ドリーム小説
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御物の目録を作り始めて丸半月。その目録はようやく完成を見た。
「後はこれを清書して、主上に受け取っていただかなければ…」
そして今後の事を思い出し、は深い息をついた。
「どうした、溜め息なんぞついて」
誰もいなかったはずの背後から声がして、は弾かれたように振り返った。
「いつぞやの…」
男は頷き、の手元を覗き込んだ。
はそれに気付き、慌てて男の視線から、御物の目録を隠した。
「相変わらず、信用されておらんな」
「当たり前でしょう!」
「で、何か悩み事でもあるのか?恋の悩みではなさそうだが」
はまたしても、怒りが沸点に到達しようとしている事に気が付いた。
このご時世に、恋だの愛だのと、呆けている者などいまい。
「で、何を悩んでいる?」
「何故貴方に言わなければならないのです」
冷たく言い放ち、は怒りを静めようと務めた。
「何かの役にたつやもしれんだろう?」
「冗談で返されるのを判っていて、わざわざ言う者もおりますまい」
「では、冗談は言わんと誓う」
「何が目的なの」
「何も。あえて言うなら司裘に会いたかった、と言っておこうか」
そう言った男の顔を見て、は息を吐き、やがては諦めの境地に至った。
「書状を一つ…主上にお渡ししたいのよ。でも、私などでは、直接お目通りする事はかなわない。かと言って、これを託せるような信用できる者を、私は知らないの。あ、もちろん、貴方にも託さないからね」
男は苦笑しながら、考えている様子を見せた。
「では、天官長に頼んではどうだ?六官の一ともなれば、王の傍仕えと言っても過言ではないだろう」
はその言を受け考えた。しかし首を横に振る。
「だめよ。誰が何処でどう繋がっているか判らないもの。この目録が酷吏の目に触れれば、それだけ私の首が危うくなるの。今と変わらないと言えば、そうなんだけど、やっと鎮火しかけた所に、自ら油を注ぐのはやはり気が咎めるもの」
「なるほど、考える訳だな」
そう呟くと、男は用事ができたと言い、その場から去っていった。
「変な人」
それから数刻後、は正殿に呼ばれた。
普段、朝議に参加しないにとってそこは、居心地が良いとは言えなかったが、黙って自分を呼びつけた人物を待っていた。
女官の話では、天官長がお呼びだ、と言う事だった。
しかし、いつまで待っても天官長は来ない。
待っている僅かな時間でも、御庫の前を空ける事を疎んでいたは、次第にいらいらしていった。
しばらくすると、さきほどの女官が現れ、ついてくるようにと言って歩き出した。
女官が案内した先は、内宮にある王の私室だった。
「中におられます」
女官はそう言って退がった。
天官長が何故、王の私室にいるのかは判らなかったが、はとりあえず中に入っていく。
「でございます。何用でございましょうか」
そう言って、中に進んだは拱手をし、俯いたまま天官長の言葉を待った。
「直接渡せるように取り計らったぞ」
何処かで聞いた事のある声だ、と思った。
しかし天官長のそれではない。
は恐る恐る顔をあげ、声をかけてきた人物に視線を投げる。
そこには先程の男が座っていた。
はぽかんと口を開け、その男を眺めていた。
周りには誰もいない。
「王に手渡すのだろう?書状を」
は口を開けたまま、こくりと頷いた。
男は笑いを堪えるようにを見て言った。
「渡すがいい。いますぐに」
「…これは…この目録は…貴方は…」
男は面白そうに視線を向け、
「その目録は王に見せるために、半月もかけて作ったのだろう?それなら、いますぐに渡すと良い。俺は今すぐにでも、その目録が欲しい」
そう言って立ち上がり、の傍に近寄った。
「俺が王だと言っただろう。六太にでも聞いてみるか?」
「ろく、た?」
この男は、耳馴染みのない言葉をよく言う。
「まぁ、座れ。六太を呼びにやるから、しばらく待ってろ」
「はぁ…、いえ、六太とは何でしょう?」
「延麒の名前だ。蓬莱の名だがな」
この国の王と麒麟は胎果だと聞いた。
それならば…
は青くなりながら、この男が名乗った氏姓を思い出そうとしていた。
こまつ なおたか
これが、蓬莱の名を指すのだとしたら…
「わ、私に名乗ったのは、ほ、蓬莱の、な、名前だったの、ですか?」
恐れから声が震えるのを感じる。
「うん?ああ、そうだな。誰もそう呼んではくれぬがな。おおかた、延王尚隆と呼ぶな」
は真っ青な顔からさらに血の気が引いていくのを感じ、同時にここ何年も感じたことのない、深い安心感を覚えた。
あぁ、やっと…
「おい。大丈夫か」
尚隆がに触れようと、手を伸ばした瞬間。
緊張の糸が切れたの意識は、どこかへと旅立って行った。
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