ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =10= その後も何もなかったように、利広は訪ねて来た。
も何もなかったかのように振る舞っていたが、何処かぎこちない空気が、二人を取り巻いている。
そしてそのまま、数ヶ月が過ぎようとしていた。
奏に冬が訪れたある日、の前に、怪我を負った利広が現れた。
「利広…!どうしたの…その怪我…」
県城の中で、は蒼白になって利広に駆け寄る。
「とにかく、こちらへ」
は利広を居院に連れて行く。
初めて入るの居院は簡素であった。
椅子と卓子が一対。
衣類などを入れてある箱が一つ。
臥牀が一つで以上だった。
椅子に利広を座らせたは、水をくんで来て傷口を洗う。
簡単に手当を施すために傷をよく見た。
利広は腕と首の近くを切っている。
「大丈夫?痛いでしょう…」
「ありがとう。すぐに治る、大丈夫だよ」
「何をしていたの…?」
泣きそうな表情で言うに、利広は笑って答える。
「妖魔に遭ってしまってね」
「妖魔…何処に行っていたの?」
「慶の様子を見に…新しい王が起ったらしいんだけどね、偽王みたいだよ。今慶は内乱状態だった」
利広がそう言うと、変わらぬ表情で答える。
「危ない所に…駄目じゃない…」
ぽとりと落ちた涙は、一滴だけ。
「ちゃんと自分の立場を理解しているの?」
「わたしが死んでも、誰も困ら…え?立場?」
「困らないはずないでしょう…家族が悲しむわ…もちろん、私も悲しい…」
「家族がいるなんて、話…」
利広が最後まで言い終わらないうちに、は利広の手当し終えた腕にそっと手を添えて言った。
「知っているわ。分かってしまったもの。これでも奏の国に仕えているのよ?分からないはず、ないでしょう?」
寂しげに言ったは、利広の腕を見つめていた。
「他国の衰退で…荒民の対策を講じなければならない。近い国なら、なおの事…」
「…」
利広はその名を呼んで、を引き寄せた。
髪に顔を埋めて、深呼吸をする。
「利広…私はただの山客だから、太子にそぐわない事も分かっているわ。だけど、お互いが想い合っていれば、生きる糧になると信じているの。私の暗闇には、利広と言う月がある。あまりにも眩しすぎて、時には隠れたくなるけれど…でも、私は隠れないわ。月の下でしっかりと道を見ていなければ、私が私でなくなってしまうの」
はそう言って、涙が浮かんだままの瞳を利広に向ける。
「利広の中には、暗闇が存在する。それこそ、私なんかには理解できないのかもしれない。私は六百年も生きていないし、利広の闇が何によるものなのか知らない。憶測だけでも、理解することは出来ないの…。だからせめて、一条の光になりたかった…太陽にはなれないけれど…少しでも暗闇を照らす光になれたらと、そう思っていたの…だけど、それが私には出来ない…利広がそれを望んでいないから」
「それは…違う」
の見つめる先で、利広の悲しい瞳が揺れる。
「わたしが愚かだった。が言った通りだ」
利広はそう言うと、体ごと顔を向けてに言う。
「今、分かった。にとって、わたしがどうあるのかは分からない。だけどわたしにとって、こそが月だったんだ」
「私が…月?」
問い返すに、利広は頷いて答え、空を見上げた。
の光は、遠くて儚い。
過去に会えずにいた半年間、ずっとを捜していたと言うのに、その微かな光の所在が分からずにいた。
太陽と言うよりは、むしろ月なのだろう。
月は暗闇にあって、その存在に気がつかない事があるのだ。
見上げてみて、初めて気がつく。
「わたしがを照らしたいと、初めはそう思っていた…だけど違った。知らずに照らされていたんだ」
の心中を照らそうと、太陽になれないかと聞いた。
だけど、本当は自分のほうこそ照らして欲しかったのかもしれない。
その淡い光で…
己と言う存在を消してしまわぬ光で。
暗闇の中では、その光こそが必要なのだ。
「私に、少しでも利広を照らす事ができるなら、いつでも照らしてあげる。太陽にはなれないけれど、せめて夜道を照らすぐらいには…」
そこまで言ったの口は利広によって塞がれていた。
いつもより強い力で頭を固定され、いつもより深い口付けを受ける。
もう、お互いが何も聞こうとはしなかった。
求めるものを理解したからだった。
心を癒すために体を重ねる事に、何の抵抗もない。
肌寒い奏の冬は、肌の温もりを二人に伝え、抱き合うことの意味を教えていった。
は衾褥の中で、利広の胸元に頬を預けていた。
じわりと伝わる肌の温度に、ぽつりとは呟く。
「道を失った王は、人肌の温もりを忘れてしまったのかしら」
「人肌の…?」
問い返した利広は、肩と鎖骨の間で頷く頭を見る。
「ええ…とても大切なもの…こうして感じる喜びを、失ってしまったのかなって…」
「そうかも…しれない」
全てがそうとは言い切れないだろうが、当てはまる者は多いだろうと思う。
「でも、この国は大丈夫よ」
「…」
「利広はそう思わない?」
「無謬の物なんて、この世にはないよ」
「でも、この国には太陽がいるのでしょう?私を月だと言ってくれるのなら、月だっている。昼も夜も、辺りを照らし続ける物があるのなら、大丈夫だと…私は信じているわ」
はそう言うと、利広の胸元から頬を離し、顔を上げた。
さらりと落ちる髪が、利広の鎖骨にかかる。
冷たい空気が頬に触れたが、利広に顔を見せたは小さく笑って言う。
「今、私の頬は人肌を離れた。利広が温めてくれるのを、切望しているわ」
くすりと笑った利広は、手をの頬に当てる。
「ほら…こんなにも幸せ。人が人である以上、間違いのない人間なんていない。でも、この手がそれを諫め、見守ってくれるのよ。肌の温もりが大切だと感じる限りは、きっと大丈夫」
「そうかもしれない。わたしの手は、を温めたいと思っているよ。いつまでも」
そう言うと、利広の手はの頬から離れて後ろに廻る。
顔を引き寄せそのままの体制で口付けると、の頬は再び胸元に収まった。
この温もりを手放したくはないと、強く思う夜であった。
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