ドリーム小説
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牀榻の中で目を覚ましたは、ぼんやりとした視界の端に、人がいるのを見つけた。
頭を動かし、そちらを見ると大小二つの顔が覗きこんでいた。
一つは王。もう一つは鮮やかな金の髪をした少年だった。
これが…延麒?
「気が付いたか」
尚隆はの開いた眼を見て、薄く笑んだ。
は自分が倒れた事を思い出し、慌てて起き上がろうとした。
それを止めたのは延麒六太だった。
「構わない。寝てた方がいいぞ」
尚隆が後を継ぐ。
「瘍医に見せた所、過労だと言う事だ。お前、殆ど寝ておらんのだろう」
事実だったので、小さく頷く。
すると頭上に大きな手が置かれ、撫でる仕草を感じた。
「御庫なら見張りをつけてあるから大丈夫だ。安心していいぞ」
手の主は、尚隆だった。
彼は…雁州国王。
は再びその事実を思い出し、思わず震えた。
自分が彼に対して言った数々の暴挙を、悲しいくらい鮮明に覚えている。
王にあれほどの事を言ったのだから、ただで済むはずはない。
不安を湛えた瞳は王と麒麟を、行ったり来たりしていた。
「あ、おれ何か取ってきてやるよ」
延麒はそう言って臥室を出て行った。
残された臥室のは、恐ろしくて動けないでいた。
「とって食ったりしないから、そんなおびえた顔をするな」
の顔を覗き込みながら、そう言って笑う尚隆。
「で、ですが…主上に対して、わ、私は恐れ多くも…」
「かまわぬ。貴重な意見を多数、聞かせて貰った。まずは体を厭え」
咎めはなし、と言うことだろうか…。
「あ、あの、主上?」
「なんだ?」
「どうしてあのような事を聞かれたのですか?」
「どの質問だ?」
「王は、好きかと…」
「ああ…いや。司裘の話を聞き、見に行った先に好みの女がおったのでな。だがその女は、六太と同じような目をしていた」
それで聞いたのだと言って、口を結ぶ尚隆だったが、その説明でに判るはずもなく、首を捻るばかりだった。
「台輔と同じ目を?それはどうゆう事ですか?」
「それよりも、もっと他に気になることがあるだろう?」
「何を、でございますか?」
尚隆が続きを言おうと口を開けた瞬間、六太が戻ってくる音がした。
「えーと、なんて言ったかな。そう、。桃は食えるか?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って桃をありがたく押し頂く。
それを確認してか、尚隆は臥室を後にした。
「本当に大丈夫か?あいつになんかされなかったか?」
尚隆が退出するのを確認してから、六太はに声を潜めて聞いた。
「いえ。何も…あの、台輔」
六太は寝台に飛び乗り、を背中越しに見た。
「ん?六太でいーよ」
「そうゆう訳には…」
「いいってば」
強く言われて、は諦めて言った。
「先程主上に言われました。六太と私の目は似ていると」
「目?」
「色は、違いますわね。それなら、考えている事が同じと言うことなのでしょうか。でも、それも違いますわね…」
「どうゆう事だ?」
すっかり判らないと言った風な六太に、は薄く微笑み言った。
「初めて主上にお声をかけて頂いた時、主上は私に問いました。王は好きかと」
「え…」
驚いた表情のまま、六太が固まる。
「そこで私は正直に申し上げました。嫌いだと」
「そうか…それなら、おれと同じだな」
今度はが驚く番だった。
王を嫌う麒麟など、この世にいるとは思わなかったのだ。
「六太は何故王がお嫌いなのですか?」
「んー。じゃあ、はなんで王が嫌いなんだ?」
逆に問われては躊躇したが、思い切って言った。
「主上に申し上げたのと、同じ事をお答えすると…王は国を荒らし、民を苦しめるから、と私は言いました。でも、それは主上が嫌いと言う事ではないのです。王と言う存在そのものに、きっと不信感を抱いているのだと思います」
「そうか…おれも、同じだ」
ぽつりと言った六太を、は大きく目を見開いて眺めていた。
「王は戦いを連れてくる。だから、王は嫌いだ」
六太の目は、悲壮を湛えていた。
この目が、と同じなのかもしれない。
「雁の民は…死に絶えると思っていました。私は新王が立って、涙が出るほど嬉しかった。王は希望を与えてくれた。だけど、実らない大地を民に与えたのも王…だから、王は嫌いです…」
六太はこくりと頷き、の目を見た。
六太もまた、同じなのだと感じていた。
「だけど…台輔はあのかたを選ばれました。王を、選んだのです。六太が選び、それを信じたのなら、私もそれを信じましょう。この国のために、わずかに残された三十万の民のために」
「おれは…尚隆を信じている訳じゃない」
それを受けて、は思う。
自分自身が抱く不安より、この麒麟が抱く物の方が遥かに大きい。
何が彼をそこまで思いつめさせたのだろう…
それとも、それが麒麟の性なのか…
は六太の背にそっと手を伸ばし、その小さな肩を抱いた。
「でも、六太は麒麟だから…嬉しかったでしょう?王に巡りあえて。麒麟は民の具現だと言うから、王に不振を抱くその感情は、民のものかもしれない…私を初めとする雁国民は、まだ梟王の圧制を覚えているもの」
抱いた六太の肩が震える。
麒麟が王を信じないなど、誰に言えただろうか。
しかし六太は覚えている。
蓬莱の大乱を。
都は大火に包まれ、権力争いのためだけに、何万という民が死んだ。
だが、雁に来てみるとそれ以上の惨状が待っていた。
やはり王のせいだと言う。
人は権力を持つと、ろくな事をしない。
だから王も同じだと、六太は思っていた。
それなのに、王を選んでしまった。
「ですが…六太は王の民です。私もまた同じ。それだけは、どうしようもない事実です」
「そう、だな…」
「六太」
呼びかけに六太は振り向こうとはしなかったが、は構わず続けた。
「麒麟とは言っても、六太はまだ小さい。だから、泣いてもいいのですよ」
優しく言われ、六太は弾かれたようにに抱きついた。
の胸元に温かい雫がこぼれ始め、六太は泣き疲れるまで泣いた。
はその背を優しく撫で、六太が落ち着くのを待った。
やがて泣き疲れた六太は、そのまま眠りに付いた。
自らは寝台から降り、変わりに六太を寝かせる。
まだあどけなさの残る顔に涙の後をみつけ、それをそっと拭って、その場を退出した。
「子守などさせてしまって、すまなかったな」
御庫に戻るため、走廊を歩いていたは、壁に背を預け、腕を軽く組んだ男の声に立ち止まる。
その顔を確認するや否や、は跪いた。
「主上とは存じ上げず数々の非礼、どうぞお許しください」
そう言ってみたものの、許しを請えるなど、思ってもいなかった。
梟王の時代であったなら、不況を買えば、まず間違いなく斬首だろう。
新王はそこまでするような人物には見えないが、罷免は覚悟していた。
しかし新王からは、立てと声を掛けられる。
「目録を」
短く言った主を見上げ、は困惑した。
お咎めはなし、と言うことだろうか。
「あ、あの…」
「ん?どうした。俺に見せたかったのだろう。実を言うと近々、御物の目録を提出せよと言うつもりでいた」
は自国の王をまじまじと見つめ、そして懐から目録を出した。
両手で軽く持ち、前に差し出した。
「御庫に眠る、御物目録でございます。現在、呪を施しておりますゆえ、わたくし以外は入る事ができません」
尚隆ははらりと目録を開き、目を通しながら言った。
「ではこの中から、必要最低限の物を、別に書き出しておけ」
「必要最低限、と申しますと?」
「式典、祭典に用いるような物だな。あいにく俺には判断がつかん」
どういった物があるのか、知りたいのだろうか。
「それならば、その目録に印をつけた方が、読み易くはございませんか?」
尚隆はうむ、と考え込み、
「ではそのようにしてくれ。どれぐらいかかる?」
と言って目録を返した。
「すぐにでも」
「では、すぐにでもやってもらいたい。が、体は大丈夫なのか?」
気遣う主を見上げ、は少し微笑み、頷いた。
なら付いて来いと言った男を、は追った。
政務のための一室に通され、墨と筆を手渡される。
は目録を開き、いくつかに小さな丸を付けていった。
さっと作業を終えたは、それを尚隆に渡し、何に使うのだと問うた。
「この印のない物のすべてを、売りさばく」
の時が、しばし止まった。それを面白そうに見やる尚隆に気が付いて、は再び聞かずにはおれなかった。
「あの、もう一度仰って頂けますか?」
「この目録を元に、御物を売る」
が今まで、心血を注いで守ってきた物を、売りさばくのだと主は言う。
尚隆は驚愕して口を開けたままのに対し、笑うのを止めて真面目な顔に戻した。
「司裘として、がどうやって御物を守ってきたのか、宮中を歩き、官に紛れて探索した結果、よく判った。よく今まで頑張ってくれた。礼を言う。その御物に対して、売りさばくと言われれば、戸惑う気持ちも判る。だが、今は国の威儀や体裁を気にしている時ではない。少しでも多くの民が、この冬を越せるようにするのが先決だ。酷吏を取り締まるよりも、まず一人でも多くの民を救わねばならぬと言ったのは、司裘ではなかったか」
確かにその通りだ。
御物を売りさばくなどとは前代未聞だが、それで民が救われる。
それに御物は王の物。それを売るも捨てるも、王の自由であっていいはずだ。
あぁ、雁は救われる。
は漠然とそう思った。
新王登極の日から、一番強くそう思った。
頬を涙が伝い、ぽたり、ぽたりと床に染みを作っていった。
「どうぞ、雁を…雁の民を助けてくださいませ」
この時は揺ぎ無い忠誠を誓ったのだった。
明日、朝議に出席するようにと言い渡されたは、自室に戻り夜明けを待った。
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