ドリーム小説
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翌日の朝議の席で、王は勅令を下した。
まずを指名し、司裘の指示の元、御物を売りさばくよう諸官に命じた。
さらに、宮殿の一つを取り壊し、金箔や、調度品、装飾品、はたまた木材に至るまで、全てを売りさばくようにも命じた。
これに対して反対する官も出たが、勅令で断行されては誰が反対しようとも、なんの意味も成さない。
そして雁の民はその冬を越える事が出来たのだった。
次の年にも、その次の年にも、宮殿は一つ、また一つとその姿を消して行く。
幽玄の宮とも謳われた玄英宮は、すっかりとその姿を変えてしまった。
その代わりに、国土は少しずつ緑が増えていった。
かつて見た、黒い土を掴みうな垂れる民も徐々に減り、雁は確かな未来へとその歩みを進めていた。
何もなかった関弓も、少しは街として復興している。
しかしそこに至るまで、実に二十年の年数を要した。
「朱衡」
に呼び止められた朝士は、足を止めて振り返った。
「司刑」
司裘であったは、管理する御物がほぼなくなった頃、司刑に任じられていた。
元々司刑は驪媚と言う官であったが、彼女は元州牧伯へと抜擢されていた。
御庫を狙った官吏と、その背後の人物に至るまでを把握していたは、司刑と言う役職が適しているだろう、と王から言われたのだった。
「主上にお目通りですか?」
同じ秋官である朱衡に駆け寄り、は隣に立つ。
「ええ、そうです。漉水の堤防の事で」
「ああ、例の…まだ決済が頂けないのですね」
「先日帷湍が進言した所、後日にせよと仰せられまして」
本日のこの時間に聞くと言われ、切り上げられたのだと言う。
溜め息混じりに話す朱衡を見上げ、くすりと笑った。
それに朱衡は眉を顰め、を軽く睨む。
と朱衡は再び足を進め、王に指定された場所へとたどり着いた。
しかし、そこに王の姿はなく、張り出した露台から、のんびりと街を見やる台輔の姿があるばかり。
朱衡は仕方なく六太に奏上を始めたが、六太は上の空でまったく聞く気がないように見えた。聞こえていないようにも見えたのだが、朱衡の変わらぬ表情から、微細な怒りを感じ取ったは、すっと身を引く。すると後ろに帷湍が入ってくるのが見え、その顔もまた怒りに満ちているのを確認した。
これは、退出した方がよさそうだと判じたは、音を立てずにその場を離れる。
朱衡と帷湍が怒りを爆発させたなら、六太は必ずに助けを求める。
朱衡も帷湍も、には怒りをぶつける事は出来ないから、どうしたって六太は助かってしまう。
だがとて、さぼり癖のある主従をいつまでも庇ってやれないし、庇ってやる気もない。
たまには説教される方がいいだろうと判じ、退出したのだった。
二十年前、の胸元で泣いた時から、六太の姿は変わっていない。
あのまま成獣したのだ。
十三歳のままの六太に助けを求められると、駄目だと判っていても、ついつい助けてしまう。
退出してすぐに、卓を叩く音が聞こえ、何かが倒れる音を聞いた。
そしてすぐに帷湍が飛び出して来る。
猛然と駆け足での脇をすり抜けていった帷湍を、は苦笑しながら見送った。
出直そうと思いは一度、秋官正庁に戻る。
しばらくして、は再び内宮にある王の私室に向かっていた。
今頃は帷湍が尚隆を捕まえて、朱衡が説教をしているだろうと思い中に入ると、丁度、朱衡が脅しをかけている所だった。
大綱の天の巻を清書するように言いおいた朱衡は、踵を返して出て行った。
朱衡の後に帷湍、成笙と続いて退出する。
変わりに入ってきたを見やり、まったく反省の色を見せていない王は、鷹揚な笑みを湛えていた。
「か。どうだ、出来たか?」
そう問われて、は懐から巻物を出した。
差し出されたそれを、はらりと解き、ざっと目を通し、大きく頷く。
「想像通りと言った所だな」
巻物には幾人かの氏姓が上げられていた。司刑の眼から見て、裁かねばならない人物を挙げよ。そう言われて作成した物であった。
官吏の整理が行われようとしている。二十年待って、やっとだった。
「あの、主上…」
「なんだ」
「ありがとうございます」
何に対して、とは言わなかったが、尚隆はただ頷いた。
王がまず始めにやらねばならない事。
それをに聞いたのは、他ならぬ王その人だった。
それに対しては進言した。まず、一人でも多くの民に、生きてもらう事。酷官を取り締まるよりも先に、それをすること。
王はそれを、そのまま実行した。
二十年も待って、ようやっと官吏の整理が出来る程度に、国は復興したのだ。
尚隆は幸せそうに微笑むを見やり、口を開いた。
「、王は好きか?」
そう言って、にやりと笑う。はそれを受け流し、
「私は、王は嫌いです」
そう言って微笑んだ。
尚隆はごくたまにこの質問をする。そのたびには嫌いだと笑顔で返す。
事実、王は嫌いだった。それは二十年前と変わらない。国を潤わせるのも、枯れさせるのも、王なのだから。
「まだ嫌いか。では、俺は好きか?」
え、と言っては固まる。
いつもと違う質問に、は驚いた。
王というものは嫌い。
でも…
「俺も嫌いか?」
国を導くこの男を、嫌いであるはずはない。
六太は未だに荒廃を忘れられないのか、尚隆が国を滅ぼすのだと言う。同じ目をしていると言われた、と六太の間には、この二十年のうちに僅かな違いが生まれていた。
は尚隆を信じている。
実際、確実に民は増えている。人が増えれば緑も増える。
「主上は、嫌いではありません」
そうか、とだけ言って、尚隆は紙面に視線を移した。
はこれ幸いと、それを合図にその場を辞した。
宮道を歩きながら、は顔が火照っている事に気が付く。
いきなりあのような事を聞かれ、動揺した自分が情けなかった。
男として好きかと、そう問われた気がしたからだ。
しかし、話の流れを冷静に考えると、主としてはどうだ、と聞いたに過ぎない。
「国の大事に…私はなんて不謹慎な」
そう言って、軽く自分の頬をつねった。
「でも…これでやっと前に進むのね。やっと…」
二十年待って、国は軌道に乗り出した。は張りだした露台に腰をかけ、緑の広がる関弓を見ながら思いを馳せていた。
「近いうちに、関弓に下りてみようかしら…」
はそう言って立ち上がり、その場を後にした。
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