ドリーム小説
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=5= 後日、は関弓に降りていた。
街はまだ豊かとは言いがたかったが、人々の顔にかつて見た影はない。
満足気にそれを見やって、街を散策する。
すると前方に見覚えのある人影を確認した。
亦信だった。その前方に小さな人影を見つけ、それが六太だと気付くのに少し時間がかかる。
亦信がついているなら、勝手に抜け出してきた訳ではないのだろう。
はそう思い、再び街の散策に戻ろうとしたが、何故か妙に気になって踵を返した。
亦信を目印に後をつけ、気がつけば関弓の外まで来ている。
よくみると、六太を先導している者がいる。青み掛かった黒髪の少年だった。
は膨れつつある不安を抑え、遠くから様子を伺っていた。
林の中に入って行った六太を確認しようと、林に向かっていくと、何やら風を切るような音が耳に響く。
何事だと振り返った頭上に、獰猛な嘴を光らせた獣がを狙っていた。
「天犬!」
はとっさに身を屈め、地面に突っ伏した。
しかしを狙っていると思われた天犬は、そのまま通過し、先程六太が入って行った林に突入した。
「いけない…台輔!」
駆け出してすぐに、小さく六太の悲鳴が聞こえる。
「早く、早く!」
自分自身の足にそう言いながら、は力の限り走った。
林の入口が目前に迫り、奥に二匹の天犬が見えた。
なおも進むの前で、一匹の天犬と数人の人影は姿を消した。
残っていたのは、血の海に横たわる亦信と、それを食んでいる天犬だけだった。
は落ちている石を、天犬に投げつけ注意を反らす。
亦信の握っていた剣を取り構える。
足を狙って剣を走らせると、天犬はひらりと避ける。
空ぶった力が思いあまり、は尻餅をついたが、すぐに起き上がり再度切りかかった。
辛うじて青い翼を掠めた剣は、天犬を後退させる頃に成功した。
しかし天犬も負けてはおらず、に鋭い嘴を突き立てる。
も精一杯避けだが、肩を深く抉られた。
生暖かい血が肩から伝って腰にまで下がっていくのを感じたが、それを気にしている余裕などなかった。
再び天犬の嘴がを狙っていたのだ。
剣で受け止めたが、力負けし、嘴はの胸を深く貫いた。
燃えるような痛みを感じ、目が霞んできた事に気が付いたが、それでも必死に剣を振り回していた。
ぎゃっ、と悲鳴が聞こえ、天犬が空に舞い上がる気配を感じる。
そのまま逃げるようにして去っていった天犬を、霞む視界で確認しながらはその場で倒れた。 どれほど夢の中にいたのだろうか、は重い瞼を持ち上げるようにして目を覚ました。
「気が付いたか」
声の方に目を向けると、尚隆が座ってこちらを見ていた。
寝たままでは失礼にあたると思い、は起き上がろうとした。
しかし、体中を稲妻で打ち抜かれた様な衝撃が走り、起き上がることは叶わなかった。
「よい。そのまま寝ていろ」
「主上…亦信が…それに、たい、ほ、が」
の頬を涙が伝うが、それを拭う為に腕を動かす事すら出来なかった。
尚隆はの頬に手を当て、そっと涙を拭う。
普段見せることのない優しい表情に、は知らず安堵した。
「亦信は、やはり…」
淡い期待だと判っている。
動かぬ亦信、それを食む天犬を、は見たのだ。
尚隆は首を横に振った。
予想通りではあったが、やはり心に冷たいものが降りてくるのを感じる。
「私は…助かったのですね」
「助かったと言うには満身創痍だがな。何故あの場所にいた」
は関弓で、亦信を見かけた所から話をした。
「巻き込まれたと言うわけだな。では、何故そのような事をした」
「何故…って…」
尚隆の顔は少し怒っているようだった。
「お前は妖魔と戦いなれておるのか」
「い、いえ…」
「死んだ者を哀れんで、自分も死ぬつもりだったのか」
「いいえ…」
言葉に詰まったを見やって、やや乗り出しぎみに問い詰めていた尚隆は姿勢を元に戻した。
「いや、すまなかったな。成笙が礼を言っていた。少しばかりでも、体が残っていてよかったと…」
再びの頬を涙が伝う。
「主上…私はどれぐらい眠っていたのでしょうか?台輔は」
「十日程、眠り続けていたな。昨日、元州から州宰が勅使で来た。上帝位を寄こせと言ってな。それに元州令尹を着けろと言っている。六太は元州の盾だ。今は州城に捕らえられているらしい」
「上帝位、ですか…もちろんお断りになったのでしょう?」
「ほう、よく判ったな。朱衡や帷湍などは青筋を立てて怒っていたぞ?」
「判ったと言うよりは、そうあって欲しいと思ったのです」
「嫌いな王の上に立つ位だからか?」
「いいえ。国を思えば断るしかないからです。王の上に位を築くと言うのは、理に欠けます。今、元州がどのように動いているのか、私には判りませんが、受け入れればいずれ国は傾きます」
「元州候が上手い事、地を慣らしてくれるやもしれんぞ?」
「それならば、地官長になればよろしいのでは?もしくは…冢宰ですわね。それを提示せず、上帝位を置けと言うのなら実質、玉座を譲れと言って居るようなもの…元州は玉座を欲しているようにしか、思えません」
「なかなか鋭いな」
事情を飲み込めてないというのも、あったかもしれないが、は冷静な判断をしている。
目の前にぶら下がった餌に食らいつかず、正確に物事を見通している。
「それは簒奪です…謀反を起こし、玉座を狙うそれに…天意がございましょうか。天意なしに玉座に着けば簒奪です」
「なるほどな」
「そして天は…雁を許さないでしょう。再び、あの光景が広がってしまう…主上」
は縋るような目で、尚隆を見た。
「台輔が捕われていると言うのに…私はとてもひどい事を申しておりますわね…しかし、天命あったのは主上。元州令尹ではございません。雁の王は、主上ただお一人ですわ…」
尚隆は小さく頷き、立ち上がった。
卓上の布を手に取り、の額に当てる。
知らない内に冷や汗をかいていた。
「どこか苦しい所はないか?」
「だ、大丈夫です。そのような事、主上にやって頂くなんて…」
「構わん。どうせ誰もおらんのだ。しばらくここには帰って来れんしな」
「どちらへ…」
何処に行くのだと問いかけようとしたは、はっと息をのむ。
「いけません、主上。危のうございます」
元州に行こうとしているのだ。それは王のやる仕事ではない。
間諜を選び、元州にもぐりこませればよいのではないか、とは思う。
「腕の一つも動かせぬ人間の言う事ではないな」
「それは…ですが!」
言いかけたを片手で制し、尚隆は言った。
「六太が捕られている以上、こちらからは手を出せぬ。だが、上帝位をくれてやる事もできんだろう」
確かに、それは出来ない。
ただ待っていて、六太が殺されれば、王も一蓮托生…。
畢竟、何処に居ても同じだと言う事になる。
それならば、元州にもぐりこんだほうがいいのかもしれない。
この王なら上手く切り抜けられるだろう。
はそう思う事で、自分を納得させた。
「必ず生きて帰ってきて下さいませ。まだまだ、やらねばならぬ事は山済みですから」
そうだな、と頷いて尚隆はの顔を両手で挟んで、覗き込んだ。
「司刑は仕事熱心と見える。もう少し大袈裟に心配しても良いのだぞ」
ぱちくりと瞬いて、不思議そうな表情をむけるに、尚隆は苦笑した。
「動けぬ女を襲う趣味はないからな。これで勘弁しておいてやろう」
そう言って、の頬に口付けた。
「王の加護だ。体を厭えよ」
そう言って退出した主を、は目で追いながら見ていた。
今のは…いったい…。
驚愕がじわじわと思考を包み、次第に顔が赤く染まるのを禁じえなかった。
そのせいで、傷口が開くのではないかと思われるほど、心臓は大きく鳴り響き、実際、鼓動が煩い位に思えたのだった。
「王は嫌いだけど…王の加護なら…」
はそう呟いて、深い眠りに落ちていった。
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