ドリーム小説
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舎館に入り、再び同じ房室に向かう。
ゆっくりとを横たわらせ、襦裙を緩める。
布を当てられながら、は驍宗の顔を見ていた。
「すまない」
視線に気付いたのか、驍宗はぽつりと言った。
「どうして、謝るのですか?謝らなければならないのは、私のほうですのに…」
「いや…わたしはに、民を守るのが軍の役目だと言った。だが、助けられなかった」
は訳が判らずに、驍宗を見つめた。
「こうして、助けていただきましたわ」
驍宗は首を振った。
しばらく迷っていたようだが、ややして口を開いた。
「この舎館を出て、わたしはすぐに国府へ赴いた。主上に進言し、藍州の州将軍と県正を更迭する所までは上手くいった。だが…」
言って驍宗は一瞬だけ間を置いた。
「藍州の州将軍はすぐに捕らえた。そのまま銘県に向かったのだが、彙襄はすでにいなかった。変わりに…序学の者が、大量に殺されていた」
は目を見開き、驍宗を信じられないと言った目で見つめた。
あまりの事実に、涙が出ない。理解できなかった。
序学の者が殺されていたなど、どうやっても信じられなかった。
彙襄がやったのだろうか。
が教えていたために、殺された無数の命。
「。!」
強く驍宗に呼びかけられは我にかえり、痛みに顔を歪める。
「自分を責めるな。悪いのは彙襄であって、ではない」
そう言っての手を握った、驍宗の手元に目をやる。
あまりにも強く握られたその手は、真っ白に変色していて、爪は掌に食い込んで、赤い液体が零れ落ちていた。
「あ…」
「気に病むな、とは言わないが…自分を責めるな。が悪いのではない」
「でも、でも…私が大人しく従っていれば、誰も殺されずに済んだのです…両親も、序学の者も…全部、私が殺したようなものです」
そこまで言って、やっと涙が出た。
驍宗はその涙を指で拭い、それは違うとに言った。
「彙襄の遊びの一環だったのだ。むしろ、がいたからこそ、よく生き延びていたようだった。銘県の端々で、大量に人が殺されると聞いた。県正がとは誰も言わなかったが…」
ある日、目が覚めると一軒がなくなっている事がある。
夜中に物音がして、次の日には民居が崩れているのだと言う。
しかし家人の姿は見当たらない。
数日後、遠く離れた里に、捨てられるように投げ出された死体が見つかる。
「そんな…そんな話は聞いた事が…」
「の周りでは、そのような事を起こさぬようにしていたのだろう。狡猾なやり方だ。人が居なくなったのに対して、見つかる数は圧倒的に少ない」
恐らく、と驍宗は続ける。
「彙襄は館第で人を飼っていたのだろう。中で何が行われていたのかは、想像を絶するのだろうが」
「何故…あの男は私の周りでは控えたのでしょう…」
「それだけ、に対しては本気だったのだろう。傷をつけても殺さなかった。それだけ…好いておったという事だろうな。我慢の限界まで、持ちこたえた。だからこそ、州を越えてまで来たのだ。県正である以上、県を越えては意味がない。州師将軍が保護していても、他州ではそれも意味がない」
虫唾が走るとは、きっとこの事だ。
もう何も言う気になれなかったは、ただ涙を流した。
しばらくすると瘍医がやってきて、の開いた傷に憤慨していた。
驍宗はやってきた麾下の者に指示を出すため、席を外している。
手当てが終わると、瘍医は驍宗を叱りつけ、を叱りつけて帰って行った。
「申し訳ございません…私のせいで、驍宗さままでお叱りを受けて…」
驍宗は顔に笑みを戻し、構わないと言った。
「だが、また今日も熱にうなされるかもしれぬ。大丈夫か」
気遣わしげな瞳に、は嬉しく思った。
しかし、また足止めをしている事に気がつく。
もう、追って来る者はいない。
それならば…
「はい…私は、大丈夫です。驍宗さまは、どうぞお気を使いにならないで下さいまし。将軍としての責務をお果たし下さい」
「それは…わたしがいては、迷惑と言う事だろうか」
は驚いて驍宗を見た。
「いいえ…。いいえ!迷惑だなんて…とんでもないことです」
「素直に言ってくれてもいいのだ。そうでなければ、わたしは…」
驍宗ははっとしたように、伸ばしかけた手を引いた。
「わたしは些か、我が強い傾向にあるように思える。だが、思い込みだけで、人の感情を判断するような事はしたくない、それは彙襄と同じ事になる。だから、はっきりと言ってもらったほうがいいのだ」
「では…怒らないで下さいまし。私は先ほど舎館の者が申した言葉で、初めて気がついたのです。乍将軍と言われ、驍宗さまはそれに答えた。何故今まで気がつかなかったのだろうと、返す返す悔やまれます。私の記憶が間違っていなければ、あなた様は、王師の筆頭。禁軍左軍将軍 乍 驍宗さま。私などがお声をかけていただいて、良いお方ではございません」
はそう言って顔を逸らした。
「妙に改まった言い方だと思えば…そのような事か。それではわたしの質問の答えになっておらぬ」
笑い含みに言われたは意表をつかれて、逸らした顔を元に戻した。
「それでは、迷惑ではないのだな」
「迷惑、だなんて…お傍にいて頂いて、とても感謝しております」
「では、そのようにさせていただく」
そう言われて、は温かい気持ちに満たされた。
「一つ、我侭を言っても良いでしょうか?」
「わたしに出来る事なら、なんでも言うがよい」
「手を…握っていていただいても?」
驍宗はふと微笑んで、静かにの手を握った。
それに安堵して、熱くなってきた瞼を閉じる。
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