ドリーム小説
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天からの贈り物 =後編= 「もうみんな来ているかしら?」
そう言って扉を開けるの後ろに、大きな箱を持ってついて行く桓タイ。
絶対に横にしないようにと、重々言い聞かせられて、注意深く抱えていた。
大きさのわりに軽いので、うっかり手から離れそうだった。
が扉を開けると、何処の官邸でも見たことがないような、煌びやかな装飾が目に飛び込んでくる。
抜いて持ち帰った木には、赤や黄色に塗った星を模った木枠。
雪に見立てた綿が散らせてあり、壁にも色々と下げられていた。
木の前には、虎嘯に抱え上げられた桂桂が、一番高い所に星を飾っている。
視線を左に向けると、鈴と祥瓊が料理を運び、それを浩瀚が配膳していた。
なんとも奇妙な光景だと思いながら、桓タイの視線はさらに左へと移動する。
陽子が景麒に、なにやら一生懸命説明をしている。
おや、と桓タイは一人足りないのに気がついた。
「太師はお着替え中かしら」
横からの呟きが聞こえ、納得したように頷く。
ふと陽子の顔が二人に向けられる。
手を上げた陽子に笑顔で迎えられた二人は、そちらへと歩いて行った。
「どうだった?作れたか?材料とか、ない物もあっただろう?」
「ええ、でもなんとか完成いたしましたわ。官邸の人達にちゃんと毒見をしてもらいましたし。おいしそうに食べておりましたから、上手く行ったのだと思います」
「そうかあ。楽しみだな」
桓タイの抱えた大きな箱に目を向けた陽子は、隣の景麒にこれがそうだと言っていた。
困ったように頷いた景麒を、は微笑みながら見る。
やがての指示で、箱は大卓の真ん中に設置された。
「ねえ、もういいかしら?」
鈴の声が後ろから聞こえ、陽子がそれに合図を送る。
何事かと見守る中、扉に消えてしまった鈴は、赤い人物と供に表れた。
赤い帽子に、赤い衣、黒く長い靴に白く大きな布の袋を持っている。
「ちょっと細いかな、サンタにしては」
小さく言った陽子の声を受けて、はくすりと笑っていた。
「太師、とてもお似合いですわ」
「ほっほっ。こんな年寄りでよかったのかのう?」
「サンタは白くて長いお髭をお持ちですから、他に適役はおりませんわ」
「そうかそうか。ではよかったのじゃな」
なにやら嬉しそうに言う遠甫は、今日に限って妙に可愛い。
こちらとあちらが入り混じったような、そんな房内には暖かな空気が流れていた。
王の掛け声で宴会が始まる。
虎嘯が手の届かない桂桂に頼まれて、食べ物を皿に取り分けていた。
鈴と祥瓊はなにやら天官の事について、話し合っているようだった。
サンタの紛争に身を包んだ遠甫は、浩瀚、桓タイと酒を酌み交わしている。
陽子は景麒に何かを一生懸命説明していた。
「いい感じだわ、とっても」
それを遠巻きに眺めて、は満足げな笑みを称えていた。
「」
ふいに呼ばれた声に、何処から声があがったのとか、首を回して探す。
手が上げられ、そちらへと歩いて行った。
「主上。どうなさいました?」
「いつケーキをだす?」
ぴくりと反応を示した麒麟を無視して、陽子はに問いかけた。
「いつでも良いと思いますが…もう出してしまいましょうか?随分と食べ物も減りましたし」
「さっきからずっと景麒に説明していたんだけどな、どうにも想像出来ないようなので、見せてしまったほうが早そうなんだ」
嬉しそうに言う陽子に、は笑みを一つ送ってから、大きな箱の前に移動をした。
白い箱に赤い紐。
緑の葉を模った小さな紙で装飾された、その箱に手をかけたのを、桂桂が興味深い眼差しで見ていた。
紐を解いたは、箱の両端に手を添えて、ゆっくりとそれを持ち上げていった。
「わあ…」
話をしていた鈴の口が止まり、感嘆の声が漏れる。
祥瓊も同じような声を出していた。
「すご〜い!」
食い入るように見つめているのは桂桂だった。
「これが“けいき”ですか?」
景麒はいつもより、大きく目を開いているように見える。
「まるで雪景色じゃな」
遠甫が言った声に、頷いた虎嘯は物珍しそうに見る。
浩瀚も話を止めて目を向け、桓タイも初めて全貌を見るそれに目を向けていた。
白い雪景色のような台の上に、赤い果物が乗っている。
果物の種類は一種類ではないようだったが、同じような大きさに切りそろえられていた。
さらにその上には金の飴が線になって、幾重にもあしらわれ、彩をそえている。
「取り分けよう!」
待ちきれないといったような、陽子の声を合図に、はケーキを切り分けていく。
きちんと人数分に分配されたそれを、皿に盛って渡していく。
「甘いですから、苦手な方は遠慮なく残して下さいね」
そう言いながら渡していると、横から声が投げられた。
「残ったら貰うから大丈夫だ」
「主上…それは少しはしたない…」
の言った声を無視して、陽子は嬉しそうにケーキを見つめている。
「では、わたしは最初に遠慮しておきましょう」
そう言ったのは浩瀚だった。
桓タイも遠慮したそうな表情だったが、の作った物だからなのか、何も言わなかった。
相当酒が入っているようだから、味など分からないかもしれないが…。
後の人物はとりあえず、食べてみたい衝動に駆られていたようだった。
絹や豆腐だとか言った詮索の声を無視して、は丁寧に取り分けていく。
浩瀚以外にケーキが行き渡り、それぞれが少し躊躇っているのを見たは、少し不安になっていた。
官邸の女達には好評だったが、箸をつけようとしない様子に、何か不具合があるのだろうかと不安になっていた。
それを気付いてか、唯一抵抗のない陽子が、改めていただきますと言って口に含んだ。
全員の顔が一斉に陽子に向けられ、固唾を呑んで感想を待っている。
「うん。おいしい!すごいな。蓬莱で食べたお店のケーキ並みだ」
は安堵の息を漏らしながら、ありがとうございますと言って、自分の手元のケーキを口に運んだ。
我ながら上手く出来たと思いながら食べていると、ちらほら箸を動かす気配がする。
「あら!とっても甘くておいしいわ!それに柔らかい」
不思議そうにそう言ったのは祥瓊だった。
絹を巻いてあると言っていたのも、祥瓊だったように思う。
それでは躊躇うはずだと、は微笑みながら思っていた。
祥瓊が口に運んだのを見て、鈴も頬ばっておいしいと言う。
桂桂は凄い勢いで完食し、遠甫はゆっくりと味わっていた。
景麒も始めのほうこそ、嫌そうな顔を見せていたが、今は難なく食べているようだった。
さすがに酒の入った虎嘯には、甘い物が相当きつかったらしく、桂桂に残りをこっそりとあげていた。
に見つからないようにと、気遣っていたのだろうが、偶然にも目が行ってしまい、慌てて逸らして気がつかないふりをした。
そして最後に桓タイに目が行く。
桓タイはケーキを肴に酒を飲んでいた。
おいしいのかと疑問に思ったが、食べてくれているので、あえて何も聞かないでおこうとは思っていた。
「ねえ、これって何なの?この白くて滑らかで、甘いもの」
少し離れた所にいた祥瓊が、ケーキを指しながら問う。
「それは生クリームと言う物です」
へえ、と言った祥瓊の横から、陽子が聞きたそうに顔を覗かせていた。
「この生クリーム、凄くおいしいよな。やっぱり自家製なのかな?」
ちらりとを見ながら言う陽子に、はくすりと笑って頷いた。
「もちろん、自家製ですわ」
「生クリームを作れるなんて、は本当に凄いな」
「あら、何もしておりませんわ」
「え?だって…そう言えば、生クリームって何で出来ているんだ?牛乳?」
首を傾げて言う主に、は説明するために近寄る。
祥瓊と鈴も寄ってきて、興味深そうに耳を傾けていた。
「生乳はご存知ですか?」
「しぼりたての牛乳の事だろう?何も手を加えていない」
「はい。それを放置しておくと、脂肪の塊が浮いてくるのです。それを集めたものが生クリームですわね」
「へえ!知らなかったな」
陽子の横から、鈴が問いかける。
「じゃあ、あたしにも作れる?」
「もちろん」
そこからは軽く料理教室のようになった。
「クッキーとかも作れるんじゃないか?」
「生クリームからバターを作ることが可能ですから、出来ない事はないですが…時間はかかりますわね」
そうか、と言いながらぶつぶつ言う陽子と祥瓊。
鈴は現在ある材料を使って、他に出来るものを聞いている。
外見上、年相応の会話を堪能していたは、ふと周囲が静かになった事に気がついた。
高い声色が消えていたのだ。
桂桂がいない。
付き添ったのか、太師の姿も消えていた。
虎嘯は桓タイと浩瀚の中に入り、やはり酒を酌み交わしている。
「今頃桂桂の枕元に、遠甫がプレゼントを置いている頃だな」
陽子の説明に、の表情が明るくなる。
「まあ、それは本格的ですわね」
「だろ?」
「慶が豊かになって…。そう、民に余裕が生まれるほど豊かになったら、国中で行いたいものですわね。私、好きでしたもの。街が彩られてきらきらしていて、誰もがこの日に向けて動き出す。居院を飾り、街を飾って待ち望むのですわ。豊かな国だからこそ、出来た事なのでしょうが…慶にもそんな時代が来るといいのに。いつか主上の色に染まる年末を見たいものですわ」
「私の色?」
「ええ、桓タイにも言ったのですが…緑と赤はクリスマスのシンボル・カラーでございましょう?」
「ああ、なるほど。でも、それほどまでに豊かになるのを、目指していくというのは良いかもしれないな。具体的だから」
「はい。雁のような国も良いとは思いますが、慶には慶の発展の仕様があるのかもしれませんね。どのようになるのかは、我々次第ですが」
「ああっ!」
突然割って入った声に、は弾かれるようにして横を見る。
酒を飲んだのか、祥瓊が赤い顔で叫んでいたのだった。
「ど、どうしたの?」
「楽俊を呼んでおけばよかった」
それに笑いながら答えたのは鈴だった。
「それを言うなら、夕暉もだわ。間違いなく虎嘯の家族なんだし」
「そうだな。じゃあ来年はそうしよう」
そう言った陽子に、はふと思いついた事を言った。
「雁からだと…他にも色々ついてきそうですわね」
「はっ…。そうかもしれない」
陽子が頭に浮かんだ人物は、安易に想像出来た。
祥瓊がそれを受けて答える。
「いいんじゃない?別に。少し気を使うけど、が引き受けてくれるでしょう?随分と気にいられていたもの」
「な、何を言うのよ!そんな事を言うのでしたら、範からもお呼びいたしますよ。あの方なら延王君を抑えられますし…」
「そ、それは…」
たじろいだ祥瓊と目を見合わせ、は噴出して笑った。
「楽俊を呼ぶなら、こっそりと呼ばないとね」
そう言った祥瓊に同意し、は小さく頷いた。
「なあ、祥瓊」
ふと後ろからかかる声に、一同は一斉に振り返る。
そこには空になった酒瓶を持って立っている、虎嘯の姿があった。
「もう酒はなかったか?」
「ええ!もう飲んじゃったの?待って、探してくるわ」
「すまない」
「あ、待って祥瓊。私も一緒に行くわ。確かあそこにあったはずだけど…」
祥瓊と供に鈴も探しに行く。
ふと大卓に目を向けると、信じられない数の酒瓶が空いている。
「凄い…」
が絶句していると、今まで存在の薄かった宰輔から声がかかる。
「主上。私はそろそろお暇(いとま)を」
「ああ、そうか。なら私も一緒に帰ろうかな」
そう言って、陽子はちらりとを見る。
何事かと思っていると、軽く笑った表情で陽子は言う。
「一応未成年だから、蓬莱の制度に則り飲酒は控えておこう。来年、付き合ってもらおうかな」
そう言って退出する主に、は笑いながら見送りに出た。
「楽しかった。何よりもケーキが食べれて、嬉しかったな」
「それはようございました」
微笑んだ太宰にまた明日と言い、陽子と景麒は帰って行った。
見送ったが戻ると、祥瓊と鈴が新たな酒瓶を手に戻ってきていた。
「お二人とも、御酒は嗜まれるのですか?」
「多少はね。でも、あそこの三人には負けるわ」
呆れたように言う祥瓊の視線の先には、浩瀚と桓タイ、虎嘯がいた。
相当飲んでいるはずのなのに、薄っすらと赤い程度だった。
浩瀚にいたっては、まったく変化が伺えない。
それに苦笑しながら三人は対岸に座り、は祥瓊と鈴に酒を注ぐ。
天官ばかりが集まったからなのか、唐突に政務の話しになっていたが、誰もそれを自覚しないまま、酒の量だけが減っていった。
それに気がついた時には、随分論議に花が咲いており、熱く語る鈴の話に耳を傾けていた。
やはり各所に問題は山積しており、それは天官ばかりでもないようだった。
祥瓊や鈴の立場だからこそ見えることも多く、は熱心にそれを聞いていた。
浩瀚の声が少し聞こえてきたが、それもやはり政務に関してのようだった。
鈴は相変わらず熱弁を振るっている。
普段の彼女からは想像できないこの様子は、やはり酒の力だろうかと、はそう思いながらもうつらうつら聞いていた。
いつから眠くなり始めたのだろうか、気がついた時には深い眠りに落ちていたようだ。
心地よい揺れを感じ、は目を薄く開けた。
だが、先ほどまでそこにあったはずの声はなく、明かりもないに等しい。
冷気が体を掠め、ぶるっと身震いをすると、一気に目が醒める。
の目前には桓タイの横顔。
どうやら抱えられて移動しているようだった。
「桓タイ…」
「起きたか。随分と飲んでいたな」
「桓タイほどじゃないわ。浩瀚さまは?」
「まだ飲んでいるんじゃないかな?」
「そう。あいからわず、酒豪ですこと」
抱かれたまま言うに、桓タイは笑いながら返す。
「そうだな」
「ねえ、歩けるわよ。重いでしょう?」
「いいや、まったく。…歩きたいか?」
「恥ずかしいから、歩いてもいい?」
桓タイはまた笑って、をそっと降ろした。
まだ酔いが回っているのか、足元はふらりとしていた。
「大丈夫か?」
「…」
立つと目が回り、答える事が出来なかった。
だが、しばらくすると収まったので、答える代わりに歩き出した。
官邸はもうそこである。
「寒い…」
誤魔化すためにそう言い、は再び歩き出した。
「暖めてやろうか?」
酒のせいだけではなく赤くなったの横顔は、それに答えなかった。
なんとか居院に辿り着いたは、臥室に移動すると倒れるようにして横になった。
臥室には冷気が立ち込めている。
火照った顔には心地よかったが、体は寒さを訴えている。
身を縮めていると、桓タイから再度質問が降った。
「だから、暖めてやろうか?人肌は温かいぞ」
「…じゃあ、熊になって」
「は?」
「だって、そっちの方が温かいもの」
またか、と桓タイは思った。
以前に酔った時にも、熊になれと言われたような気がする。
「いや?」
「嫌じゃないが…」
「だって…あったかいんだもの」
困り果てた顔も、酔ったには通じず、以前と同じ諦めの境地で、桓タイは頷いた。
牀で体を転がし、反対側を向いたの背中は、期待をいっぱいに含んでいるようだった。
桓タイは溜息を落としてから熊になる。
「…いいぞ」
再び体を転がすようにして振り返ったは、桓タイの胸元に顔を埋める。
「やっぱり温かい…このまま寝てしまってもいい?」
「抱きついておいて、それはないだろう…?」
「だって…桓タイは酔ってないの?」
「さほどは」
けろりと言った熊を見上げたは、大きく息を吐いて言う。
「桓タイも浩瀚さまと同じね。でも、まだ顔に出るからかわいい」
「かわいいって、お前…」
「今もかわいいわよ?」
それを受けてか、急激に感触が変化していく。
毛の感触がなくなり、滑らかな物へと変化した。
何事かと顔を上げたの目前には、人間の姿に戻った桓タイの顔があった。
「人肌でも、温かいだろう?」
頬に当てられた手が、じんわりと温かい。
はそれに笑んで頷いた。
「どちらでも、温かいのね…」
はそう言うと、衾を桓タイにかける。
そして思い出したように言った。
「メリー・クリスマス…桓タイ」
「どうゆう意味だ?」
「楽しい、クリスマスを…」
とろとろと閉じそうになる瞳をこじ開けながら、は説明しようと口を開いた。
そこへ桓タイから、口付けの贈り物が降り注ぐ。
「楽しいクリスマスを、。それから…おやすみ」
それを待っていたのか、瞳は完全に閉じてしまった。
もう朝まで開かれる事はないのだろう。
いつもと変わらない自宅の臥室。
そこには天から落ちて来た贈り物が眠る。
贈り物の額にそっと口付けを落として、桓タイは瞳を閉じる。
腕に大切なものを抱きながら、眠りについた。
聖なる夜は音もなく更けていく。
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