ドリーム小説
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榴醒伝説 =4=
翌日の朝堂で、は珠飾りを胸元に出していた。
冬官の長、大司空がの近寄って行くのを、桓タイは横目で追いながら見る。
そっと物音を立てないように、そちらへと近付いていく。
「太宰。すばらしい珠飾りですね。何の石ですか?」
は問われて、にこりと笑みを返した。
「これは榴醒石ですわ」
そう言うと大司空は驚いて石を見つめた。
「ほう、榴醒石の加工した物とは珍しい。桃色も…珍しいですね。細工もとても素晴しい」
感嘆したような声に、は嬉しそうに答える。
「ありがとうございます。これはお慕いする方から頂いた物なのです」
臆面もなくそう言ってのけたを、大司空は驚いて見た。
「いや、そうでしたか。これは失礼を」
「いえ。その方の次に大切な、私の宝なのです」
「なんとも…。よほど思われているのですね、その方は」
そう言って、大司空は傍を離れる。
見事な加工だと言いながら戻る大司空を、桓タイは見ながら一人笑う。
やがて朝議が始まった。
の想像では、かなり荒れるだろうと思っていたが、当の天官長があっさりと承諾した事もあり、意外とすんなり終わった。
不満の顔は多かったが、路寝における人員の問題だけだったので、地官、冬官、春官、秋官からは何の反発がないというのも、大きかったように思う。
朝議の後桓タイと供に、紙面に名を連ねられた者を召集し、王と宰輔、それに冢宰を交えて話し合いが始まる。
「台輔の側使えの者は、以前からおります者を信用してよいと思います。ただやはり、幾人かは移動して頂きますが」
の言に、景麒は無言のうちに頷いて肯定を示す。
「ありがとうございます。仁重殿に出入りを許せば、それだけ主上に近くなりますので。次に女史ですが、こちらは祥瓊にすべてをお任せいたします。手が周らなくなれば、私も加勢いたしますが、まずそれはないと思っても良いでしょう」
そして、和州から来た女を見る。
「貴女は鈴と供に女御をお願いします。こちらはさらに人手がいるので、私も出来る限りお手伝いをしに行きますね。内宰らには路寝の外で待機して頂きますから、そこまで運んだりと大変な事も多いですが、宜しく頼みましたよ」
そこまで言った所で、陽子が発言する。
「私が運んで行けば良いのではないか?」
「それはなりません」
何故だ、と問う王に、は説明を始める。
「内宰らにとってそれは、屈辱的な事だと取られてしまうからです。鈴が持っていけば、まだそれほど角は立たないでしょうが、王自ら行くとなれば、何故自分が締め出されたのかと、深く考えずにはおれないでしょう。それはどんな亀裂を生むかもしれず、そのような危険な事をするくらいなら、締め出した意味がございません」
なるほど、と感心して言った王は、理解したようだった。
「では、布をたたんでおくと言うのは?」
「それは、大変助かります」
は微笑んで返し、再び口を開いた。
「それから、小臣ですが」
はそう言って桓タイを見た。
頷いた桓タイは虎嘯を見る。虎嘯は一人を手招きし、紹介する。
「俺の仲間だった奴だ。機敏だし力もある。警護は任せても大丈夫だ」
虎嘯が言い終わり、桓タイが続く。
「軍の中から早急にもう一人を選抜いたします。大僕に小臣が一人では、いくらなんでも無理がありますので」
一同は頷いた。
それからも細々とした事柄を話し合い、その話は夕方まで続いた。
一先ずは安心だな、と太宰府に戻ったは思っていた。
忙しい事に変わりはないが、不安の要素は減った。
鈴や祥瓊にかかる負担は大きいが、彼女らはむしろそれで張り切っているし、何よりも安心して任せておけると言うのは、かなり助かる。
「私も頑張らなきゃ」
そう言って、は今日の分の書面に取り掛かる。
それからは、慌しく毎日が過ぎて行った。
冬の寒気は知らぬ間にやわらぎ、新緑の息吹を感じる季節へと移行する。
は茶器を手に、陽子のもとへと向かっていた。
政務は終わっている時間だが、恐らく陽子のこと、まだ何かしら書面を持ち込んでいるのだろうと思い、一息つけさせようと茶菓子を用意したのだった。
「失礼いたします」
「ああ、か」
想像通り、王は書面に向かっている所だった。
「やはりまだ書面に向かっておられましたか…」
はそう言って茶器を置く。
たおやかな音をたてて、茶杯に注ぐ一連の動作を、陽子はただ眺めていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
から眼を逸らせないままの主に、疑問の視線を投げ問いかける。
「どうかなさいましたか?」
「いや…噂を聞いて。納得するなあと思って」
「噂ですか?」
「うん。はきっと育ちがいいのだろうと言う噂。立ち振る舞いの優雅さ。気品の漂う声。是非一度お声をかけて頂きたい物だと。酷いところでは、柳眉を逆立てて見たいなども聞いたぞ。ちょっとここまで行けば変態だな」
そう言われたは、嫌そうに顔を顰めた。
「褒められるのは嫌いなのか?あ、やっぱり最後のは嫌だったかな?」
予想外の反応に、陽子はそう尋ねた。
「いえ。嫌と言う訳ではございませんが…。あまりにも、私の内実と一致しないものですから」
「他人の評価なのだから、内実と一致するはずがないだろう?」
「ああ…それもそうですわね。でも、やはり自分が優雅などとは、思えないのですが…」
「そうかな?はとても女らしいし、気品もあるのだと思うよ。さながら王のようだと囁く声も納得できるな」
「何を仰いますか!」
「まあまあ。それにしても、桓タイは大変だな。これだけの人気者を独り占めにしているんだから、風辺りもきついんじゃないかな?」
陽子にそう言われて、は心臓が跳ね上がった。
「ご存知…だったのですか?」
「うん。虎嘯から聞いた。天官の誰かに迫られていたんだって?桓タイが扉ごと吹っ飛ばしたようだけど」
意地悪く言われて、は火照る顔を隠しきれなかった。
「凄い力だからな。さすがは将軍」
「恨みますわ。虎嘯を」
そう言ったが可笑しかったのか、陽子はついには噴出して笑う。
「主上。笑ってないで、お茶を召し上がれ。冷めてしまいますわ」
悪いと言った陽子は、まだ笑ったままの顔で、茶杯に手を伸ばす。
ふと、笑いが収まり、茶杯を持ったままに問いかける。
「最近、虎嘯は元気がないようなんだ。から見て、どうだ?」
問われては虎嘯の姿を思い描く。
「ええ…少し」
元気がないと言うよりは、少し覇気がないように思える。
「やはり、寂しいのだろうな。虎嘯の家族は弟の夕暉だけだから」
「弟さんは今?」
「瑛州少学の寮に。乱の時は、回りにたくさん人がいたからな。それとのギャップが激しいのかもしれない」
「ぎゃっぷ?―――ああ、そうですわね」
ふいに出た蓬莱の言葉に、戸惑いを感じたは思わず笑った。
「何で笑ってるのか、当ててみようか?」
「はい」
「耳慣れない言葉に、一瞬理解できなかった」
はただ笑いながら頷いた。そして、ふと真面目な顔に戻し、陽子に言う。
「不思議ですわね。私は蓬莱から来たのに…その蓬莱の音が耳なじまないなんて」
「うん。と言っても、これは英語だから、正確には蓬莱の言葉ではないんじゃないかな?」
「ああ…そうですわね。主上の時代では、よく使った言葉ですか?」
「そうだな。当たり前のように使っていたから、あまり違和を感じないんだが…」
「それこそ、ギャップですわね。ジェネレーション・ギャップ」
なるほど、と真面目に納得している陽子が、妙におかしい。
は再び笑い、陽子も習うように笑った。
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