ドリーム小説




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周防国


=3=



「小司徒、そろそろでしょうか」

「はい。元州も近頃は整って参りました。こうして眺めていると、昔が嘘のようでございますね」

「地官の方々が一丸となって取り組んでいる成果でございましょう」

「いいえ。国と民が一丸となって取り組んでいるからですわ。夏官の方々にも多くの協力を賜っております」

の言葉に、少し照れた顔の旅帥が二名、空の上で笑った。























目的地へついた三名は、地に降り立ってしばらく、声を発することが出来なかった。

目前に驚くべき存在が立っていたからだ。

「遅かったな」

楽士を従えた王が不敵な笑みを浮かべて立っている。

「しゅ、主上!」

旅帥の一人が叫んで、ようやく各々が動き出す。

さん」

さま」

「どうしてこのような所に?」

「主上に連れてきて頂いたのです」

「大宗伯が心配なさっておいででしょう」

「たまには良いのです。元より反対でした。騙すような事に協力させた罰が当たったのですわ」

楽士のは、どこかで開き直ったらしい。

面白そうな顔をしてそれを見ている主に、小司徒のはちらりと視線を投げ、楽士に向かって言った。

「大宗伯がそれを余儀なくされるお気持ちを、どうぞ酌んで差し上げて下さい。主上がこうやって抜け出しておしまいになるからこそ、信頼出来る貴女に協力を願ったのです」

「あ…そのような事情があったのですね」

「ええ、それなのに…大宗伯が大事になさっているお方を、こんな遠くにまで連れてくるとは…」

「なに、外を見たいだろうと思ったのでな。宮城に閉じこもってばかりいては、気が滅入ってしまうだろう」

「それは主上と台輔だけですわ。ご一緒になさいますな」

すでに旅帥達は口を挟む余地もなく、ただ見守るしかなかった。

その心情は落ち着かぬものであったが。

「主上、すぐにお戻り下さい。さんを連れて」

「仕方がない」

ふぅっと大きな溜息をついて見せ、尚隆は踵を返した。

一人でたまに騎乗し手綱を引く。

直後、まっすぐを…小司徒のを攫い上げて宙で止まった。

「きちんと警護して戻れよ、を」

「主上!」

隣と下から、窘めるような声があがったが、それらを無視して方向を転換した。

























「すぐにを連れて行けと言わなかったか」

空の上で快活な声がそう言った。

もちろんが言ったのは自分の事ではなく、楽士のの事だったのだが…。

「…尚隆さま。今回ばかりは覚悟なさいませ。大宗伯がどれだけあの方を大事になさっているか、ご存じないのですか」

しかし尚隆はただ笑っただけで、それには何も答えない。

変わりにを引き寄せて口付け、胸元に頭を抱え込んで空行を続けた。





















しばらくすると、いつかの台地が見え始めた。

降りたってしばらく、尚隆はぽつりと呟く。

「いっそここを周防と名付けてしまおうか」

冗談めいたその言に、はくすりと笑って答える。

「では近隣に長門や石見も必要ですわね」

「では出雲も作らねば。神々が集う所がないからな。ああ、筑前、豊前、安芸も必要か」

笑って続けた尚隆だが、ふと見た隣のは、すでに笑っていなかった。

「いいえ。ここは雁州国でございます。周防も筑前もいりませぬ。もちろん出雲も…。神なら玄英宮におられます。今は私の目前ですが」

「そうか…」

「蓬莱は遠い夢の国です。周防も出雲も夢の中。でも、小松は違います。ここに広大な大地として存在する。尚隆さまの子が未来を育み、実り豊かに年を重ねる。その為に私が存在しているのです」

尚隆の手がの肩に置かれる。

しっかりと包むように置かれた手が熱い。

「ですから主上。休憩を終えたら視察に参りませんと」

「敵わんな…」

「それは…私がいつも思っている事ですわ」

手は肩を包むだけでは余るようだった。

そのままを引き寄せると、固く腕の中に閉じこめる。

緑野の輝きが二人を包むように。































尚隆は広がる光の野に寝ころんでいた。

の膝を枕にして、そよぐような風に揺れる髪をそのままに瞳を閉じる。

潮の匂いはない。

遠くにその輝きを見つける事は出来るが、今は視界から消えている。

瞳を開けると、愛しい相貌と供に、低い山々が視界にある。

周防はこのような所が多く存在したのだろうかと、そのような事を考えていた。

再び瞳を閉じると、解放されたような気持ちにさせる。

そのまましばらく時が流れた。


























遠き眠る草達に 語る三日月微笑んで



愛しき我が子は眠りける



桂の影に隠された 小さな我が家を映すもの



おねむりなさい石楠花(しゃくなげ)と おねむりなさい鶯(うぐいす)と



茜の空が見えるまで 風も草木も眠りける























初めて聞いたの歌声。

柔らかい笛の音色と同じような歌声だった。

「子守歌…か」

薄く目を開けると、斜陽が視界の端に見えていた。

「…起きてらしたのですか」

「懐かしい旋律だな。母君が唄っていたと言うやつか」

「ええ。若さまのために。私もよく真似て唄ったものでした」





、焦らなくても良い」

「え…?」

突然言われた事に、は目を二、三度しばたいた。

すると尚隆の手がの頬を包む。

やがて優しい声が教えた。

「周防を忘れようとしなくても良い。俺も小松を忘れないだろう。これから三百年経とうが、四百年が過ぎようが、忘れることはない。雁は確かに俺の国だが、小松で失ったものは二度と戻ってこない」

だからこそ記憶という形で留めておくのだ、己の中に。

の仕えた君主も、見守っていきたかった若も、無理に忘れる必要はない」

「でも…それでは尚隆さまに…」

「すまないなどと、思ってくれるな」

頬を包んでいる手に、の両手が被さる。

胸元に引き寄せる動作と供に、微かな震えが伝わってきた。

尚隆は起き上がって腕をまわす。

いつになったら、二人の傷は癒えるのだろう。

このまま一生癒えないのではないかという気さえする。

それでも、供に歩むと決めたのだから、大丈夫だと信じている。

「尚隆さま」

濡れた瞳が尚隆を見つめる。

かつてこれほど愛しいと思う者が存在しただろうか。

「大丈夫だ。忘れずとも、いつかその傷は癒える」

己に言い聞かせたものか、に言い聞かせたものか。

どちらともつかぬ言に、は頷いて瞳を閉じた。

尚隆はその頬を伝う涙を拭いながら、口付けを落とす。

何度も何度も…





遠くの青海に、陽が落ちようとしていた。











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『月の花』を書こうと考えていた時、当初のヒロイン設定は『敵』でした。

つまり、瀬戸内水軍、村上側の人間を書こうと思っていたのです。

それが何故『大内家』に代わったのだろうか。

それはきっと家紋にあります。

いえ、特に意味はないんですけどね。単に好きだったっていうだけ☆

でも、『敵』であれば話の内容は変わっていたでしょうし、

これほどまでの長い話しにはなってなかったでしょうね、きっと。

                                    美耶子