ドリーム小説
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=3= 三日後、浩瀚の元に官吏の一人が書状を携えてやってきた。
その書状の内容は、浩瀚がもっとも危惧していたものだった。
蒼羽郷に行くと記され、小さく申し訳ないと書き足してあった。
罷免を覚悟していたのか、引継ぎの為、小司徒としての政務内容を事細かに記した巻物と供に消えていたのだという。
「蒼羽郷に…」
それだけしか書いてはいないが、恐らく向かった先は、蒼羽郷盟鉦県の琶鍔に違いない。
深い溜め息と供に、慶国の冢宰は内殿に向かった。
「ここが盟鉦県琶鍔…」
はひっそりとした里に来ていた。
まだ昼を過ぎたばかりだが、あまり人を見かけない。
「やはり…」
不吉な物が胸中を過ぎり、は大途に向かって行った。
大途に面した民居を何軒か訪ねて歩き、その殆どに人がいるのを見受けられなかった。
やっと見つかった所で足を止め、聞いてみると、何も答えてはくれない。
それで再び訊ねて歩く。
次にであった人に、は舎館を聞いた。
「あんた、ここの人間じゃないね。早く出た方が身のためだよ。今からじゃあ次の里までは無理だろうから、今日は隣を使いな。随分前から空いてるから。勝手に使っても判りゃしねえさ」
そう言われて、は隣に向かう。
少し躊躇して中に入ったは、何もないその様子に少し安堵した。
争ったような形跡も、血の跡もない。
ほっと胸を撫で下ろし、荷物を置く。
「さて…どうやって調べればいいのかしら…」
少し考えていたが、やはり市井に聞くのが一番だと判じ、再び民居を訪ね歩いた。
少しずつだが、情報が漏れ聞こえ、何故人がいないのかやっと判った。
県城の強化のため、借り出されているのだと言う。
それに女がやはり少ない。
を珍しそうに見る目で、それが判る。
「これは一度県城に行ったほうがよさそうね…」
琶鍔の里を周ってみて、の達した結論だった。
その日の夜、戻ってきた人々を再び訪ねたは、実状をまた少し理解した。
確かに、酷使されている。
床に倒れるようにして寝ている者が多く、その殆どは襤褸のようだった。
「娘のためだ。ここは堪えねえと…」
「これが終われば、妻は帰ってくるんだ。これぐらいで根を上げる訳にもいかねえ」
そう言っていた者は、僅かであった。
どうやら口止めをされているらしい。
妻や娘を盾にされれば、迂闊に何も言えまい。
「これこそ、報告通りだわ…しかも、これが本当に報告通りなら…誰も帰っては来ない」
は憤りを押さえ込み、翌日に向けて借りている民居へと戻った。
民居で一人、天井を見上げたは、ぽつりと呟く。
「浩瀚さま」
その呟きに驚いて、顔を下げる。
「何故…浩瀚さまを…」
しばし考え込んで、そうか、と納得する。
自分は認めて貰いたかったのかもしれない。
指示を出して、報告をする。
それ以上に自分の手で見た物を、もっと正確に伝えたい。
解決できる事なら、自分の手でしてみたい。
そして、それを認めて貰いたいのだと気がつく。
「稚拙な…」
そうは思っても、来てしまったものは仕方がない。
ここは、出来る限りの事をやらねば、と思う。
翌日、は豪華な衣装に身を包んだ。
赤と黄色を基調とした化粧を厚めに施す。
ゆるやかに眉を書き、目じりを吊り上げる。
頬をふっくらと見せるために、薄く紅をのばす。
両腕、両足に鳴り物をつけ、唇は厚めに塗って、盟鉦城へと赴く。
取次ぎの際、踊り子だと言うとすんなりと通してくれた。
「わたくしは一人、旅をしながら各地を回っております。こちらに立派なお城を見かけ、お目溢しを頂戴できればと、参った所存にございます」
県正は面を上げよと声を掛ける。
ゆっくりとあげられた顔を、県正は舐めるように見ていた。
「一人旅とは、豪胆な」
酷く濁ったその声に、は黙って礼をとる。
両腕を鳴らし、両足を鳴らす。
何の前触れもなく始まったそれに、止める者はおらず、は構わず踊り始める。
優雅に舞う薄布と、美しい音を出す両腕。
拍子を取る両足は、熱を帯びて赤く染まり、垣間見える大腿部は欲望を刺激する。
褒美を、と言う声が聞こえ、は竹の包みを押し頂く。
包みを持って来たのは、まだ年端も行かぬ少女だった。
おびえた風の様子から、は状況を察する。
よく見ると、県正の周りにも幾人かの女が控えていた。
侍らされているのだろうか。
俯いているので、表情を読み取る事は出来なかった。
「明日、もう一度来れるか」
様子を伺っていたに、県正からの声が降る。
「急ぐ旅でもございませんし、もう一日でしたら」
「明日、蒼羽郷の郷長がおこしになる。きっとお気に召すだろう。もしや召抱えられるやもしれぬぞ。そうなれば、贅沢の限りを尽くせる。悪い話ではなかろう」
寡杢が来る?
それは少しまずい。寡杢はの顔を知っている。
厚く化粧はしているが、気がつかれる可能性は高い。
「そのような大層な御仁の御前で、上手く舞えますかどうか…」
「心配には及ばん。ひとまず県城に滞在するがいい」
それだけ言うと県正は立ち上がった。
背後に気配を感じたは、数人の武官を見た。
―しまった―
そう思ったが、ここで暴れても無意味だと悟り、静かに言った。
「ご温情、感謝の言葉もございません。わたくしのような者で県城を汚す事を、お許し下さい」
県正は満足そうに笑い、は武官に連れられて、一室に通された。
の為に女官が二名付けられる。
しかし、外に出る事は出来なかった。
何かあってはいけない、警備を任されていると言って、武官が四名ほど外に控えていたからだった。
その中の一人に、早まった事は考えないようにと言い渡される。
やはり、疑われているのだろう。
それでも滞在をすすめるのは、郷長に合わせるためだろうか?
出入り出来るのは、二名の女官のみ。
必要な物は何でも言えば用意するとの事だった。
は女官に頼み、夕餉を三人分用意させた。
「女のくせに良く食う」
呆れた武官に、踊るとお腹が減ると言って、中に引っ込んだ。
二名の女官を呼び、相伴させる。
「貴方達、少し痩せ過ぎね。せっかく県城に務めているのに、ちゃんと食べていないのでしょう?」
女官達はその言葉に、袖で口を覆った。
声が漏れないように、静かに泣く姿に、の不安はますます強くなった。
やがて泣き終わった女官は、確信に触れるような事を漏らす。
「痩せていなければ、県正の玩具にされてしまいます。肉体的に豊かな者は、体が壊れるまで、県正の遊び道具になります…いいえ、県正だけではありません」
「寡杢ね…」
そう言ったに、女官は驚きながらも頷いた。
「郷城では、若い娘は隠されております。郷長の気に入った一部の娘だけが、そちらに上がるのだとか…税を納められなかった者は、初め郷城に連れていかれます。そこで気に入った者だけを残し、あとはこの県城に送られます。快楽に耽るために、使われるのです…」
「ひどい…」
「貴女様も、きっと、気にいられておいでです。今日を最後に、女をお捨て下さい」
「まあ…」
はそっと女官の肩を抱き、泣き止むのを待った。
しかし、これからどうすればいいのだろう。
何とかしてやりたいが、捕らえられては何も出来ない。
実状は判ったが、解放されるとは限らない。
その快楽の相手に自身がならないとは、誰も保障できないだろう。
現にこうして閉じ込められている。
「ね、わたくしをここから逃がして欲しいのだけど…近い内にきっと助けに戻ってくるわ。だからお願い」
しかし、女官は無理だと言う。
「見つかれば、その場で処刑されてしまいます。痩せて飽きられれば、帰る事が出来るかもしれない…」
「では、他の者はどうなってもいいと言うのですか?」
そう言えば女官は黙ってしまったが、これ以上言うのは酷だと言うものだろう。
自分が生き延びるのに、ただ必死なのだから…他人の事まで気が回らないのだろう。気が回った所で、何が出来る訳でもない。
「ごめんなさい。忘れて下さいな」
そう言うに、申し訳なさそうな目を向けた女官は静かに泣いた。
「どうぞ…お恨み下さい。ですが、私にはどうする事もできません」
そう言って下がった二名を、は潰れそうな気持ちで見送った。
まださほど害のない状態であれほどならば、実際に玩具にされている娘はどうなのだろう…
解放されて、喜ぶのだろうか。
だが、そのままという訳にもいかない。
なんとか脱出して、国府に戻らなければ。
でなければ、快楽の道具とされてしまう。
「まだ、好きな方に抱かれた事もないのに…」
そう呟いて、ふと気がつく。
「好きな方など、いないのだけれど…」
それでも浮かぶ面影がある。
「違うわ…わたくしはあの方を尊敬しておりますもの。だから浮かぶのよ」
は頭を振って、浩瀚の面影を消そうと試みた。
しかし、面影は消えるどころか、その色をますます濃くし始める。
「浩瀚様を…お慕いしていたのかしら…」
この状況下に置かれて、初めて抱いた感情だった。
いや、初めて気付いたと言うべきだろうか。
「ならば…なおの事ここから逃げなければ」
幸い、自分は仙なのだから、多少の怪我は大丈夫だ。
死ぬ気でやれば、なんとか逃げおおせるだろう。
は辺りを見回し、武器になりそうな物を捜した。
何か鋭利な物を探したが、あまりそれらしき物は見当たらない。
仕方がなく、正面から突破する方向で考える。
窓を開け放ち、壷を落として粉々に割る。
それと同時に悲鳴を上げる。
「なんだ!?」
飛び込んできた武官は、倒れている女に駆け寄り、その体を助け起こした。
「怪しい人物が…お助け下さい!」
その者に必死に縋る。
縋られた武官は他の三名に追跡を命じ、はその三名が消えるのを待った。
「大丈夫か」
「む、胸を打たれました。ここです」
襦裙をかき分け、白い肌を見せる。
赤面しながらも、覗き込もうとしている武官に、当て身を食らわせ冬器を奪う。
床に沈む様子を見て、は駆け出した。
駆け出して随分と経過すると、騒ぎが伝わったのか、県城の至るところで足音が聞こえだした。
まだ出口までは程遠い。
は窓を開けて下を見る。
二階のようだった。
覚悟を決めて足をかけた所に、走り寄って来る数名が見えた。
迷わずに下へと飛び降りたは、鈍い音を聞いた。
「右足が…」
折れたような音だった。実際、尋常ではない痛みがする。
しかしまだ、門を突破していない。
這うように門へと急ぎ、はそこが三名に守られている事を見て取った。
「上手く行くか…」
小石を手に持ち、遠くへ投げる。
すると二名がそれに気がつき、そちらへと向かって行った。
残るは一名。
は足を引き摺りながら近付いた。
「お前!」
「怪しい男に襲われました。お助け下さい!」
先ほどと同じ手口だったが、男はまんまと信じ込み、に駆け寄った。
駆け寄った所に当て身をし、萎える足を叱咤しながら門を開く。
「待てっ!」
戻ってきた二名の武官がを見つけ、追いかけてきた。
一人だけが通れるような隙間から外に出たは、必死に走った。
階段を片足で降りるのは、並大抵ではなかったが、それでも必死に逃げる。
捕まりそうになって、伸ばされた手が空をかいたが、その切っ先はの体を前へと押し出す。
は軽い衝撃を感じ、転げるようにして階段を落ちた。
何かにぶつかり、それが人の足だと気付いたが、すでに意識は袂を離れようとしていた。
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