ドリーム小説
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『、…目を覚ま――さい。貴女に試練を与――う。――の―護者を探し―――。どんな―にせよ、思いを――せる事が出―たなら、お前を―――召―あ―よう』 頭の中に声が響き、は必死に聞き取ろうとした。
しかし急激に覚醒された意識に、はっとなって辺りを見わたす。
先ほど祈っていた場所と、何ら変わりない所に立っている。
しかし泣き叫ぶ声はすでにかき消され、は脱力感と供に座り込む。
「うっ…なんて…なんて力のない…私は、結局…何の役にも…」
そう言って泣き伏せた。
しかし、まだ誰かが居るやも知れぬと思い直し、は一団の消えた方角へとよろよろと歩いて行った。
そこには、惨状が繰り広げられていた。
千切れた腕、足だった物、人の原型を残さぬ頭部。
横たわる冬器と持ち主だった物。
「あ…ああぁ…うっ…うっ…」
両手で口を覆い、その場に座り込んで嗚咽を噛み殺した。
父の残骸すら、見つけられない。
もちろん、あの小さな少女も。
そこに横たわっている物の中に、何だったか判別できるものはなかった。
それでも一団の中から、数人は逃げたのかもしれない、とかすかに希望を抱き、は辺りを見た。
人が通った形跡を僅かに見つけ、少しだけ安心する。
その方角へと足を向ける。 夜半過ぎ、は小さな洞窟を発見した。
「妖魔の巣かしら…」
そう思って警戒したが、なぜが清廉な空気を感じ、は中に入る決心をした。
中には小さな泉が2つあり、白い石がごつごつと周りを囲んでいた。
はその石をよく観察し、ふと思い当たった。
「これ、満甕石だわ…」
麩哩が持っていた小さな白石とよく似た色。
黄海でしか取れぬと言っていたあの石。
満甕石が泉を囲んでいるという事は、この泉は恐らく飲めるのだろう。
そう思って一掬い口に運ぶ。
冷たい水が喉を通り、は生き返るような気がした。
大丈夫だと判じたは、何口か水を飲み、衣を脱いだ。
水を横に打ち上げるようにして、衣についた血糊を落とす。
衣を脱ぐと今まで気がつかなかった場所にも、傷痕がたくさんあるのが判った。
体の中も、何処かが痛い。
乾くのを待つ間に、は岩に縋るようにして、眠りについた。 ぱちぱちと火を炊く音に、の意識は呼び戻される。
ふと顔を上げると、人影が見え、焚き火の炎が見えた。
はっと気がついて、慌てて自分を見ると、薄い布がかけられていた。
布を捲ると、体には手当てが施されている。
すると、目前の人物が手当てしたのだろうか。
は布を手に持ち、そろそろと起き上がった。
「あの…」
焚き火前の人物は、かけられた声にゆっくりと後ろを振り向く。
十六ぐらいの綺麗な顔立ちの、線の細い人物で、黒い髪をしていた。
顔から大きな布を被っていて、それ以上の事は判らない。
「あなたが…助けてくれたの?」
その人物は何も答えずに、焚き火に向き直った。
は横に置かれた衣に袖を通し、布を手渡すために近付いた。
「これ、ありがとう、手当ても」
小さく頷いた顔をまじまじと見る。
近くでよく見ると、黒だと思っていた髪は、少しだけ青色だと気がつく。
「あなた、誰?」
は単刀直入に聞いた。
助けたのだから、妖魔ではないのだろう。
しかし、黄海に人が住んでいるはずはない。
何も答えないその人物に、は自分も名乗っていない事に気がついた。
「です。あたなは?」
「―――――――更夜」
その声に、少年だと判る。
「更夜…。ひょっとして、ここはあなたの居院ですか?」
「この小さい空間の事を言っているのだったら、違うと言っておこう。たまに、休息に使う」
と言うことは黄海に詳しい者なのだ。
「あ…汚してしまって、ごめんなさい」
「構わない」
その会話の後、沈黙が続く。
長い沈黙の後、更夜がに問いかける。
「貴女は、昇山者ではないね」
「ええ…昇山するのは、お父様なの。私はお父様の護衛の為に、無理矢理着いてきただけだもの…」
そう言ったは、今までの事を話す。
それが何故だったのか、判らなかった。
ただ、誰かに聞いて欲しかったのかもしれなかったし、麩哩の死を認めるために必要な作業だったのかもしれなかった。
「そうか…黄朱の民が…帰ったか」
ぽつりと言った更夜を、はじっと見つめている。
不思議だ、とは思っていた。
黄海にあって、これほど安堵感を覚えた事はなかった。
それに、これで麩哩の思いは達成されたのだという、自分では理解できない思いもあった。
「更夜は…私を不思議な気分にさせる…あなたは…黄民?」
更夜はそう言われて何も答えなかったが、代わりにの目を見た。
「私…お父様が昇山するって言ったとき、引き止めればよかったわ。だって、私の一団は最悪よ…。子童を身代わりにする奴だっていたわ。それに…一緒に戦った剛氏は…全員、もう…」
事切れた麩哩の顔が蘇り、は涙を流した。
顔を覆う事もせず、ただ瞳を閉じて嗚咽を噛み締める。
「黄海に入って初めて知り合ったのに…名前だって知らない人もいたのに…こんなにも辛い。昇山者の変わりに剛氏が死ぬなんて、間違っているわ…」
それを更夜は黙って見ていた。
しかし、ゆっくりと立ち上がり、の横に移動した。
指で涙を掬うようにしてふき取り、そっと訊ねた。
「貴女は黄朱の民のために、泣いてくれるのか…」
ははっと顔をあげ、視界の横のほうに更夜を確認した。
「ふ、麩哩は…初めは嫌な奴だと思った、わ。で、でも、ちゃんと善悪の判った人だった、の。家生の子を、守ろう、と、加勢し…して、くれて…黄朱の民だから、黄海で死ぬのは構わない、って、言うの。でも、私には、生きろって…」
零れ落ちる涙は、留まる事を知らず、次から、次から溢れてくる。
だくだくと音を立てて、溢れかえる。
まるで、傷痕から血が溢れるかのように。
血の海で、溺れそうだ。
「祈ったわ…麩哩を、みんなを助けてって…麩哩は黄海で祈るなら…誰かと言った。黄海のなんとかって。だけど、私は知らない。だから、黄帝に祈ったの」
「黄帝に?」
は少し涙を弱めて、その声を思い出そうとした。
「声を、聞いたの…恐らく黄帝様の。私に試練とか…誰かを探して、何かをしなくちゃいけない…」
「誰を探して、何をするのか判らなければ…」
そう言って更夜は再び黙った。
「そう、ね…でも、黄海で誰を探せばいいのかしら…」
絶望的な思いで、は手をついた。
その思いは、涙を止めるのには役立ったようだ。
黄海は広い。
その中で何を探せばいいのだろう…。
だが、はふいに思い当たった。
「ねえ、更夜。あなた、ひょっとして、黄海に住んでいるの?」
「どうだろうか。私は、物好きだから」
「黄海に、他に誰か住んでいる?」
更夜はその質問に答えなかった。
しかし、沈黙を持ってして、には判った。
「黄朱の里が…本当にあるのね…」
更夜は少し驚いて、を見た。
「なぜ、そう思う」
「麩哩が…私を逃がすためにそのような事を…。でも、揶揄して言うような事だと思ったから、何をいっているんだって、その時は怒ったんだけど…黄海に帰るって言った麩哩の顔を思い出すと…」
更夜はが話すのを遮って言った。
「それ以上、口にしてはいけない」
何故と問うても何も言わない更夜に、は諦めるしかなかった。
「これから…どうすればいいんだろう…」
黄海の真ん中に放り出されて、そこで何かを探さなければならない。
しかし、あてもなく彷徨えるほど、黄海は狭くない。
「ねえ、更夜。一緒に連れて行って」
の横で、焚き火に薪をくべようとしていた更夜の手が止まった。
「もし、更夜が一緒に行ってくれないなら、私は麩哩から聞いた里へ向かうしかないもの。最後に麩哩が指し示した方角へ、向かうわ」
本当は、麩哩は何も指したりはしていない。
だが、遠くを見つめた視線の先に、何かがあるのだろう。
更夜は溜め息をつき、しかたがないと言った様子を見せた。
「黄帝が仰ったと言うのを信じよう」
「ありがとう…」
は深く頭を下げた。
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