ドリーム小説
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しかしその試みは、絶叫に打ち砕かれた。
「妖魔だー!」
誰が叫んだのか、その声が夜の樹海に響き渡る。
戦慄が走り、は目を凝らした。
鳥のような獣が、三匹いるのが判った。
剛氏の声が響いて、一団は散った。
木の陰に身を潜めて、夜明けを待つ。 やがて夜が明けて、野営地に戻ってきた人々は、犠牲者がいない事を知った。
誰かがさらわれた形跡もなく、一人の欠員もでなかったのは、今回が初めてである。
「よかったな」
ふいに投げかけられた声がして、は振り向いたが、そこには誰の姿もなかった。
だけど、声から麩哩だと判ったは、しっかりと頷いた。
歩き出した一団は、樹海の出口を見て歓声を上げる。
荒野に出るのだから、まだまだ安心は出来ないはずだが、また一つ、蓬山に近付いたと、歓声が語っていた。
の父もそれに習って、歓喜の声を上げている。
少しだけ蓬山が近付いて、まだ父が生きている事を感謝せずにはおれない。
しかしその矢先、歓喜が悲鳴へと変貌する。
見上げた空には、昨夜の妖魔が旋回していた。
荒野に出てしまっては、散っても意味がない。
はすぐに抜刀したが、妖魔はなかなか降りてこない。
だが、じりじりと間合いを詰める様に下降しているのが判る。
緊張した空気の中、先に動いたのは人間の方だった。
馬を走らせ逃げ出したのは、昨夜の少女が主としている中年の男だった。
突然動き出した馬を追って、妖魔は急下降した。
馬車の荷には目にもくれず、まっすぐに馬を貫く。
続いて御者を貫き、ひっくり返った馬車からは、数人が転がり出た。
昇山者の男は丸い体を揺すりながら、手に何かを抱え、それを掲げて走っていた。
よく見るとそれは少女だった。
「まさか!」
そう言っている間にも、鳥は男との距離を詰めていた。
男は頭上に少女を掲げ、差し出すようにしていた。
「なんて外道な!」
は怒りに打ち震えながら、全力でその場に走り寄った。
鳥が少女を貫く直前、の剣が鳥を捕らた。
足をなぎ払い、羽を貫く。
「助勢する!」
そう言って飛び込んできた麩哩と供に、鳥に向かう。
奮闘した結果、鳥は地表を舐めた。
「大丈夫!?」
は急いで少女に駆け寄り、その顔を覗き込んだ。
少女の顔は恐怖に強張り、唇は小さく震えていた。
しかし、嗚咽を漏らす事もできないのか、少女の口からは何の音もなかった。
は中年の男に向き直り、激しい口調で言った。
「こんな小さな子童の変わりに、自分が助かろうなんて。昇山が呆れるわ。あなたのような者が王になれる可能性なんて、欠片ほどもないわ!!」
そう言って、少女の腕を掴み、男から引き離した。硬直した少女に、優しい声をかけようとしていると、再び鳥の叫びが頭上から聞こえる。
「まだ…いたのね!」
頭上を見上げると、そこには八匹もの妖魔が旋回していた。
「数が多すぎる…」
絶望的な声が横から聞こえ、は麩哩を見た。
しかし、諦めると言うことは、死を意味する。
戦うためにやってきた自分や、雇われてきている麩哩はともかく、この少女まで同じ目に遭わせたくない。
そう思ったは少女に逃げるように言った。
麩哩の仲間である剛氏も加勢に入ったが、その数は鳥よりも少なく心細い。
剛氏の一人が馬に死んだ鳥を括りつけ、樹海の方向に走らせた。
それにつられて、何匹かは離れていく。
しかしまだ残っている。
達はその場に留まって、必死に戦った。
逃げ場など、どこにもないような所に出て、この奇襲とは。
運など欠片もないように思われた。
剛氏は一人、二人、とその数を確実に減らせていった。
すべての妖魔が空から消えた時、すでには立っているのがやっとだった。
一団の姿はなく、残った剛氏の先導で先に進んだのだろうと思い、周りを確認する。
横には麩哩の後姿が見え、はふっと微笑んだ。
立っているのがやっとだったは、麩哩の姿を見て安心したのだった。
「麩哩。なんとか、生きていたね」
そう言って麩哩の肩に手を置いたは、ぐらりと揺らぐ体の下敷きになった。
「ふ、麩哩!」
「お前…生きて、いたんだな…」
倒れた麩哩の胸元には、大きな傷が見えた。
「逸れた、か…?」
「そう、みたい…。そんなことより、麩哩。何か薬はないの?早く手当てをしなくては」
「俺は…もう、いい。もう、無理だ。早く、逃げ、ろ…」
「何を言っているのよ。こんな所で死んじゃいけないわ!」
「いいんだ。ここは、俺の生まれた所、だから…」
「何を言っているの!ここは黄海よ。しっかりしなさい」
「黄朱の民は…黄海で生まれる…黄朱の里に、帰る…」
朦朧としながら話す麩哩を、は叱咤したい思いに駆られたが、胸がつまって何も言えないでいた。
体に出来た傷の痛みなど、この痛みに比べればさほどの事はない。
「だから、いいんだ」
そう言って麩哩は、とは逆の方角を見た。
そして再びの顔を見上げて言った。
「お前は、何とか生き延びろよ…」
最後に初めての名を呼んで、麩哩は事切れた。
悲鳴にも見た叫びは、広い荒野に響き渡り、は麩哩の体にしがみついて泣いた。
遠くに黒い点が見える。
一団の消えた方角に、再び妖魔が近付いているのだ。
父と、あの小さな子がまだ一団にいる。
だが生き残っていた剛氏は、すべてここに沈んでいる。
戦える者は、もういない。
「妖魔から…逃げられないの…?妖魔から逃がしてくれる、黄帝にお祈りしたのに…」
ぽつぽつと雨が降り出す。
黄海には珍しい雨が、運気のなさを色濃く語っているような気がした。
やはり麩哩の言うように、黄海の誰かに祈っておくべきだったのだろうか…
萎えた体から、これ以上体力を奪われたたら、はおしまいだ。
強くなる雨の天を仰ぎ、は祈った。
「黄帝様、どうか、どうかお聞き届け下さい」
すでに足は萎え、体は動く事さえ、ままならないほど衰弱していた。
しかしは祈り続けた。
容赦なく打ち付ける雨に抗う術もなく、ただ打たれるままに祈り続ける。 《黄帝様、どうか、どう…》 声にならない祈りを最後に、の体は崩れるようにして、その場に倒れた。
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