ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
=3=
次の日から、驍宗の代わりに舎館の者が、世話をしてくれる。とは言っても、食事を運んできて、たまに手を貸す、といった程度のものだったが。
瘍医にも定期的に来てもらっていた。少しずつ体を動かす練習をしていたは、時に無理をしては舎館の者に怒られた。
「駄目ですよ!ちゃんと見張っておくように言われていますからね。無理をしそうな様子を見せたら、叱り付けてでも止めろと言われてるんです。本当にもう。この五日間で俺が声を荒げるのは何度目ですか」
舎館の若い男がそう言ってを諌めた。
「そう申されましても…ずっとお世話になるわけにはいきません。せめて何かお手伝いでも出来ればいいのですけど…」
「何を仰ってるんです。お瘍医代から、何から何まで、将軍からちゃんと頂いてます。さまは、心配めされるなとのお言葉ですよ」
「え…でも、それでは」
「将軍、よっぽど心配だったのだと思いますよ。ずっと寝ずに三日間、傍についていましたからね」
「三日も…」
「まあ、あのかたなら大丈夫ですよ。並みの将軍ではないですからね」
「並みの将軍ではない、とは?」
「あれ?何もお聞きしていないのですか?あの方は…」
舎館の者が言い終わらない内に、大層な音が下から聞こえてくる。
何かが倒れる音と、数名の悲鳴。
「まさか…」 どたどたと駆け上がってくる音が聞こえ、最悪の予想は見事的中した。
「へっへっへっへっへ」
この世で一番遭いたくない、県正の彙襄がそこに立っていた。
手には剣を携えている。
は震える足を前に出し、舎館の者を庇うようにして立った。
「さま!いけません!!」
まだ覚束ない足取りで、男の前に進む。
「私を殺すのは構いません。ですが、この者を殺さないで下さい」
「さま!」
「へえ。随分と物分りが良くなったじゃねえか。両親を殺された時にも、そんぐらい言えたら良かったのによぉ」
は唇を震わせて男を見た。
怒りと恐怖が混じった視線を、彙襄は素で流す。
「じゃあ、遠慮なく貰ってくぜ」
そう言っての左肩を小突いた。
痛みに呻いて、その場に崩れる。
それを担ぎ上げるようにして、男は悠々とその場を去る。
「な、なぜ殺さないのです」
「まだ楽しんでねえ。お前は俺が飼ってやるんだ。一生いい思いをさせてやるぜ」
背筋が凍るほどぞくっとした。
こんな男に飼われるぐらいなら。
そう思ったが、ここで何かをすれば、この舎館にどれだけの迷惑をかけるか、計りしれなかった。は黙ったまま外に担ぎ出され、華軒に乗せられようとしていた。 その時、白いものがの視界を過ぎった。
直後放り出されたは、嫌というほど壁に打ち付けられ、その場に崩れ落ちる。
身を起こす力もなく、ただ頭だけを持ち上げると、そこには騎獣がいた。
「計都…?」
計都の前に立つ人物を見たとき、はさらに震えた。
「驍宗さま、いけま、せん!」
喘ぎながら、驍宗を止める。
しかし驍宗はのほうには一瞥もくれず、彙襄を睨みながら言った。
「彙襄。県正でありながら、その権を乱用し、民を殺め、国に背いた罰で、泰王の命により捕らえる。覚悟せよ」
「あん?何言ってやがる。それに泰王だと?笑わせてくれるじゃねえか!何処の誰だか知らねえがな。俺を捕らえるだと?この俺の強さを知らねえようだな」
「もし、抵抗を見せるなら、斬ってでも構わない、との事だ」
「斬れるもんか。お前ごとき青二才に」
「青二才かどうか、試してみるか」
辺りが僅かに振動するのを、は感じた。
これは…覇気?
剣を構えた驍宗を見やって、は腕で体を起こした。
そのまま這うようにして逃げる。
しかし、その気配に気付いた彙襄によって、の体は宙に攫われる。
傷のある左肩を鷲掴みにして、を頭上高く上げる。
もちろん足は宙をかき、左肩の傷が再び割れるような感覚を覚えた。
すでに悲鳴は声にならない。
「を降ろすんだ」
静かに聞こえる驍宗の声は、どこか怒気を現していた。
閉じていた瞳をこじ開け、驍宗の顔を見たは驚く。
それは今までが見たことがないような、怒りに満ちた顔をしていた。
これが戦う時の顔なんだろうか。
「へっへっ。降ろしてやらねえよ」
「盾がないと、ろくに戦えないのか」
挑発したようなそれも、彙襄には通じなかった。
「なくても構わないけどよ、あるに越した事はねえ。嫌に親しいじゃねえか。いい盾になってくれそうだな」
「一つ言っておくが、わたしはお前のような物を許してやれるほど、優しい性向をしておらぬ」
「それはありがたいねえ。でもお前はここで死ぬんだから、関係ねえ」
「もう一つ言っておく。藍州の将軍はすでに捕らえてある」
「何!」
彙襄の声が変わり、掴んだ肩に力が入る。
の体は宙に浮いたまま、びくんと波打つ。
「早く離せ!」
「ほらよ」
彙襄の声はすでにからかうようでも、笑ってるようでもなかった。
肩から手を離した彙襄は、が下に落ちる前に腕に抱え込む、自分の正面に隙間なくつける。
「これで、どうしようもねえだろう。そこで大人しく逃げるのを待ってな」
彙襄がそう言い終わらない内に、驍宗の体が動いた。
あまりにも早いその動きに、動いたのだと思った時には、すでに彙襄の背後に周っており、を抱えた腕はあえなく落ちた。
「ぐっ、ぐわああぁあぁぁ!!!!」
獣の咆哮のような声に、鼓膜がびりびりと音をたて、は何かに攫われる感覚を覚えた。
気がつくと、目前に白銀の髪が見える。
驍宗の胸元に、抱え込まれていたのだった。
を支える腕はしっかりとしていたが、傷から遠くを、痛くない程度に力を入れている。
こんなにも違う物かと、思わずにはいられない。
驍宗の胸元に居る事が、こんなにも幸福に思える。
しかし、彙襄の声に現実に戻ってきたは、はっと後ろを向いた。
片腕になった彙襄は、雄叫びをあげながら此方に向かっていた。
「顔を隠していろ」
静かな声が上から降ってきて、は言われるままに驍宗の胸元に顔を沈めた。
軽く避けるような音がして、同時に剣を結ぶ音が響く。
その音は二、三回続いたかと思うと、最後に断末魔のような叫びと供に消えた。
顔を上げていいのか判らないまま、物音のなくなった世界に、全神経を集中させる。剣を治める音が聞こえ、頭の上に手が置かれた。
「よく、頑張ったな」
そう言われて、ようやくは胸元から顔を上げた。
見上げたそこには、驍宗の微笑があった。
さきほどとは打って変わった、優しい微笑み。
「う…」
声にならない嗚咽が漏れ、どうしていいのか判らないは、ただその顔を見つめていた。
すると頭の後ろに手が回り、再び胸元に顔を埋められる。
「泣きたいのなら、泣くといい」
それが合図だったかのように、は驍宗にしがみついて泣いた。
静かに頭を撫でられ、軽く体に押し付けられる。
ひどく安心するその行動に、の涙は留まる事を知らないようだった。
「乍将軍!」
若い男の声が聞こえ、は顔を上げる。 乍、将軍? 夢現に聞いた、麾下の数が頭を過ぎる。 「あ…ごめんなさい。お邪魔でしたよね」
「構わない。無事だったか」
「あ、はい!全員無事です。それをお伝えに…さま!血が!!」
焦ったその声に、は自分の肩をみた。
傷痕が開いたのを感じていたので、さほど驚きはしなかったが、舎館の男は慌てて瘍医を呼びに行った。
「。止血を」
そう言って驍宗はを抱え上げた。
もちろん、肩を掴んでなどではなく、膝と背を抱えられての事だった。
「彙襄は…」
「すぐに麾下の者がくる。大丈夫だ」
「はい…」
|