ドリーム小説




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足に冷気を感じたは、ふと目が開くのを感じた。


ぼやける先に茶色の世界が広がる。


なんだろうと、目を凝らすと、民居の天井のようだった。


「気がついたか」


長い溜め息が聞こえ、その懐かしい声に泣きたい気分だった。


「浩瀚…さま…」


「どれだけ心配させたのか、判っているだろうな」


不機嫌な声にも、にとってはこの上なく優しく聞こえる。


「申し訳ございません」


笑いながら言うに、浩瀚は不思議そうな視線を向けた。


それにはお構いなしに、は上半身を起こす。


「くっ…」


背中に痛みを覚えた。


「見える所には薬を塗っておいたが、他に痛む所はないか?」


浩瀚に言われ、右足を見ると添え木が施されていた。


腕にも数箇所、緑に固まった薬が見える。


「背中と…腰のほうも痛むように思います」


それはまた、と浩瀚は言って、後ろを向いた。


「背と腰を出し終えたら言いなさい」


「薬を塗っていただけるのですか?」


「塗らなければ、痛みは引かない」


そう言われて、は腰紐を解く。


髪を前に持ってきて、肩から布を落とす。


少し緊張しながら、浩瀚に返事をした。


「これは…」


の背をみた浩瀚は、しばし絶句していた。


そんなに酷いのだろうか…。


「あ、あの…浩瀚さま?わたくしの背は、一体…」


「打身が日の光ように四方へと伸びている。少し痛いが、我慢できるか」


はゆっくりと頷いて、ぐっと身構えた。


やがて背をなぞる様な感触と供に、激痛がを襲う。


涙が出るほど痛いと感じたのは、もう何年ぶりだろうか。


この痛みは、自分の浅はかさだ。



短慮で子童のような思考が、この痛みを生むのだと感じる。


、布をもう少し下まで…腰に薬が届かぬ」


痛さのあまり、両手で掴んでいた襦裙を取り落とし、ぱさりという静かな物音と供に、上半身が露になる。


浩瀚は少し目を細めてそれをみていた。


薄暗い房室で、白い肌を眩しく思ったのだ。


腰の赤みはさほど酷くなく、もう少しの我慢だと言い聞かせながら、その作業を終えた。


再びに背を向け、襦裙を羽織るのを待つ。


「終わりました。あの、冢宰…」


消え入りそうな声を不振に思い、振り返ると泣きそうなの顔があった。


「どうしてこちらに?」


「どうして?」


信じられないような言葉を浴びせられて、冢宰は再び溜め息をついた。


「心配だったから以外に、ここへ来る理由があろうはずもない」


言われたは、申し訳なく思い頭を下げた。


「一日遅れて来てみれば、の姿は里のどこにもない。先にやらせた者に、もし姿を現したら、早まるなと警告するように言い渡しているが、どうなっているのか状況も判らずじまい。危惧して県城に向かえば、何やら騒ぎがする。しばらく静観していると、が転がり出てくるなど…どこまでも人の事を考えないようだな」



冷たく言われ、は泣きそうになった。


人の事と言われて、二名の女官が脳裏を掠めた。


あの者達は、無事でいるだろうか…


「申し訳、ございません…」


ついに堪えきれなくなった涙が、頬を伝って零れ落ちた。


「わたくしが下手な事をしたばかりに…あの者達は危険にさらされているのですね…」


「あの者達とは?」


「県城でわたくしにつけられた女官でございます。逃がせば、処刑されると…」


「ああ、それなら心配ないだろう。私が言っているのは、そうではないのだが…」


まだ落ちようとしている涙を、気にする事もなく顔を上げたは、浩瀚の顔を見た。


複雑な表情をしている。


「私が単身来ると思っているのか?県城は包囲してある。合図があるまで、隠れているが、捕らえられている女を解放すれば、一気に打つ」


は驚いて冢宰を見た。


「どこに捕われているのか、すでにご存知なのでしょうか?」


頷く冢宰に、は尊敬とも、驚愕ともとれる眼差しを送った。


「そもそも蒼羽郷にが向かったと同時に、ここにも数名潜らせていた。最初の報告から盟鉦県の琶鍔だとあるなら、ここが一番先に調べるべきだろう。しかし、を行かせる訳には行くまい」


それは何故ですかと、問おうとするに、浩瀚は素早く言った。


「結果は見ての通りだろう」


返す言葉もなく、はただ黙っていた。


浩瀚はを見ながら、優しく微笑んだ。


「無事とは行かなかったが、この手で助けあげる事が出来て、幸運だった」


「本当に、ありがとうございました…」


「感謝されたい訳ではない。勝手にしたことなのだから…私がここに居る事を知れば、怒る者もいるだろう…」


「で、では…黙って宮城を?それなら、わたくしの事を責められませんわ」


浩瀚の微笑みに、少し気力を取り戻したはそう言った。


「そんな事はない。私の気持ちを一向に気づかない者を、責めるなと言うのは出来た人間にのみ向けなければ」


何を言うのだと、の表情が物語った。


「浩瀚さまほど、出来た人物を差し置いて、他に誰が出来た者だと言うのです」


どこまでもすれ違う会話を、浩瀚は溜め息を供に終わらせようとした。


「私がを心配なのは、立場を超えての話だと…いつになれば気がついてくれるのだろうか?」


「立場を?」


「好いた女性が危険だと知って、どうして一人堯天に居れようか」


言われた事がまだ判らずに、は浩瀚を見ていた。


「こんなに心配をしても、相手はそれに気付かない。これだけ好いているのに、一向に振り向かない。それどころか、気がつけば手中からすり抜けてしまう。だから私がを責めるのは、ただの我侭であって、決して褒められた行為ではない。それでも、思いを告げてしまう事を、許してほしい」


浩瀚はの瞳を見つめ続け、はそれを逸らす事が出来なかった。


「他の誰よりも、傍に居て欲しい。一番近い場所から、見守らせて欲しい」


やっと理解したは、信じられない思いに胸が詰まった。


だが、県城を逃げる前、思い浮かべた人物と体面している事実が、の体を動かした。


腕を軸に浩瀚に擦り寄って、その胸元に頭を預ける。


「わたくしも、お慕いしておりました。きっと、気にかけて頂きたくて、こんな事をしてしまったのですわ…本当に、申し訳ございません。もう、お傍を離れません」


すれ違っていたと思っていたものが、やっと重なる。





浩瀚はの名を呼び、彼女が動くのに気づき、それを待った。


少し辛そうに体を起こしたに、愛しい眼差しを向ける。


天井に映し出された影は、静かに重なり、気遣うように離れた。


しばらくそのままでいたが、まだ体の痛むを解放せねばと、浩瀚は顔を離し、腕を放す。


「浩瀚さま。明日の朝議に間に合いますでしょうか?」


「明日は朝議には出ないつもりだ。を置いて帰る事は出来ない」


「薬のお陰で、痛みは随分と引きました。騎獣に乗る事ぐらいは、出来ますわ」


浩瀚はしばし逡巡したが、やがては立ち上がった。


手を差し出せば、おとなしく掴む手がある。











翌日、は浩瀚の官邸で治療を受けていた。



骨折以外は、随分と回復しており、さほどの辛さはなかった。



政務を終えて戻ってきた浩瀚は、に盟鉦県の事を報告した。



女は全員無事に解放し、郷長の寡杢も、県正も捕らえた。



県城にも、郷城にも、女を隠すための房室があったのだと言う。



しかも、県城には快楽に耽るための大浴場も設けられ、その施工の為に、幾人もの民が駆り出されていたのだと聞いた。



中には浮民や荒民も含まれており、女であれば何でも良かったのだと言った感じに見受けられる。



改めて聞くその話に、は悪寒を感じた。



県城に閉じ込められていて、無事でいた自分が不思議な気さえする。



「無事でよかった…」



そう呟けば、呆れたような声が返ってくる。


「骨折をしていて、無事もなかろうに」



苦笑した顔を、は見つめながら微笑む。



「助けて頂きましたから平気ですわ」



「本当に、心配ばかりさせられる…」



「も、申し訳ございません」



だが、と浩瀚は言い置いて、の元へと近付く。



「傍を離れないと、確かに昨日聞いた」



微笑みながら言う浩瀚に、は赤い顔で返した。



「もう撤回は出来ない」



「はい…やっと気がついたのです。気がついた直後、浩瀚さまにお会いできたのですもの。わたくしは果報者ですわ」



そうか、とだけ言って、優しく口付ける。



そっと離れる浩瀚を、の腕が止める。



「お放し下さいますな。わたくしは、お傍にいるだけで幸せになれるのですから」



「大胆な事を言う」



苦笑した風の浩瀚を、意味の判っていないような目で見つめ返しただったが、近付いてきた顔を確認して、瞳を閉じる。



放すなと言った、自らの言が実行されようとしている事には、まだ気付かない。








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2人の狩者で予告した通り、看病させる為に書きました。

それほど甘くない看病に……石を投げないで下さ〜い☆

つつつつつつ次は!

あ、もうこれ終わりだった。

                                 美耶子