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榴醒伝説


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翌日、は朝議の後、陽子に呼び出された。

王の自室へ行くと、いつもはいるはずの鈴が見当たらない。

大僕である虎嘯も見かけない。

変わりに桓タイと太師が居る。

太師遠甫の横には、少年が一人立っていた。

!久しぶりだね」

少年はそう言ってに駆け寄ってくる。

「桂桂。元気だった?」

「うん」

そう言った子童の頭を、は微笑みながら撫でる。

「太師もお久しぶりです」

「太宰は相変わらず忙しそうじゃの。いつもすれ違ってしまう」

「そのようですね。いつも先ほどまでおられたと、聞き及んでおります」

そう言って、桓タイに眼を向ける。

「ところで、大僕は?」

「今日は将軍が大僕の変わりじゃよ」

桓タイが口を開く前に、遠甫から答えが返ってきた。

「虎嘯は少学へ向かわせた。鈴も同行している」

そう言った陽子を見て、ああ、と納得する。

弟の所へ向かわせたのだろう。

「それでは僭越ながら、鈴の変わりに私が女御を務めますわ」

「ありがとう。それとには相談があったのだが」

そう言って陽子はを手招きする。

「実は…」







内殿へと向かうは、途中で目的の人物を発見した。

「祥瓊」

呼びとめられた女史は、振り返ってを見た。

「少しお話があるのだけど、いいかしら?」

「はい」

そう言って祥瓊はに付き従う。

内殿の一室へと移動し祥瓊を座らせ、自ら茶を入れて差し出す。

何が起こるのだろうかと、祥瓊は少し不安に思いながらそれを見ていた。

は茶を一口飲んで、ゆっくりと切り出した。

「芳極国へ…」

祥瓊はびくっとなって、茶杯を落としそうになった。

「行くお許しが出ました。やはりいつまでも女史を正式に登用できないのは問題ですからね」

そう言っては、もう一口茶を含む。

「路寝の仕事にも皆が慣れて、夏官からも数名移動する事が決ったの。祥瓊が留守にしている間は、なんとか私が代わりを務めるから、安心して…とは言えないか…でも、頑張ってみるから」

祥瓊は言葉に詰まっていたが、に習うように茶を含む。

少しの音をたてて飲み込み、やっと口を開いた。

「仕事は…太宰に任せても大丈夫かと。だけど…新しい女史を…探しておいて…」

意外な事を言われ、は驚いて祥瓊を見た。

「まるで死にに行くみたいじゃないの…確かに、芳に戻れば何があるか判らないけど、主上の親書があれば、芳の方も早まった事はなされないでしょう?」

「私は…恭に行かないといけないの」

はっとなって、は口元を押さえた。本人と桓タイから聞いた事を思い出したのだ。

「供王に詫びてからでないと、私は月渓に合わせる顔がない…」

「月渓と言うのは…恵州侯?」

「ええ。今は御位におつきかもしれないけど…」

「でも…恭に行けば…」

そう言ったまま、は次に言うべき言葉を見失った。

王の御物を盗み、恭国を出奔したのだと聞いていては、どう考えても犯罪だ。盗んだ物が、王の物である以上、どんな罪咎が待っているのか。無事に帰ってこられるかどうか、定かではない。

そこまで考えて、は首を横に振った。

「祥瓊…」

思い余った感情は、言葉にならずに行動に変わる。

は祥瓊を抱きしめて、そのままじっとしていた。

柔らかな紫紺の髪を頬に受け、どうにかならない物かと考える。

「私、書状をしたためるわ」

しばらくして祥瓊はぽつりと言った。

「月渓に、書状を渡してもらえるかしら。私は恭に向かう。ちゃんと罰を受けなければ、慶を汚すことになるもの」

月渓に書状をと言った祥瓊は、決意を瞳に込めてを見ていた。

それを受けたは、引き止めたい気持ちを押し殺して頷いた。

「分かったわ。すぐに主上に申し上げてくる。誰が芳に向かうのか、相談してくるわね。祥瓊はすぐにでも書状を」

「ありがとう」

笑った祥瓊を残して、は急いで戻って行った。










王の自室につくと、そこにはまだ桓タイが残っていた。

は事情を説明し、意見を待つ。

「そうか…それなら恭にも親書を」

は頷いて陽子に言った。

「芳へは…誰を向かわせればいいのでしょうか?出来れば、祥瓊の事をよく理解している者に託したいのですが。しかも、それなりの地位にいる方でなければ…恵州侯は国主におなりだろうと、祥瓊が」

一国の国主に、下官を向かわせるのでは失礼に当たる。

仮にも、王の親書を携えて行くのだから。

こんな時にも、人員がいないという事は痛手になる。

が行くというのは…駄目だろうか?」

「私が行けば、女史の代わりを務める者がおりません」

が行けば問題はないだろうが、慶の天官のほうに問題が起きそうだった。

「そう、だな…」

言って陽子は溜め息をつく。

ふと、は横に見える人物に眼を向けた。

それとほぼ同時に、陽子の目も桓タイを見ていた。

「禁軍左軍将軍なら…失礼に当たるだろうか?」

「祥瓊をよく知っているのだし…適役かと」

言われた当の本人は、ぽかんとしている。

そのまま沈黙が降り、三名は何も言わずにだた立っていた。

しかし、それを打ち破る音がする。

祥瓊が書状を仕上げて来たのだった。

「もう、書いたの?」

あまりの速さに、は驚いて祥瓊を見た。

「ええ…今書いたのではないの。いつかお渡しできればと、ずっと前から用意していたから…」

寂しそうに笑う祥瓊が痛ましく、は胸元に拳を作って耐えた。

行くな、と言いそうだった。

何もかも忘れて、ここに居ればいいと。

それをしてしまうのは、祥瓊の決意を挫く事だった。

だが、それを代弁する声があった。

「どうしても、行かなきゃならないのか?」

祥瓊は決意の篭った目で、そう言った陽子を見た。

そして膝を突き、頭を垂れる。

「供王の許へ参り、罰を受けて参ります。どのように処されるかは、判断できかねますので、どうか、こちらを恵州侯月渓にお渡し下さい」

真っ直ぐに伸ばされた手元に、分厚い書状があった。

心痛な面持ちでそれを受け取った陽子は、次いで桓タイを見た。

それを受けて、桓タイはしっかりと頷く。

「確かに受けた。恵州侯月渓に渡せばいいんだな」

ほっとしたような表情の祥瓊は立ち上がり、陽子に向かって立つ。

「私が芳を出る折には、まだ恵州侯だったけど…今は国主の座におつきではないかしら。伝え聞く話では、芳は空位にしてはよく持ちこたえているとか。それは、月渓が国主についたからこそだと思うの」

「そうか。では親書は国主に当てたほうがいいだろうな。州候に当てたのであっては、失礼にあたるだろうから」

そう言って、陽子は桓タイに向かう。

「芳の国主である恵州侯にお目通りし、慶国女史からの書状を確かにお渡しせよ」

「かしこまりました」

一礼をして言う桓タイに、陽子は言う。

「ついでに数名を引き連れて、芳の実状を検分してきてくれないか。恵州侯が空位の朝をどうやって支えているのか、学んできてもらいたい」

「はい」

書状を受け取って、出て行こうとする桓タイを、が慌てて止めた。

「まだ、親書が」

あ、と言って桓タイは足を止める。

「一番の問題だな」

人事のように言う主に対し、天官長が詰め寄る。

「草案を出しますから、字の練習をさないませ」

それから、とは付け加える。

「手本は…どうしようかしら」

そう言って祥瓊を見るが、さすがに自分のための親書である。

手本を自ら書くと言うのは憚られるだろう。

「仕方ありませんね。良い手本ではありませんが…ひとまず私が書きますわ」

祥瓊は親書のための紙を捜しに行き、その間に手本を作る。

陽子はそれを見て、苦労しながら練習をしていた。

ふと、何かに気がついたように顔を上げる。

って、本当に日本人?」

「ええ。何か?」

「いや…綺麗な文字だなと思って」

「まだ祥瓊ほど綺麗には書けませんわ。これでもましになったほうですが、最初は度し難い物で、滲むわ、切れるわ、整わないわで、とても字と読めるものでは、ございませんでした。あの頃の私と比べれば、主上の方がまだ綺麗にお書きですよ」

「じゃあ私も二十年経てば、みたいに書けるようになるかな?」

「二十年も経てば、私よりは綺麗に書けますでしょう。でも、私も練習いたしますから、簡単には負けませんわよ」

に字を教えたのは、やっぱり浩瀚か?」

そう聞かれて、は小さく否定した。

「違うのか…てっきり浩瀚だと思っていたんだが。じゃあ、に字を教えた人に習おうかな」

「太師がおられるではないですか。それに字を習うのなら祥瓊が適役ですわ。さ、お喋りをしてないで、続きをなさいませ」

言われて素直に返事をした陽子は、再び紙と格闘を始めた。

こちらを見ているであろう、桓タイの方を見ないようにしながら、は陽子と紙面を見ていた。

しばらくすると、祥瓊が紙を持って戻ってきて、陽子は苦労しながら親書を仕上げる。

「出発は明日にすれば良い。まだ鈴にも言ってないし」

筆を強く握りすぎたのか、手を振りながら陽子は言う。

そこへ偶然にも、虎嘯と鈴が入ってくる。

「いいタイミングだな」

以外の者が首を傾げるように陽子を見、それを受けて陽子はを見た。

二人で噴出して、なんでもないと言う。

「で、どうだった?夕暉は元気にしてたか?」

まだ笑ったままの陽子が問えば、鈴は「うん」と返事をした。

「夕暉にね、お饅頭を買って行ったの。それを虎嘯ったら、どこかに忘れてきたのよ。夕暉が呆れていたわ」

そうか、と呟いて陽子は笑う。

「ところで、虎嘯に話があったんだ。今朝、遠甫と相談したんだが」

そう言い置いて、陽子は言葉を繋ぐ。

「大僕に、太師を預ってもらいたい。それに桂桂も」

「へ?」

「駄目だろうか?遠甫お一人では心許ないと思って。桂桂も寂しいだろうし、虎嘯が預ってくれると助かるんだが…」

「い、いや。預るのはいいんだが…俺は殆ど官邸には戻らんし、太師を大僕の官邸に置くというのもなあ…」

「うん。だから、太師の官邸を太師府の裏に用意しようと思う。私もまだ色々と学ばねばならないのだし」

虎嘯は戸惑いながらも、嬉しそうに引き受けた。

それを見ながら、は鈴に明日、祥瓊が発つことを報告する。

その後、桓タイは芳へと伴う下官を選抜に、一人抜けた。

残った者は祥瓊を激励し、その日は遅くまで語りあった。



続く






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今回は大勢です。

時期的には春なんですよね。

てな訳で次もまだ春ですよ〜。

まあ、それがどうしたって話なんですがね…ふっ(涙)

                                美耶子