ドリーム小説
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周防国 =2= 翌朝。
ゆらゆらと揺れる感覚に、は薄く目を開けた。
眩しい光が射し込み、それ以上瞳を開けることが出来なかった。
慣れるまでにしばし。
そろそろと瞳を開けていくと空が見える。
そこで再び動きが止まる。
何故空が見えるのだろうかと考えてみるが、夢を見ていると考える以外に、その原因らしきものは考えつかない。
が難しい顔で考えていると、背後から笑い声が起きた。
「まだ状況が分からぬか」
振り返ると、陽を顔に受けた尚隆がいた。
「ここは…」
「もう元州だと言っておこうか」
「元…元州!?」
「一人でさっさと視察なんぞに行くから、再びこうして来る羽目になるのだぞ」
「朝議は…」
「今から戻っても間に合わぬ」
「ああ、また…」
「今に始まったことでもなし、気にすることはない」
「…」
何も返してこないところを見ると、諦めたようだ。
ただしばらくしてから大きな溜息が漏れたが、それには気付かぬふりをして騎獣を進めた。
昼を廻った頃、騎獣はようやく下降を始めた。
降りたったのは何もない山野だった。
ただ、どことなく懐かしい雰囲気を兼ね備えている。
「どうだ。蓬莱のようだとは思わんか」
言われては納得した。
確かに蓬莱のような…いや、にとっての故郷、周防で見た景色に似ている。
いつか夢で見た景色。
低い山々、一面の緑野、幼い義尊が大きくなっていた、あの夢。
義隆が見守っていたのは、ちょうどあの辺りだろうか。
「若様は…」
はそう言って尚隆を振り返る。
「これと同じ景色の中で申されました」
指を下に向け、静かに言う。
「もし、死んだらどちらに埋めてほしいかと。この緑野か、遠くに見えていた海か…」
「ほう…。どちらに埋めるように頼んだ?」
「私は…」
『もし、私が死んだら…若様。私の灰は、海に巻いて下さいませ。黒海でも、青海でも、どちらでも構いませんわ』
夢を思い返し、は言う。
「海へと、お願い致しました」
「俺のところへ戻るためか」
驚いた顔が尚隆を見つめる。
それに微笑みかけながら尚隆は言った。
「見えた海は雁だったのだろう?遠く、黒海と青海が見えたと…」
「よく…覚えておられますね。はい、確かにそのように考えておりました。欠片だけでも、尚隆さまの許へ帰る事が出来たのならと…」
大きくなった義尊。
ついて歩いていると、遠めに海が見えた。
蓬莱の夢の中で、何故か蓬莱のものではない海が現れる。
「欠片では俺がつまらん。戻ってくるのなら、そのすべてだ。身も心も、欠けていることは許さん」
「尚隆さま…」
自然に引き寄せられるように、互いが腕を伸ばして抱き合う。
柔らかな陽が二人を包み、緑野は輝きを増していった。
緑野に寝ころんだ尚隆の横に、は座って辺りを見回す。
ここは本当に夢で見た所のようだった。
遠くに青海が見える。
見えている半分が黒海であったのなら、さらに酷似していただろう。
「石楠花はないがな…」
の膝の上で、目を閉じた尚隆がぽつりと言った。
「え…」
「いつか見たと言う夢。その時に言っていた感じの風景を探した。苦しめるだけの夢ではない、ただ懐かしい周防の夢を見せたかった」
「あ…」
呪が完全に解けてから見た不思議な夢。
目覚めた時に、義尊が目前にいるのだと思った。
もちろん義尊がその場にいるはずもなく、それは尚隆だったのだが…
今にして思えば、尚隆が義尊に似ているのか、夢の中に出てきた義尊が尚隆に似ていたのかはっきりとしない。
いずれにしろ、その時尚隆に言った。
『若様は大きくおなりでした…でも…あれは若様ではなく、若い姿の尚隆さまだったのでしょうか…とても似ておいででしたわ。広い緑野に座る義隆様。私の手を引く大きい若様。低い山々と揺れる石楠花。そこに映る海だけが、雁から見える内海でした。黒海と青海…不思議な夢…』
この景色は、二人にとっての蓬莱なのだろうか。
いや、きっとにとっての蓬莱だ。
小松の領土は海域。
連なる山々に囲まれた台地などないだろう。
「尚隆さま…」
礼を言おうとして口を開いた瞬間、腕が伸びてきて頭にかかる。
そのまま下に押されていくと、尚隆の唇がそこにはあった。
輝く緑野は風によって煌めきを増す。
遠くの波音は雲海のように穏やかで、今は消えてしまったはずの故国が蘇る。
「若様が…尚隆さまに引き合わせてくれたのかもしれません」
笑っただけの表情がそれに答えた。
宮城に戻ると、例の如く待ちかまえていたのは天官長太宰であった。
しかしがその場を離れるまで待っていたらしく、その存在に気が付くことなく地官府へ向かった。
それから数日。
は再び元州へ視察に行く事を決めていた。
もちろん主に言うことはなく、準備は一人で進めている。
前回同様、成笙を訪ねて警護を依頼した。
出発を翌日に迎え、大司徒と調べる物の打ち合わせを済ませて後宮へ戻った。
翌朝、尚隆はまだ鐘の鳴らぬ内に起き出していた。
物音を立てぬように自室を抜け出し厩へ向かう。
ふと途中に朱衡のような影が見えた。
いつかのように横を向き、何者かと話している。
身を隠しつつそこへ向かって行く尚隆。
「いけませんよ。宮城から出てはなりません」
「ですが…」
「夏官が付き添ってくれる訳ではないのですから」
「…はい」
「さあ、分かったらもうお戻りなさい」
「はい」
朱衡がにこりと微笑んだようにも見えたが、遠くてはっきりとはしない。
夏官が付き添わないと言うのは、どうゆう事なのだろうか。
一人腕を組んで考えていると、朱衡が近付いて来るような音が聞こえた。
これはまずいと素早く動き、朱衡を避けてを追う形を取った。
音を立てぬように動いていた為、追いつくのに少し時間がかかったが、ようやく後ろ姿が見え始めた。
「」
呼ぶとその足が止まった。
にしては、少し違った後ろ姿にも思うが、尚隆はそのまま足を進めていった。
「」
随分近寄ってから再び呼ぶと、振り返る動作が見えた。
「華瑟…か」
女官は眉をしかめたが、すぐに一礼をして丁寧に言った。
「小司徒より御名を頂戴いたしました。その名は古い記憶を呼び起こさせるもの。今はと名乗っております」
「なるほど…」
朱衡が仕組んだ罠に二度もかかったと言うわけだ。
こうしている間に、小司徒のは宮城を発っただろう。
「さきほど、外に出たそうにしていたのはお前か」
「…はい」
「外の世界を見たいか?」
「え?」
「興味があろう」
「それは…まあ」
「では、連れて行ってやろう」
「え!?」
楽士のが何も返せない内に、その腕を引き始めた尚隆。
楽士はなす術もなくただ引かれていく。
警戒が緩んだ厩へは簡単に着くことが出来た。
騎獣を出すとすぐに乗り、見つけた夏官が止めるのを無視して宮城を後にした。
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