ドリーム小説
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=2= 翌日、は夏官数名と供に征州へ向かった。
禁軍将軍から推薦のあった者ばかりで、口も堅い。
蒼羽郷の郷城に立ち寄ったは、数日の滞在を請うた。
「わたくしは元々蒼羽郷の出身なのです。慣れない国府で体調を崩してしまいまして…しばらく故郷で養生するように言われました。こちらに滞在しても、よろしゅうございますか?」
郷長は丸い顔に柔和な笑みを浮かべ、に言った。
「それはそれは、国府も大変ですな。ここで良ければどうぞ滞在を」
そう言った郷長の寡杢は、とても酷吏には見なかった。
少々拍子抜けしたは、一室を宛がわれ、つけられた女官を捕まえて質問を始めた。
どうやって郷城に登用されたのかと聞けば、税を納めきれなかったのだと、いとも簡単に白状する女官。
しかし、郷長がよく面倒を見てくださるのだと、笑っていう女官には驚いていた。
これでは報告がまるで違う。
それからは郷城をくまなく歩いたが、何も見つける事は出来なかった。
そこには悲痛な男の顔も、悲壮な女の顔も見受けられず、ただ柔らかい空気を全体が包んでいるようだった。
女の殆どが、税を納めきれずに、召し上げられている。
これは確かに報告通り。
しかしそれは、貧困に喘ぐ民に、救済の手を差し伸べている郷長としか、の目には映らなかった。
それでも、何か釈然としないは、こっそりと郷城を抜け出し、街に下りて行っては情報を集めた。
確かに、城に娘を出した家は多かった。
しかも年頃の娘に集中しているように思える。
問い合わせても、合わせては貰えず、元気にしていると言う便りもない。
心配で仕方がないといった風の親に、幾人も会った。
だが郷城に年頃の娘がいただろうか。
の見た限り、あまり見かけないように思う。
はやりこれは何かあるな、と思わずには居られない。
「寡杢様、すっかりお世話になってしまいましたわ。とても名残おしいのですが、これ以上こちらに留まっていれば、国府から追い出されてしまいますので」
寡杢はそう言ったに、名残惜しそうに言う。
「そうですか…少しは養生の役に立ったのなら良かったが。またいつでも来なさい」
言い終わって、満面の笑みを浮かべる郷長。
「ありがとうございます。とても温情のある郷長を持って、蒼羽郷の民は幸せですわね」
小司徒にそう言われた郷長は、にんまりとした笑みを作った。
それは先程の温和な顔と、さほどの違いは感じなったが、は微細な表情を読み取った。
上手く騙せた、とその目が語っているように思えたのだ。
郷城を退出したのち、は難しい顔をしていた。
それを不振に思ったのか、夏官である旅帥が声を掛ける。
「いかがなさいました?やはりまだ、お疑いですか?」
「もちろんよ。人を取ってみても、あまりよろしくないわね」
「でも評判ほどは悪くないようです。ただ、言葉が少々気になりましたが…」
「はやり気がついていましたか…」
小司徒であるは位で言えば卿だ。
それに対して郷長は下大夫。
卿から見れば、下大夫は三位も下の位と言う事になる。
小司徒だと名乗っている以上、やはりそれ相応の言葉を選ぶのが礼儀と言うものだろう。
上位の者に向かって使う言葉ではなかった、とは思っている。
「言葉使いがすべてではないけれど…人を見下す事に、慣れているのではないかしら」
「その様に見受けられますね」
「それに蒼羽城もたいした物だったでしょう。維竜ほどではないにしても、かなり堅牢な城である事には変わりないわ。あえて州城に匹敵しない程度に抑えてある」
「その様ですね…では、一度国府に戻って報告致しましょう」
旅帥は首都に向けて騎獣の手綱を取ったが、は盟鉦県に行くと言った。
「いけません!盟鉦県などと。冢宰からくれぐれも言い使わされております」
周りをがっちりと囲まれて、はしぶしぶ国府へと戻って行った。
国府に着いたは、冢宰の元へと向かった。
まだ釈然としないまま、報告するのは忍びなかったが、安心したような冢宰の顔を見て、少し気が晴れたようでもある。
は見たままを報告し、そこに自分の考察を載せる。
話を聞き終わった浩瀚は、再度向かう事はまかりならぬと念を押す。
それを受けては、仕方なくその場を辞した。
しかし後日―――
「今一度、わたくしを征州へ向かわせて頂きたいのです」
浩瀚は困ったような表情でを見ていた。
「小司徒としての政務を、疎かにしているのは判っております。ですが、気になって政務どころではございません」
「何も見えなかったのではないか?」
「ええ…ですが、それが一層怖いのです。目に見えない分、何か良くない事が運ばれているような気がします。わたくしが調べたのは、蒼羽城のみです。それは、上手く誤魔化された幻影であったのではないかと…日を追うごとに思うのです」
「では、誰か他の者をやろう。小司徒からその者に指示を出してやればいい」
「ですが、冢宰。わたくしは自分の目で確かめなければ…的確な事を言えません。それにわたくしの代わりの者に何かあったらと思うと、恐ろしくて何も指示できません」
「その恐ろしい所に行けと言う、私の気持ちはどうなる?」
そう言われて、は動きを止めた。
「に何かあってはと思うと、心安らかにとは行かないだろう。もしがどうしても行くと言うのなら、私も同行しよう」
あまりの案に、は思わず叫んだ。
「いけません!」
堂内に響く声。
はっとなって口を噤んだが、音はまだ余韻を残して反響していた。
やや恥じ入って、は声を落として言った。
「浩瀚さまは、わたくしとは立場が違います。主上からの信も厚くていらっしゃる。冢宰の代わりを務める事など、今の朝廷には誰も出来ません」
「それを言うなら小司徒とて同じ事。の代わりを継げる者などおるまい」
「いいえ…いいえ。わたくし如きでしたら、他におりますでしょう」
浩瀚は深く溜め息を落とす。
「貴女は…」
そう言って何も言わない浩瀚を、は挑戦的な目で見つめた。
「貴女は自分を卑下するのが得意のようだ。私がどれほど重要に思っているのか、まるで理解していない。どれほど心配であったのか、考慮しようともしない」
「卑下だなんて…ただ、思うのですわ。冢宰のように優れた方と、わたくしとでは人間の出来が違うのだと。冢宰はこの国になくてはならないお方です。主上におかれましても、冢宰の存在なくしては不安でございましょう」
少し辛そうに言うに構わず、浩瀚は少し語調を強めた。
「私はがいなくては、不安でたまらない。何かあったのかと思えば、政務も手につかないと言うのに…」
そういわれて驚いたは、浩瀚を見たまま何も言えないでいた。
「小司徒の代わりは見つかっても、の代わりは見つかるまい。私にとっては、それほど大事だと言うことを、どう言えば理解して貰えるのだろう?」
自分は今、何を言われているのだろうか?
理解を超えた域で話がなされているのを、ただぼんやりと眺めていた。
「あ、あの…冢宰?」
理解できない所で話が進んで行くようで、はひとまず浩瀚を止めた。
「よく、判らないのですが…つまりは戻るな、と言うことでしょうか?」
その言に浩瀚はまたしても苦笑する。
「そう…」
「…了解致しました。ですが、忘れないで下さいまし。蒼羽郷には何かあります。目に見えない、何かが…それは水面下で、活発に動いているかもしれません」
それだけを言うと、は深く礼をして退出した。
「まったく判っていない」
溜め息と供に言った浩瀚の呟きを、が知ることはなかった。
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