ドリーム小説
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次にが目覚めたときには、全ての事が終わっていた。
元州の乱は鎮圧され、元は大化から白雉に変わっていた。
事の顛末を、見舞いに来た尚隆や六太、はたまた朱衡や帷湍、成笙等に話してもらう。悲しい事に驪媚は命を奪われたと聞いた。それを聞いた時、は思わずその場に伏せた。
毎日少しずつ話を聞くと同時に、体も徐々に回復していった。
誰よりも一番多く、の元を訪れたのは王だったが、は以前と変わらぬその様子を、不思議に思いながらも何も聞けないでいた。
しかしそれを考えると、日に日に辛い気持ちが膨らんでくる。
外傷が癒えると同時に、心の傷が広がっていくような感覚に陥っていた。
王の加護と言って口付けられた頬が、熱をもったように疼く。
しかし、その感情が何を意味するのか、は気付かずにいた。
胸と肩を大きく抉られただったが、傷も目立たなくなっており、後は体力を戻すだけにまで回復した。
「宮中にばかり居ては、息が詰まらんか?」
尚隆は桃を手に持ったまま、に問いかける。
「多少は…ですが、まだ長く歩けませんので」
「関弓に連れて行ってやろうか?」
「関弓に?」
「誰かが一緒に居れば大丈夫だろう。気晴らしをした方が良いと思うがな」
「そうでしょうか」
そうだそうだと言いながら、手を引き出す尚隆。
はどうしようかと迷っている内に、関弓へと引きずられて来た。
「主、主上!お待ちください…ちょっと、待って…」
肩で息をしながらひっぱられるまま来てしまったが、政務はよかったのかと思いなおしたのだった。の養生している部屋なら、すぐにでも戻ることは可能だが、街にまで来てしまうとそうもいくまい。
それに、逃げ出すためのいい口実を与えたように思えたのだ。
「街でそれは言うなよ。風漢と呼べ」
そう言って、手を引いていた力を少し緩める。だが、手は離さずに、ゆっくりと歩き出す。
まっすぐ飯堂に入り、慣れた様子で注文をする。
気の良い亭主風の男が厨房から出てきて、
「お〜、兄ちゃん!久し振りだな〜!どしたい、今日はえらい綺麗な姉ちゃん連れて」
と言って背中をバンバン叩き、厨房に戻っていった。
尚隆は苦笑したままを見る。は赤くなって固まっていた。
時間で言うなら丁度昼。
注文した物を待っている間、昼餉の為に飯堂は人でごった返してきた。
尚隆とは次に待つ人の為に、急いで食べ、慌てて飯堂を出た。 「すごい人でしたね」
「だろう。まだ飯堂は少ないからな。どうしたって混んでしまう」
「ええ、でもとても活気に溢れていて…で、風漢は常連のようですわね」
後でこっそり朱衡に教えてあげよう、と思いながら後に着いて歩く。
尚隆はを郊外へと連れていく。
「はあ、はあ。風漢、どこまで行くのですか?」
「なんだ。もう体力の限界か?おぶってやろうか?」
「…いえ、大丈夫です」
「照れずともよいだろう」
「…」
話す気力がなくなったのか、話す体力がなくなったのか、は押し黙ったままやりすごした。
尚隆は足を止め、後ろのを見やる。
「はぁ、はぁ…は…どうしたのです?」
もう冬だと言うのに、汗をじっとりとかいている。
「もう少しだ」
そう言ってが通り過ぎるのを待つ。
これは迷惑をかけているなと思い、は急いで足を速めようと試みる。
しかしそれは出来なかった。
尚隆がを抱えて歩き出したからだ。
「主、主上!」
「風漢と呼べと言わなかったか?」
「だ、大丈夫です!歩けますから、お、お、下ろしてください」
「だめだ」
楽しそうに笑って尚隆はなおも進む。
「主上!しゅ…!」
抱えられた腕に力が入り、上に押し上げられる。
同時に尚隆の顔が近付き、唇を重ねようとした。
「!」
驚きで口を閉じた。
重なる寸前で顔を上げた尚隆は、満足気に足を進める。
(からかわれた)
そう思ったは顔を真っ赤に染めたが、尚隆の顔を見ることが出来なかった。
しばらく運ばれて着いた所は、大きな木の根元だった。
周りには誰もいない。
下ろされたは先日の林を思い出し、その木にそっと触れる。
林はまだ細い木ばかりだった。
二十年分、大きくなったのだろう。
だけど、この木はどうだろうか。
しっかりとした太い幹。
緑の茂る広い枝。
は木によりかかり、そっと頬を寄せた。
「この木は…おまえ、生き残ったのね」
「大凶事にあって、生き残った数少ない木だ」
以前はこの木以外、周りは何もなかったのだと言う。
「この木自体も枯れかけて、うな垂れるように佇んでいた」
それが二十年で蘇った。
の頬を雫が伝い、落ちていく。 「司刑はよく泣く」
「…雁は、良い国になりますでしょうか」
「有能な官吏が王を支えてくれるからな」
「はい…」
は周りを見回し、周りに誰も居ないのを確認して言った。
「でも、主上…私は不安なのです」
尚隆はを見据え、黙って聞いていた。
「主上は今回の件でも、自らが元州に向かわれた…これからもそうやって生きていくのでしょう?でもそれを、誰も止めることができません」
木に話しかけるようにしていたは、背を木に預け尚隆を見た。
「それは俺が、の嫌いな王だからか?」
「いいえ。それが“こまつ なおたか”その人だからです。きっと、主上の魂はそのようになっているのですわ。だから、主上を縛り付けることは、誰にも出来ません」
尚隆は苦笑し、を見つめた。
「私は、それが怖い…目を離せば、奈落に落ちてしまいそうです。危ない事を止めてはくれません」
「…そうか。は、まだ王が嫌いか」
「いいえ。この緑を与えてくれた王は、嫌いではありません。この木を蘇らせ、街を希望で包み、国を潤してくれる。それが王であったのですから…でも…」
「でも?」
「主上は嫌いです。こんなにも、私の胸を締め付ける」
「それは危険な所に行くからか?」
「いいえ、きっと違います。今もこんなに苦しい…この苦しみは、怪我のせいでしょうか?それとも、主上のせいでしょうか?」
はずっとその苦しみに答えを見出せずにいた。
「怪我のせいではない」
逃さないとばかりに、木に両手をつき、を見つめる尚隆がいた。
「それを治してやろうか?」
はゆっくりと頷き言った。
「かつて感じたことのない、この痛みから救って下さるのなら…」
の頬を暖かな感触が包み込む。
木に置かれていた両手は、の頬を包み込んでいた。
そしてゆっくりと顔が近付いてくるのを、は瞳を閉じて待つ。
心臓はきりきりと音を立てていたが、それに構っている余裕もないほど動揺している。
甘い口付けを受けたは、ゆっくりと目を開けた。
「、好きだ」
「主、主上…」
「王としてではないぞ。は王が嫌いだからな」
「き、嫌いでは…」
「嫌いではないが、好きだと言わないだろう」
「それは…」
「なら、王ではなく、俺は嫌いか?」
「…」
「答えられんか」
今のには、胸の痛みが何だったのか、理解できる。
それならば、答えられないはずはなかった。
「好き、…です」
その言葉を待っていたかのように、再度口付けられる。
「王も…好きになれる時が来るでしょうか…」
六太と同じ目をもつに、尚隆は静かに言う。
「いずれな」 「とても時間がかかるかもしれません。その前に、倒れてしまわないで下さいませ」
なにしろ、この人は予測不能な事をよくするのだから。
「信用がないな」
はくすくす笑い、尚隆に言った。
「信用をなくすような事をされるからですよ。常に見張りでも立てておかなければ、誰も安心できませんもの」
そう言われた尚隆は悪びれもせず、大きく笑い、そして言った。
「ならば、俺が倒れるその日まで…」
は強く光る瞳を見つめる。 「供にあればよい」 は一瞬息を呑んだが、すぐにその場に跪いた。
「御心のままに」
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