ドリーム小説




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榴醒伝説


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その後日。

は内殿から宮道を歩き、外殿へと向かっていた。

そこへ、駆け寄ってきた者がいた。天官の一人がを見つけると、羞恥を欠けたような表情で駆け寄ってくる。

「どうしたのです、血相を変えて。何かあったのですか?」

「実は瀞織が…」

その者は戸惑っているように、言を飲み込んだ。

しかし、ややしてから、口を開く。

「と、とにかく一緒に来て下さい!わたしでは、もうどうしようもありません!!」

事情はまったく飲み込めないが、瀞織(じょうか)の名と必死の形相に同行を決意する。

「判ったわ。すぐに参りましょう」

向かう途中で、祥瓊と出会う。

「ああ、祥瓊。急用が出来ましたので、こちらを主上にお渡しして下さい」

そう言って幾枚かの紙面を渡す。

「はい。賜りました。…どちらへ?」

天官の男を見ながら、祥瓊は訝しげな顔を覗かせる。

「そう言えば…どちらに向かうのですか?」

「すぐ…そこまでです。あの、急いでもらえませんか?」

「ああ、そうね。ごめんなさい」

そう言ってやや小走りに過ぎていくを祥瓊は見ていたが、すぐに踵を返して走り出す。

「どちらまで行くのですか?何故瀞織の名を…」

「もう着きます。もう…」

男はそう言って尚も進む。

内朝を過ぎ外朝にまで来てしまっても、まだ男は足を止めない。

さすがに不安になったは、男を呼び止めようとした。

「着きました。こちらです」

声をかけようとした瞬間に言われたので、口は半開きの状態であったが、は気を取り直して頷いた。

誰かの官邸のようだったが、外朝に住まう者の全てを把握しているはずもなく、は男を振り返る。

「どなたの官邸でしょうか?」

「とにかく、中へ!」

焦った気風に気圧され、は言われるまま中へと進む。

豪奢な官邸だった。

外から見る限りは、質素に見えたのだが、中に入ると驚きを隠せない。

細かな細工が施された照壁(かべ)、玉を嵌めこんだ椅子に、漆喰の大卓。

佳氈(しきもの)は色鮮やかで、供案(かざりだな)も鮮明な色彩を放っていた。

なんとけばけばしい場所なのだ、とは内心思った。

調度品の一つ一つが豪華で、とても下級官の官邸とは思えない。

ただ、豪華な物が色彩感覚の欠片も見受けられないように配置されており、色合いは極めて悪趣味と言えよう。

「ようこそおいで下さいました」

その声には振り向いたが、見覚えのない顔に眉を顰める。

男は二十代の半ばの様に見えるが、実際の所は判らない。

細長い体躯に、暗青色の髪。銀白の瞳は、うつろに見える。

「瀞織は何処に?」

問われた男は、笑ったまましらを切る。

「はて?何かございましたか?」

返されたは天官の男を睨み、目前の男を睨んだ。

「瀞織が大変だと言われてここまで来ました。事情を説明していただけますね」

少し語調を荒げて言うに、天官の男は小さくなって言う。

「申し訳ございません。ですが、こちらに来て頂く方法が、他に思いつかなかったのでございます。どうぞ、ご容赦願います」

「お前、何を言ってお連れしたのだ」

男はそう言ったが、怒った様子はなかった。

「これは失礼を致しました。事情を説明いたしますから、こちらにおかけ下さい」

「いえ、政務の途中ですので、失礼致しますわ」

踵を返すに、天官の男は通すまいと遮る。

「お退きなさい」

首を振る男の表情の中に恐怖を読み取り、は仕方なく諦める事にした。

この男は瀞織を知っている。どうゆう繋がりなのかは判らないが、その表情から読み取るに、瀞織に何かあったのは確実なのだろう。事情を聞いてみないことには出られない。それならばさっさと聞いてしまった方がいい。

「こちらにお座り下さい」

獣の皮を張った床几(こしかけ)に座らされたは、男に何者かと質問する。

「わたしは春官で御史を賜っております、斉(えつ)と申す。太宰の事は、よく存じております」

「私は存じ上げませんが?」

「それは残念な事だ」

「で、その御史が私に何用ですか?」

「思いを添い遂げたく」

斉の白銀の瞳が怪しく輝く。

は溜め息をついて斉を睨んだ。

「一つお聞きいたしますが…あの者は何に怯えているのでしょう?」

扉の前に立っている天官に眼を向けて聞いた。

「さあ?わたしの知る所ではないようですか?」

「そうですか。それでは、あなたの望みは、何も叶えてあげる事は出来ませんね」

斉は眉を顰めてを見る。

は相変わらず、睨んだままでいた。

「致し方ありません。少々お待ちを」

そう言って胥を一人呼びつけた。

胥に何やら耳打ちをし、待つことしばし。

戻ってきた胥は小さく何事かを呟き、斉は天官の男に視線を投げた。

「帰ってよろしい」

斉がそう言うと男は表情を明るくしたが、数名の胥に囲まれて困ったような顔をしていた。

「きちんと送り届けるように」

斉はそう言って胥を下がらせた。

「何やら外道な行為に見えるのは、私の気のせいでしょうか?彼は天官の一。私の大切な、天官の一人です。危害を加える事はなりませんよ。それに、この官邸は何やら不遜な感じが致しますね」

「先王の遺物です。お気に召しませんか?それはさておき、貴女の望みは叶えました。次はわたしの望みを叶えて下さいますね」

「あなたの思いは確かに受け止めました。その上で、お返し致します。どうやら私には荷が重過ぎるように思いますので」

「貴女は今、置かれている状況が、よく理解できていないようですね」

斉の顔つきが変わり、多少の焦りがを襲う。

「私にはお慕いする方がおります。その方以外に、触れて欲しくはありません」

は床几から立ち上がり、出口を目指して足を出した。

しかし、すんなりと逃がしてくれるはずもなく、斉はの行く手を阻む。

「何をなさるおつもりですか…私には触れていいのは、貴方などでは…」

斉はの腕を掴んで、手元に引き寄せようとした。

は足に力を入れ、床に吸い付こうとしてそれに抗う。

「無礼な!離しなさい!!」

斉はにやりと笑い、さらに力を加える。

あっさりと力負けしたは、斉の細白い顔を間近で見る事となる。

嫌悪感が体を支配し、持てるだけの力で斉の存在を否定する。

しかし、いかに体躯が細かろうとも、そこは男。

じりじりと間合いを詰め、鼻先が触れそうなほどだった。

「い、嫌!」

顔を背け、体を捻ってそれから逃れる。

逃れたと思った直後、掴まれた腕に力が入り、押されたは床に倒れ込んだ。その反動で、かつん、と榴醒の珠飾りが床に跳ね返って鳴る。

横に倒れ込んだ体を起こそうと、床に腕をつくが、上から押さえ込まれてしまい、体は再び床に沈む。

「観念なさい」

近付いてくる顔に抗い、顔を背けた瞬間、祥瓊から借り受けていた布が、はらりと落ちる。

露になった首元に、斉の顔が近付いてくる。

しかし、首に到達する直前、斉の動きが止まる。

桓タイの残していった、印に目が止まったのだろう。

うっすらと残るそれに、指を這わせた斉は、徐にの首を手で押さえつける。

「うっ…!」

息が詰まり、苦しさにもがく。

「貴女は…穢れなき方だと思っておりました。こんな汚らわしい痣があろうとは」

憎しみに染まった斉の顔を、恐怖の篭った眼差しでは見た。

口は悪戯に動くが、それは言葉にならない。

それに気がついた斉は、手を緩める。

「け…汚ら…わしく、など…。青のつけた印は…」

「青?青ですと?では…噂は本当に…将軍は貴女と…」

斉の眼中に憎しみが増すのを、は感じた。

同時に首元から手が離される。

しかし、それを睨みながらは言い放つ。

「青将軍を、お慕いしております。私のすべてはあのかたの物。他の誰にも渡す事はできま…うっ!」

再び押さえつけられ、呼吸が困難になる。

そのまま首が折れそうなほどの力がかかり、は意識が遠のきそうになっていた。

必死にもがくの視界に、桃色の榴醒石が瞬く。

(…桓タイ…、助けて…桓タイ!)

遠くなった聴覚に、何かが割れる様な音と、叫び声が薄く聞こえる。

誰かが侵入してきたような気配を感じ取った瞬間、押さえつけられていた力が弱まり、体が軽くなったような気がした。

薄く滲んだ視界は、斉の体が跳ね上がり、壁に跳ね返って床に落ちたのを映す。

解放された喉を懸命に広げると、一気に風が肺になだれ込み、そのせいでむせ返る。

風の音が喉を通り過ぎ、咳を伴って溢れる。仰向けになっていた体を下に向け、腕を着いて息を吐き出し、吸い込むのを繰り返していた。

その間にも何やら物音は続いていた。

呼吸が落ち着こうかというときに、ふいに体を持ち上げられる。

恐怖に体が強張り、自然と縮まる。

その瞬間、ぐいっと抱き寄せられ、よく知っている胸の中に引き込まれた。

懐かしい薫りと、愛しい人の声がを包む。



まだぜいぜい言う喉をおして、は名を呼ぶ。

「か…―たい…桓、たい」

いつ帰って来たのか、どうしてここが判ったのか。

色々と聞きたい事はあったが、は無言のまま桓タイに縋る。

恐怖から解放され、安堵から涙が溢れる。

「無事だったようだな」

後ろから安心したような虎嘯の声が聞こえ、次いで祥瓊の声がする。

「良かった」

他にも人がいたのかと、ようやく気がついたは、そっと涙を拭って顔を上げた。しかし、脚はまだ恐怖を訴え、立っているのが困難に思えた。

虎嘯と祥瓊は、壊れた扉の前に立っていた。

壊れたと言うよりは、破られたと言った方が正しいようなその木片を背後に、もう一人の人物が歩いてくる。

その人物は斉に歩み寄り、屈んでそれを眺めていた。

屈んだために、さらりと落ちた紅の髪を、うっとうしそうに弾き、顔を上げる。

何やら合図を出すと、複数名の護衛が駆け寄り、斉を運び出した。

「それにしても、何だ、ここは?」

辺りを見回しながら、呆れたように言う陽子には答える。

「先、――王の…遺―物、と」

ごぼごぼ鳴る喉をおして、は陽子に言う。

「喋らないほうがいいわ」

祥瓊がを制し、陽子に目で合図を送る。

「後の事は任せて、先ずは瘍医に見てもらったほうが良い。それから今日はもういいから」

陽子は桓タイに向かってそう言った。

桓タイは頷いてから軽く礼をし、を連れて退出した。

斉の居院から退出してすぐに、咳と供には言う。

「待――。まっ…て」

声に気付いた桓タイは足を止めた。

助け出された安堵感がの全身から力を奪い、その場に崩れ落ちる。

まだ小さく震える手を、自らの力で握り締め、立ち上がろうと脚に力を入れるが、思うように動けない。それが情けなく、は泣き出してしまいたい気持ちに苛まれていた。

見咎めたのか、桓タイに引き上げられる。

引き上げられてすぐ、腕の上に抱えられた。

そこに照れや恥ずかしさはなく、ただ感謝の気持ちしか湧いてこない。

桓タイを見上げると、前を見ていた為、目はかち合わない。それでも守られるように腕に抱えられ、の心は少しずつ落ち着こうとしていた。

「あり…が…とう」

掠れた声で言ったその音に対して、何の返答もなかった。

やはり、怒っているのだろう。

小刻みに震える体を抱えながら、桓タイは瘍医の元へとを連れていった。

瘍医に看てもらい、大事には至らないとの診断を受けた。

再び抱えられて宮道を過ぎていき、やがては将軍の官邸へと辿りつく。

桓タイは真っ直ぐに臥室へと向かい、牀榻へとを運ぶ。

そっと横たわらせて、椅子を引き寄せて座った。

寝かされたは、桓タイに眼を向ける。

そして、助け出されて初めて、その目をみた。

もちろん怒っている。

でも、悲しそうでもある。

「ご、めん…な…さい…」

声よりも先に漏れた風の音と供に、途切れがちに謝ると、桓タイは首を振って手をに伸ばす。

指を唇に押し当てて、何も言うな、とだけ言って離れる。

二人の間に距離が出来てしまったように感じ、は苦しい感情が戻って来るのを感じた。

麦州の時に感じていた感情に近いそれは、過去の物よりも大きく、よりせつない。

焦りがじわじわと心を占領し始めて、は桓タイに腕を伸ばす。

跳ね返されるかとも思ったが、桓タイはその手を両手で掴んで包み込んだ。

の手を自らの額に当てて俯く。

表情が見えなくなり、の不安はさらに膨れ上がる。

「か…んた…い」

呼んでも何も答えてくれない。

「かん…たい…」

もう一度呼んでみるが、それでも固まったように動かない。

「おね、が…い。わ…たし…を…」

見て欲しいと言いたかったが、最後まで言えなかった。

涙で喉が詰まって、息が止まる。

またむせ返して、咳が喉を通過する。

苦しさから体を折ったは、桓タイの許から手を呼び戻していた。

そっと、背に手が当てられ、気遣うように撫でられる。

呼吸が収まってくるのを待って、その腕に包まれる。

後ろから桓タイの吐息がかかり、は自分を包む腕に、縋るようにして手を添えた。

「すまない」

後ろからそう言われたは、驚いて振り返る。

「わ、たし、が…謝るの…な…ら」

「もういい。今は喋るな。後で話そう」

腕が離れようとして、は慌ててそれに縋る。

首を横に振るの意を、桓タイは読み取ろうと口を開く。

「今話すのは無理だろう?離れないから、ひと眠りしたほうがいい」

「はな…、さ…な…いで」

言いたい事を理解した桓タイは、それに頷いた。

「わかった。ここに居て、ずっと傍にいる。何があっても守っているから」

そう言ってから腕を離し、体を起こす。

「離れ…ない、で」

不安げな瞳に見上げられて、桓タイはの横に寝る。

後ろから包むようにして腕を伸ばし、落ち着かせるように軽く腕を叩く。

「離さないから、もう、何も考えずに目を閉じろ。ずっと傍にいるから」

小さく頷いたは、少しずつ震えを抑えていった。

やがて、小さな寝息が聞こえてきたが、桓タイは腕を弱めずにそのままじっとしていた。

じっとはしているが、眠る事もなく、ただひたすら空を見据えていた。



続く






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もうお判りだとは思いますが…

斉=えつ はオリジナルのキャラです。

しかし、う〜ん。

                               美耶子