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Trick or Treat!



Trick or Treat!


=6=



「悪戯しちゃいましたね」

マントの上に貰った菓子を乗せて歩く六太に、はくすりと笑いながら言う。

思い出したのか、六太の笑い声がする。

「嫌がらせなんかするからだ」

「好意ではなかったんですか?だって、そんなにたくさんのお菓子を貰ったわけでしょう?」

「いいや、あれは絶対に嫌がらせだ」

「でも、最後に悪戯まで出来たんですから、それでよしとしませんか?」

「まあ、そだな」

の作業していた堂室に戻って、お茶を飲みながら成功を祝おうと言った六太に賛同し、歩き始めた二人。

府第を横切り、庭院を横切っていた。

暗闇に紛れてしまいそうになりながらも足を進めていると、ふと六太の足が立ち止まった。

何事かと横に視線を送る。

「なあ、全部で四つだよな」

「篝ですか?ええ、私が作ったのは四つだけですよ」

「じゃあ、あれは?」

六太の手を追って見れば、ぼんやりと橙の灯りが見える。

「?…一度、行った所では?さっきもここを通ったような気がするし」

「いや、それはない。ここは通ったけど、その時には何もなかったはず…ん?」

途中で言を切った六太に、は首を傾げながら言う。

「では、覗いてみましょうか」

うんと頷いた六太と供に、は橙の光を目指す。

近づくと、やはりそれは南瓜で出来たジャック・オ・ランタンであった。

しかし、の掘った顔とは違う。

光が漏れるように穴は開けられているが、顔とは言えない。

本当に篝として作られたように見える。

誰が作ったのだろうと考えていると、やはり灯りの漏れている扉が目に入った。

「行ってみようぜ」

首を傾げたまま六太に添い、扉の前に立った

「ここでも、やっぱり言いますか?Trick or Treatと」

「そうだな」

再度目を見合わせ、扉に向かって叫ぶ。

「Trick or Treat!」

すると扉は少しだけ開かれた。

だが何者も姿を現さない。

「入ってこいと言う事でしょうか?」

「…」

の問いには何も返さず、六太の手は扉にかけられている。

完全に開け放たれた扉から、房室の中を覗いたは、やはりそこに誰も見つける事が出来なかった。

「無人のようですね」

「いや、ちゃんといるぞ。おい、尚隆!なんで隠れてんだよ!」

「やはり二人一緒に来たか」

こまやかな細工の施された衝立の後ろから、尚隆が顔を出す。

「隠れていた訳ではない。そろそろ来る頃かと思ってな、これを用意していた」

尚隆の手には小さな袋が一つ。

「さて、これをどうしようか」

袋を揺らしながら言う尚隆に、二人は目配せの後、大きく言った。

「Trick or Treat!」

「よし、では受け取れ!」

手が大きく振りかぶり、袋は二人をすり抜けて宙を舞う。

「わっ!」

慌てて袋を追う六太に習い、も踵を返して駆けだした。

だがその直後、背後から強く引かれて、がくりと体が止まる。

「投げた袋は一つだ。六太のほうが早い」

では、自分が貰う袋は別にあるのかと、尚隆の手元に視線を移す。

片手はを捉えており、もう片方には何も握られていない。

疑問に感じながら、は尚隆を見上げる。

ぱちぱちと瞬きをしながら、ゆっくりと口を開いた。

「Trick or Treat」

そう言うの目前で、諸手をあげる尚隆。

何も持っていない事を見せている。

「?」

再度瞬いたは、首を傾げていった。

「何かくれないと、悪戯しちゃうわよ」

しかしそれに対して何の返答もない。

は筆を取りだして、尚隆の顔に近づけていく。

躊躇いがちに伸ばされた腕は、あっけなく掴まれてしまい、それによってさらに疑問が生まれる。

「ハロウィンの説明をしたでしょう?」

「確かに」

「何かくれないと、悪戯するって言ったわよね」

そうが言うと、掴まれた腕に力が入り、ぐっと手前に引かれる。

疑問に感じる暇もなく、の体は尚隆の腕の中にいた。

「な、何?」

「いや、悪戯をしようかと」

「はあ?い、い、悪戯をしていいのは、仮装した人だけなのよ!」

したり顔がそれに答える。

「だが、魂の解放される日なのだろう?」

「た、魂の…確かに、そう言っ…」

額に唇の感触がして、途中で遮られたの声。

目を見開いて、硬直している体を解放した尚隆は、それを面白そうに眺める。

「解放…って…何?なんで?」

「解放させた魂の所行に、何故もなにもあるまいに」

そう返されて絶句しているに、尚隆は軽く笑いながら言う。

「扇情的な格好で現れるからだ。俺のせいではない」

「は?扇情的って…?これが?」

確かに露出は多いが、地肌が見えぬほど色を塗っている。

痛々しく見える事はあれど、それが色香を伴うとはとても思えない。

疑問に包まれたに、尚隆は面白そうに言う。

「まあ、死者が蘇って悪さをすると言うのなら、それも良いだろう。何しろ一度死んだ人間に会えるのだから、それぐらいの事には目を瞑ろう」

「つまりは…初めからハロウィンを堪能する気はないと?」

「そうは言っておらん。その証拠に、ちゃんと用意して待っておっただろう?」

確かに、六太の菓子は用意されていた。

ジャック・オ・ランタンも作られて置かれていた。

だが、それと自分が悪戯された事とは、別のような気がするのだが…。

「あのランタンは…あなたが作ったの?」

そうだと簡素な返事のあと、尚隆はに背を向けて歩き出す。

房室の奥にある扉を開けると、夜の景色が広がっていた。

動けないでいるの視界の中で、尚隆は空を見上げていた。

「手に持っているものは、つまみになるか?」

振り返って問う尚隆に、は我知らず歩み寄る。

「甘いお菓子よ。つまみになるとは思えないけど」

「そうか。…では、つまみはないが、一緒に飲むか?」

問いかけるわりに、の方を見ずに露台へと進む尚隆。

それにつられるようにして、露台へと出たの視界に、不思議な世界が広がっていた。



小振りの南瓜で作られた、五つのジャック・オ・ランタンが、欄干にぽつりぽつりと置いてある。

小さな蝋燭の光が揺れて、卓子の上に置かれた酒瓶に反射している。

間近に雲海がさざなみ、満天の星が煌めきを増す。

蓬莱でもない、西洋でもないこの空間は、表現に困るような不思議さを伴っていた。

だが、これも悪くない。

「随分たくさん作ったのね」

「意外と面白くてな」

ぼんやりとした灯りに照らされて、はくすりと笑う。

だが、はっとして顔を上げる。

「あ…台輔」

「六太なら戻って来ぬよ」

「どうして?」

「あれでいて、なかなか勘のいいガキだからな」

「?」

どうも上手く会話が成り立っていないようだ。

は会話そのものを流してしまうかのように、雲海へと目を向ける。

しばらくしてから、ぽつりと言った。

「ねえ、一昨日海の話をした事、覚えている?」

「瀬戸内のか?」

「うん。昔は陸だったって話」

雲海を見つめながら、は言を繋ぐ。

「海がもっと下の方にあって、小高い山々がたくさんあった。今は海の底になった場所に人が生き、山を見上げて生活している。これって、ここと似ているわ…」

雲海によって隔てられた天上と天下。

下から見上げていた時には、青い空に白い雲の景色だったはずなのに、上から見下ろすと、そこには海がある。

その景観を見てしまえば、もしやと思わずにはいられない。

「ここは未来なのかな…。私のいた場所は、ずっと昔に沈んでしまった。瀬戸内が出来たように、私の知らない地形が新たに構築され…」

夢見るように語られているの言は、冷静な尚隆の声によって途切れる。

「ここは蓬莱ではない。だから、過去でも未来でもない。時を同じくして存在する別の世界だ。もちろん、虚構でもない」

「でも…」

「内海はどう説明する?蓬莱に黒い海があったか?」

の知っている海はたった一つ。

瀬戸内の海だけ。

だが、外海も内海も、同じ色をしている。

水位が変わった所で、それは不変の色だったはずだ。

「…そう、よね」

あまり馴染みの無かったはずのランタンの光が、に険難(けんなん)を運んでくる。

過去であろうと未来であろうと、そこはの望む世界ではない。

父も母もいないのなら、この異国と相違ない。

「もう一度だけ見たい…瀬戸内の海を…穏やかだったあの海に帰りたい…あなただってそう思うでしょう?あの、穏やかな海が恋しいと…」

積憂(せきゆう)に染まった瞳は、大粒の雫を落とす。

尚隆はそれを見ながら、静かな声で答えた。

「海はいつも、すべてを静観している。国の繁栄も衰退も、すべてをただ眺めている。だが、海は何も運んできはせん。そこに生きる人々の目に映る、景観の一部に過ぎぬ」

尚隆はそう言うと、瞳を閉じてしまったの肩に手をかける。

そのまま引き寄せて、腕の中に閉じこめて静かに言った。

「日がな色を変えるのが海だ。見る者によっても、その色を大きく変える。清廉な色の時もあれば、酷く濁った赤の時もな。瀬戸内も雲海も、そこだけは変わらぬ」

の目には今、雲海はどのような色で映るのだろうか。

だが、それを確認する事は叶わない。

しっかりと抱きすくめられて、体を反転させる事が出来なかったし、視界のすべてがぼやけていた。

だが、頬を拭う指の感触に、は顔を上げる。

暗闇に紛れこみそうな尚隆の顔が、橙の光に照らされていた。

「海を見るのなら、荒れ狂う暗闇の海より、穏やかな煌めく海が見たい」

「分かった」

尚隆はそう呟くと、すっとから体を離す。

まだぼやける視界でそれを追っていると、灯りが一つ消えた。欄干に置かれた、ハロウィンを象徴する篝火が、また一つ消える。

やがてすべての光が消されると、急に辺りが暗くなったような気がした。

の横に戻ってきた尚隆は、目を閉じるように言う。

尚隆の手が肩にかかり、体の向きを変えられたのを感じる。

は今、欄干に寄りかかるようにして、雲海を臨む体制でいる。

瞳を閉じれば、波音がいっそう大きく感じた。






波音以外には何もない。






何も、存在しない。






己のこの体さえ、ただぽつりと佇んで、景観の一部のようにある。






それが気持ち良いような、だが同時に不安なような気にさせる。





「いつまで…目を瞑っていればいいの?」

「もう、開けても良いぞ」

ゆっくりと瞳を開けていったは、その煌めく世界に目をしばたく。

「な、に…なにをしたの?」

煌めく瞬きは空にも海にもあった。

「何もせぬ。これがこの世界だ。ただあるがままを見せたに過ぎぬ」

「これが…あるがまま?だってこんな夜…私は知らない。どちらの世界でも、見たことがないわ」

千波万波は金糸となって赫奕(かくえき)たり。

を取り巻いて、輝きを増していく。

その光は尚隆に移り、空へと帰郷す。

そして寂寥は波間に消えゆくのであった。

「近くの微かな明かりに目を取られていては、世界を覆う光に気がつかないものだからな。篝が五つもあれば、露台を照らすには充分だが、世界を照らす事は出来ん。つまり…」

雲海に目を向けたままのに、尚隆は背後から肩に手を置いて言う。

「それほどの光で照らせられねば、その積憂は消えぬのだろう」

えっと小さく言った声は、さざ波の彼方に消える。

振り返ろうとしたは、そのまま密着を始めた体に硬直した。

「何と言ったか…Trick or Treat…だったか?」

「そ、…そうよ」

「何もくれんのか?」

「え?」

「何もくれぬ場合、どうなる?」

「そ、それは…」

ふいっと離れた尚隆は、吹き抜ける風と同時に肩に手をかける。

そのまま反転させられたは、尚隆と向き合いながらも均衡を崩した。

倒れてしまわぬように支えられた腕は、そのままの体を引き上げる。

瞬間的に変わっていく視界が、線から点へと変わった時、目に映ったのは尚隆の眉間だった。

しっかりと触れている唇への感触に、震えがおきようとしていた。

そっと離れた顔に、一気に脱力したい気分だった。

だが、それすらも出来ないほど、体中の筋肉が強張っている。

我が身に起きた事が、しばし理解する事が出来ない。

「臭いのわりに苦いな」

の口元から移った、甘い香りを拭いながら、尚隆はにやりと笑う。

それが合図になったのか、わなわなと震えながらは言う。

「な…んで…」

かろうじて、声になったことだった。

「答えねば、悪戯をされてしまうのだろう?」

「い、いた、い、い、悪戯って…こ、こ、こんな事、小さな子が…するはずないでしょう!!」

「だが、先ほどのつらさは紛れてしまわんか?」

「動揺によって紛れるとでも?そんなの、一過性のものじゃない!」

「継続すれば良いだけのことだろう」

「け、継続?」

間の抜けたような表情になったに、再度引き寄せる力がかかる。

抗う暇もなく、寄せられたは尚隆の腕の中で絶句していた。

だが、逃げようとは思わなかった。

酷く快い腕の中は、ようやく居場所を見つけたのだと思わせる。

何も言わないに、尚隆は少し腕を緩めて顔を覗き込む。

ふっと笑って、額に口付けた。

「あの…」

小さな声が胸元から聞こえ、尚隆は赤い耳を見つめていた。

恋をすれば、辛さが紛れるだろうと言った、尚隆の言が蘇る。

「あなたは…尚隆はそれでいいの?私の事、全然知らないのに」

初めて呼ばれた名に、軽く笑って答える。

「魂を解放させた結果、こうなった。明日も続きそうだがな」

「…」

何も言えなくなったは、そのまま胸元に埋まっていく。



瀬戸内と同じように、穏やかに寄せる波音は、二人を取り巻いて離れない。

同じように取り巻く月華は二人を包み、優しく見守っている。

恵みの光を受けながら、ハロウィンの夜は更けていく。





煌めく明日が訪れようとしていた。








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と言うわけで最終章でした。

短く短くと思って書いていたせいか、説明が大きく省かれていますね☆

今更ながらに気がついた私…

                                        美耶子