海に落ちかけている月を眺めていた。
「山岡君も……ひょっとしたらこんな心境だったのかな……」
ふと、小学時代の同級生を思いだした。
山岡 亮(あきら)は小学二年の時、同じクラスにいた地味な男の子だった。
その頃クラスでは虐めが流行っており、よく標的にされていたのを覚えている。
は虐めた事はなかったが、かといって止めた訳でもなかった。
その山岡 亮が、ある日突然登校しなくなった。
姿を消したという噂だったが、いつの間にか転校していたと言う話になっていた。
あれだけ毎日虐められていれば、誰だって転校したくなるものだろう。
しかしそれはの心に深く陰鬱な影を落とした。
あの時庇っていれば、山岡は転校などしなかったのかもしれない。
同じ中学へ進み、同じ高校を卒業していた可能性だってあった。
それを分かっていて、見ぬ振りをした自分が酷く卑怯に思ったのだ。
だからそれ以来、虐めを目の当たりにすると、出来る範囲でなんとかしようとしてきた。
田中のような小さな権力を振りかざす者は、見ていて気持ちのようものではない。
それが度を過ぎたとあっては、黙って見過ごす事など出来なかった。
そうして対立してしまったがゆえに、今の状況である。
虐めを庇った為に、虐めにあっているような心境だった。
今後どうするのか、それは今考えたくなかった。
しばらくは今日の出来事を冷静に考える事など出来ないような気がしたからだ。
秋の色が近付いた海に、人の気配はない。
静かな波音と、海面に反射する月の輝きを眺めていると、心が洗われるようだった。
風は少し冷たいが、今の心情では気にならない。
そしての姿は、岩陰に入り込んでいたため、六太から死角になって気付かれなかった。
しかしのほうは、六太の呟きに気が付いて体を起こす。
声を掛けようとしたその時、六太の影が薄くなった。
見つけたとばかり、とっさに手を伸ばした瞬間、強風が体を強く押した。
あまりの風に悲鳴を上げることすら出来ず、もちろん瞳を開けていることも叶わず、ただ掴んだものに取りすがるようにして堪えた。
しかし急激に止まった強風に、その手を離してしまった。
それはまさに刹那の出来事。
は六太の足に掴まりながら、この国に来てしまったのだ。
だがそれを瞬時に理解することは不可能だった。
落ちた衝撃で意識を失ったのだから。
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