ドリーム小説
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榴醒伝説 =7=
翌朝、眼を覚ましたは、ここは何処だろうかと考える。
よく見ると、桓タイの臥室だった。
しかし、隣に桓タイはいない。
もう旅立ったのだろうかと思い、急いで正寝へと向かう。
丁度鈴と出会ったので、聞いてみようかと声をかける。
「はっ…さん…それ」
後ろを指差した鈴に、は思わず振り返るが、そこには何も見つけられなかった。
何があるのだと聞こうとすると、祥瓊の声がして横を見る。
「丁度良かった。桓タイは禁門から立つそうよ。今ならまだ、廐舎に…ちょっと!」
鈴と同じく指差した祥瓊は、が振り返る前に胸元を覗き込んだ。
「な、何?どうしたの?」
「ああ、なんだ。びっくりした。怪我でもしたのかと思ったじゃないの」
「怪我?」
祥瓊の言に首を傾げ、隣の鈴に眼を向ける。
初めから判っていたような鈴は、真っ赤になっている。
何故赤くなるのだろう、と思っていると、祥瓊はにやりと笑いながら言う。
「鈴、何赤くなってるのよ。男対策よ」
ああ、なるほど、と言って、鈴はを見る。祥瓊は、にやつきながら言う。
「昨日は桓タイと一緒だったのね」
「え?ええ。お酒を飲んで…それからよく覚えていないのだけど…」
「そう…痣がついているわよ。首にいくつか」
「!」
慌てて首を押さえてみるものの、堪えきれなくなった祥瓊はお腹を抱えて笑っている。鈴は何やら苦笑している様子を見せた。
「桓タイは…どこ」
「だから廐舎に…布をお貸ししましょうか?太宰」
「おっ…お願いします」
赤面しながら、は布を受け取る。
素早く巻きつけると、廐に向かった。
廐舎では、数名が乗騎の手綱を持ち、外に出る所だった。
その中に桓タイの姿を見つけ、はすっと近寄る。
「様」
下官の一人がに気がつき、声をかける。
「少し、将軍をお借り致しますね」
にっこりと笑って、桓タイを引き離す。
「別れを惜しみに来てくれたのか?」
離れて声が届かない所まで来ると、桓タイがそう聞いてきた。
は首元から布を取り、桓タイに問い詰めた。
「どうしてこんな所に痣をつけるのよ。何もしてないのに…鈴が誤解して赤くなったじゃないの!」
「何かあったらいいのか?」
そう笑いながら返されて、は絶句した。
「男が寄らないようにと思って」
にこにこ笑って言う将軍が、この上なく恨めしい。
「だからって…こんな恥ずかしい所に」
「見えない所につけたら、肌蹴てしまわないといけないだろう?」
真面目に返されて、さらに絶句する。
「この痣が消える頃までには、帰ってくる」
素早く額に口付けて、桓タイは下官の元へと戻る。
が何も言えない内に騎獣は地を蹴り、一路、芳へ向けて旅立って行った。
残されたは、呆然として突っ立っていた。
その日の昼には、大司徒も旅立ち、残るは祥瓊のみとなった。
「不本意ながら…この布を取る事が出来ません。祥瓊が慶に戻ってくるまで、お借りしていても、よろしいでしょうか」
項垂れるようにして言うに、祥瓊は笑いながら返した。
「では、確かにお預けいたします。太宰を飾れる事が出来て、その布も喜んでおりますわ」
「もう…本当にあの人は…」
「桓タイって意外とやきもち焼きなのね」
「そうみたい」
深く溜め息を落としたが、はすっと背筋を伸ばして祥瓊を見た。
「近日中にはお返しできるはずですから、その時までには戻ってきて下さいね。必ずと、約束してください」
そう言ったを、祥瓊は困ったような顔で見つめた。
「それは、お約束できかねます」
「承服できません」
頑として言い張るに、祥瓊は無言でいたが、ややして頷いた。
「近日中には戻ります。それまで、陽――主上を宜しく頼みます」
はにこりと笑い、
「確かに、賜りました」
と言った。
虚しい会話だと判ってはいても、言わずにはおれない心境だった。
本当は行かせたくないのだから、それも致し方ない事だろう。
翌日旅立った祥瓊を、陽子、鈴と見送る。
祥瓊らが旅立って、数日が経過した。
連絡は何もなく、ただ焦れる様な思いだけが先行く。
「主上、何か連絡は…」
陽子の顔を見るたびに聞くのだが、ない、としか帰ってこない。
「せめて、大司徒からの連絡があれば良いのだが」
朝議が終わり内殿に向かう走廊で、陽子は溜め息混じりに言った。
「ええ…」
は消沈したまま、陽子の後ろに添って歩いていた。
「大丈夫だ。祥瓊ならすぐに戻ってくるさ」
さらに後ろに続く虎嘯が、そう言って励ます。
「ええ。ありがとう」
そう言って虎嘯に眼を向けたは、首を傾げた。
何か違和感を覚え、まじまじと虎嘯を見る。
「あ…虎嘯?」
呼ばれた虎嘯はを見る。
その顔は無精髭が伸びていて、なんだかやつれように見える。
「何かあったの?疲れているようだけど」
の言葉に陽子は振り返り、自分の大僕を見る。
「確かに、ちょっと疲れているように見えるな。どうしたんだ?」
「いや。特に何もないが。疲れているように見えるか?」
問われた二人は、同時に頷いた。
「髭が伸びっぱなしだからかな…?ちょっと余裕がなくてな」
「余裕?」
陽子が先を促す。
「ああ、うん。そうなんだ。男世帯だからかな…ほら、皆なかなか戻らないし、それで、ちょっと…」
なるほど、と言って陽子は笑った。
自分の事にまで手がまわらないのだろう。
「お手伝いに行きましょうか?」
は親切心からそう聞いたが、虎嘯は慌ててそれを跳ね返した。
「い、いや!結構だ」
「遠慮しなくてもよろしいのですよ?」
「いらない。桓タイに殺される」
慌てて手を振る虎嘯に、はまあ、と言って言葉を失う。
その様子を見て陽子は笑っていた。
午後になって、朗報が入る。
「主上。大司徒が戻られたようです」
はすぐに内殿に向かい、報告に上がった。
「そうか」
陽子は落ち着いて言ったが、内実を言えば早く報告を聞きたかった。
「大司徒は今?」
「はい。こちらに向かっております」
そう言ったところに、大司徒が現れる。
「ただ今戻りました」
そう言って跪礼をとった大司徒は、報告を始めた。
「結果から申します。女史の罪は明白。罰は国外追放を命じられました」
「国外追放?」
反復した陽子に、大司徒は続いて経緯を語る。
供王はいたくご立腹であったと言う。
明らかに罪があったのだから、これは予想していた。なにしろ、減刑を望んだのだから、政への干渉と見られても仕方がない。
その様な事を考えながら、報告を聞いていたはふと疑問を抱いた。
報告が終わっても解決しないそれを、口に出して問うてみる。
「一切の入国はまかりならぬ、と?では、女史は…」
大司徒はにこりと笑み、
「待機していた柳の宿館に、使いを出しました。途中で将軍と合流しましたから、将軍の騎獣と供に戻るでしょう」
と言った。
「で、では…」
「はい。お二人とも、近い内に戻るかと」
表情が明るくなったのが自分でも判り、は陽子を見た。
同じような顔をした陽子は、に向かって頷いた。
陽子は大司徒に労いの言葉をかけ、今日は休むように言い渡す。
翌日、祥瓊は大司徒の予告通り戻ってきた。
しかし桓タイの姿はなく、祥瓊一人だった。桓タイは麦州に寄ると言って、途中で祥瓊に騎獣を預け、一人麦州に降りたようだった。
何があるのだろうと思いながら、それでも祥瓊との再会に、手を取り合って喜び合った。
「後は桓タイだけだな」
そう漏らした陽子に、は思い出したかのように布を首元から外す。
「これ、ありがとう。もう、目立たないわよね?」
そう言って首を見せる。
「まだ薄く残っているようだけど?」
祥瓊にそう言われて、は赤面して布を引っ込めた。
「何だ?」
不思議そうな陽子に、何でもございませんと言って誤魔化したが、すっと祥瓊が耳打ちするのが目に入る。
「祥瓊!」
咎めるような声を出したが、もう陽子には伝わったらしく、顔がにやにやしている。これはまずいと思い、太宰府に仕事が、と言って退出する。
「まだまだ前途多難な訳だ。桓タイは」
の去った後を見ながら、頬杖をついて陽子は言う。
「じゃなくて、桓タイが?」
「うん。って結構無自覚だからな。桓タイが心配するのも頷ける」
「ああ、それもそうね…」
まったくだと言わんばかりの表情で、頷く祥瓊を陽子は横目で見た。
「桓タイが旅立ってから、何人に言い寄られたのか聞いてみたんだ」
祥瓊を横目で見たまま陽子は言う。
「誰にも言い寄られてなど…だってさ」
「あら、珍しい」
だろ?と言って陽子は笑いを堪えながら言う。
「だけど、単純に聞き方が不味かったようだ。一緒に夕餉でもどうですか?とか、一緒に街に降りてみませんか?とか聞かれなかったかと問えば…」
『ええ。そうゆう事でしたら何度か。でも、主上のお傍を離れられないのでと言って、断りましたわよ?街の視察は天官のお仕事ではないし、夕餉も主上や鈴達と頂いておりましたから』
「だそうだ」
「視察な訳ないでしょうに。仮にも太宰を視察に引っ張り出す人なんて、どこを探してもいないわよ」
まあな、と陽子は言う。祥瓊が深く溜め息をつき、
「言い寄られるのは、の責任ではないけど…。でも、自覚してないのじゃ、心配にもなるわよね。仮に緊急事態だ、街まで来てくれって言われたら、行くんじゃない?」
と言い終わってはもう一つ大きく息を吐いた。
「かもな」
二人の危惧は、後日現実のものとなる。
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