ドリーム小説




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すれ違い


=1=



「小司徒」


呼び止められたは、その場に足を止め、脇に引いてからゆっくりと振り返った。


「冢宰」

浩瀚は物静かに歩いて来る。


「この先は冢宰府のようだが?」


「ええ、冢宰に奏上した事がございまして」


「そうか」


そう言って供に冢宰府へと歩みを進める。


は地官の一、大司徒に次いで、小司徒を任されている。


冢宰府に到着した二人は、政務のために向かい合って腰を下ろす。


「さっそくですが、刺史からまた報告が。また新たに見つかりました。今回見つかったのは征州でございます」


「征州…」


「はい。征州の蒼羽郷は盟鉦県、琶鍔です。県正が一割程着服している模様。郷長は三割ですね。とても狡猾なやり方で、搾取しているようです。取立てはさほど厳しくはないようですが…」


「ないようだが?」


「税を納められないと、代償がつきます」


「それは?」


「男ならば、賦役でございますが…実状は奴隷労働に近いように思われます。内容は郷城の増強等ですが、寝る間も与えずに働かされるのだとか。女のほうは…」


何か苦い物でも飲んだような表情のに、浩瀚は先を促した。


「女のほうは、郷城に召し上げられます。中で何が起こっているかは、噂の域を出ませんので、申し上げにくいのですが…」


「噂の域を出ない、と言うのは何か理由あっての事か?」


浩瀚にそう問われて、ますます渋面になったは、しばし間を取った。


やがて重い口が開かれる。


「郷城に行った女は、二度と戻ってくる事はないのだと言います。もちろん家族が郷城に問い合わせれば、元気にやっている、ここでの生活が楽しくて、連絡もしないのだと返されるばかり。ごくまれに、面会を許される者も…。もちろんそれらは不平など零しません。ゆえにそれを鵜呑みにする民もおりましょう…ですが、男の扱いを見て疑問を持つのも、ごく自然の成り行きにございます」


なるほど、と浩瀚は深刻な顔をして考え込んだ。


「大司徒には?」


浩瀚にそう問われ、は溜め息と供に首を振った。


「それとなしにお伺いを立ててみましたが、大司徒にはご判断が難しいようでした。あの方は…その、少々控えめな方ですから」


暗に臆病だと言ったを、浩瀚は感心したように見ていた。


「ここは、一刻も早く王師をお出し下さいませ。冢宰からこの事をお話しになれば、主上も納得されるでしょう」


しかし浩瀚は首を縦に振らない。


「何故ですか!こうしている間にも、琶鍔ではひっそりと命を落としている者が居るかもしれません」


卓上につかれた手は大きな音を立てたが、それに浩瀚が驚いた様子は見受けられなかった。

「どれ程の人員が確保されているのか、実状が掴めないでいては、民を盾に取られる可能性がある。そうなれば、幾人の命を奪う事になるだろうか。その人数も定かではない。もしも乱を起こされたとあっては、大きな騒ぎになりかねないし、他州に燻っている火種を燃やすきっかけになるような事は、極力避けねばならない」


先を見越した視線で射抜かれたは、申し訳ございません、と下を向いて謝った。


「だが、このままと言うわけには行くまい。誰が征州に間諜を送ろう」


はぱっと顔を上げ、浩瀚に言った。


「冢宰。恐れながらその役目、わたくしにお任せ頂いても、よろしゅうございますか?」


「小司徒をそのような、危険を伴う任に着ける事は出来ない」


「ですが、他に適任がございません」


の内に、理由も判らず、ただ腹立たしい思いが膨れ上がる。


「刺史は適任ではないと?」


「適任なら、もう少し内情を詳しく報告したでしょう」


「なるほど…しかし女が危険だとあっては、まだ刺史を向かわせた方が…」


そう言われて、は怒りを覚えた。


「冢宰」


強く呼ばれた浩瀚は、を見据えて続きを待った。


「わたくしがここに居るのは、何の為なのでしょう?」


そう問われれば、浩瀚はただ苦笑するしかなかった。


「国を思えばこそ、です。わたくしの命など、多くの民の命に比べれば、取るに足らない物ですわ」


「自分をそのように軽んじる必要はない。も慶の民に違いないのだから」


「ええ…ですが」


言いかけたを、浩瀚は制す。


「命を測りにかけてはいけない。民に家族があり、慕う者があるのなら、にもそれがあるだろう。同じく尊い物だと言う事を理解せねば」


「わたくしには…家族も慕う方もおりません。ただ、慶の未来だけがわたくしのすべてでございます」


どこまで強情なのだ、と呆れ顔の浩瀚は溜め息を零す。


を慕う者もいるだろうに、その者は報われないな」


「あら、そのような奇特な方はおりませんよ」


目の前にいるだろうと言いかけたが、そのまま無言を通し、浩瀚はやり過ごした。


「それに、危険かどうかは行ってみないと判りませんし、国府からの視察と言えば、それほど無体な事もなさいますまい」


どうあっても自分が行こうという気配を読み取り、浩瀚は諦めの心境に入った。


「そうか…ではどうしても行くと言うのだな?」


「はい」


その強い眼差しに、浩瀚は一つ頷いた。


「では、大司徒には誤魔化しておく。小司徒はご病気だと言っておこう。ただし、くれぐれも危険な事はしないと誓ってほしい。本来、小司徒の着くべき任ではないのだから…地官からが抜け落ちれば、大きな傷となるだろう」



「冢宰…」


―そこまで厚い信を寄せて頂けるとは―


は心の中で感謝した。


浩瀚に認められた事が、何よりも誇らしい。


「それから、一人では行動せぬように。夏官から数名引き連れて行くのだな」


「かしこまりました」



続く






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※参照して下さい
蒼羽郷=そうばごう
盟鉦県=めいしょうけん
琶鍔=はがく

蒼羽郷も盟鉦県も琶鍔も勝手に設定させて頂いております。

ある、と思って読んで下さいね☆

                          美耶子