ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =11= 翌日、黎明の空へと利広は発つ。
はそれを見送って、居院へと戻った。
いつものように政務が始まり、随分と慣れたものだと、一人笑むの許へ、慌てた様子の冬官がやってくる。
「こ、こ、こ、国官に…なるのか?」
冬官の男は、の前でそう言うと、肩を上下させて呼吸を整える。
「どうなされたのですか?国官とは一体、何のことでしょう?」
不思議そうに言ったに、冬官の男はまだ整わぬ息のまま言う。
「国官の選挙が届いている。その気があるのなら、国府へと…その…今朝、県正の許へ、王の書類が…」
「あの…何のお話をされているのでしょうか?」
「何のって…の事を」
「私の?国官とは一体…?」
「国官とは、国府に於いて…」
「ああ、いえ…それは分かっているのですが、誰が国官になると?」
「だから、が国官に」
「は…?」
「その気があるのなら、国府へと。県正の許に、そのような書面が届いたのだ」
汗までかき始めたその男に、失笑したの言が届く。
「何かの間違いでございましょう」
男は大きく息を吸い、はき出すと同時に言う。
「間違いではない。御名御璽の押された、正統な書面だ」
真顔に戻ったは、しばし考え言った。
「…。何故、私なのでしょう?」
「それは知らない。国府に知り合いでもいるのではないのか?」
「あ…ええ。おりますが…」
もちろん利広の事だったが、今朝発ったばかりである。
今頃はまだ空の上だろう。
前もって言っていたのだろうか?
「いいえ、違うわ…」
昨日、慶から帰ってきたばかりではなかろうか。
「では一体…何が?」
一人ぶつぶつ言うに、男は語りかける。
「と、と、とにかく落ち着け。なっ?きょ、今日は居院に帰って、ゆっくり考えるといい。で、でも、またとない良い機会だからな」
落ち着いているのだが、と思った事は言わずに、は礼を言って退出した。
言われた通り居院に戻って、一人考えていた。
「何があったのかしら?」
「不公平だと思ってね」
誰もいないはずの居院に、利広の声が響く。
「り、利広!?帰ったのではなかったの?」
「なかったんだよ」
にこにこと笑ったまま、利広はの側まで寄って、その腰に手を回す。
そっと額に口付けて、座るように言う。
は大人しくそれに従い、対面する利広の顔を見つめていた。
「太陽の話なんだけどね…」
そう言って利広は微笑む。
「太陽…の?」
「そう、太陽。想い人は…そうだな、姉さんと言うべきかな。彼女は兄さんの想い人だった。慶に流されて、三ヶ月をかけて奏に来た。そして偶然にも兄さんと出会った。舎館で働きながら言語を覚え、二年間勉強して、自力で国府に来て、さらに二年春官府で勤めていた。もちろん今は、兄さん…家族と一緒に暮らしているけどね」
英清君の家族と言うと…王と暮らしていると言うことだろうか。
「兄さんは太陽を見つけ、太陽と暮らしている。でもわたしは月を見つけたのに、遠く離れて暮らしている。不公平だと思わないかい?」
「それはつまり…」
「一緒に帰ろうと言っているんだよ。清漢宮に行こう、一緒に」
はもう、この場に留まる必要はないはずだった。
「県正に書面を出したのは、利広?御名御璽は偽物?」
「書面を出したのはわたしだけど、御名御璽は本物だよ」
笑いながら、御璽の押された白紙を見せる。
「この県にまだ居たいのなら、無理にとは言わない。だけど、わたしには月の光が必要だ。六百年も生きているのに、がそれを受けてくれるのか、不安で堪らない。こうして答えを聞きに、戻ってきてしまうほどに」
利広はの手をとり、真っ直ぐ目を見て言った。
「利広…もちろん、私がそれを拒絶するはずないじゃない」
も瞳を反らさず、それに答える。
微笑んだ二人は、しっかりと抱き合って互いの存在を確認した。
その一週間後、二人は港町を発った。
隆洽山の遙か頂を望み、は感嘆の息を漏らしていた。
禁門に降り立った利広の後ろに付き従い、は長い階段を見上げていた。
「これを…登るの?」
「大丈夫、見た目より長くないから」
は階段を見上げたまま、清漢宮の奥へと進んでいった。
階段を抜けると、絶景がを迎える。
「これが…雲海?」
「そうだよ」
いくつもの橋で繋がれた大小の小島。
雲の上にいると言うのに、穏やかな波の音がしている。
「綺麗…」
「海が…?それとも、宮城が?」
「両方…どちらが欠けても、この景観はそこなわれてしまう」
二人は水上の楼閣を抜け、いくつも橋を渡って目的の場所へと辿り着いた。
中では複数の気配が、の到来を待っている。
緊張した面持ちで、は中へと進んでいった。
その日の夜、は典章殿の一角にある露台に身を寄せ、雲海を眺めていた。
その背後に利広が近寄ってきた事にも気がつかず、ただじっと波を見ている。
「雲海は…どうかな?」
驚いたは背後に首を向け、利広の姿を見るとほっと息を吐く。
「この世界に来て、一番不思議。でも、嫌いじゃないわ」
母が眠るのは、内海のどこか。
雲海ではない。
「そうか。なら良かった」
利広はそう言って、手に持っていた杯を差し出した。
「お酒?さっき出してほしかったわ…」
「さっき?それは、典章殿に入る前の事を言っているのかな?」
笑いながら問う利広に、は頷いて言う。
「緊張してしまって…もう何を言ったのか覚えていないもの」
そう言うと、利広は大きく笑う。
恥ずかしそうに、顔を雲海に戻したの横に立ち、同じように海を眺める。
「ああ、そうだ」
利広は何かを思いだしたように袂に手を入れ、そのままに差し出す。
「これは県城から無理に引き離したお詫び」
の首元に、連珠がかけられる。
「無理にだなんて、そ…」
「しっ」
利広の指がの口にあてられ、いいかけた言を制す。
「それからこれは、わたしの気持ち」
耳に重みが加わり、はそっと手を当てる。
丸い耳飾りが下がっていた。
「その連珠と同じ石だけどね」
片目を閉じた利広に、は嬉しそうに微笑み、連珠を手にとって見た。
白っぽい石だったが、光沢は青銀だった。
「綺麗…」
「似合うかなと思って。わたしは想像通り似合うと思うけど、気に入ってくれたかな?」
「もちろん、とても嬉しいわ。ありがとう、利広」
笑っての肩に手を伸ばした利広は、丁度正面に月が昇っているのを見つける。
「月を模した石に見えた。だから似合うかと…」
「本当…。月の連なった連珠…とても綺麗」
月といった自らの言に、ふと思い出したは、顔を上げて利広に問う。
「利広のお兄さまの隣にいた方が、太陽の人?」
上げられた顔は利広ではなく、月に向かっていた。
「そうだね。ご感想は?」
「本当に、太陽のような方…とても意思の強い、素敵な人だわ。あまり言葉を交わすことは出来なかったけれど…」
「これからもっと話せるよ」
そうね、と言っては月から瞳を反らす。
太陽の人と話すことはあっても、きっと蓬莱の事は語れない。
まだ、その勇気はない。
彼女はどうだろうか。
流されて、すでに十年以上だと言う。
「、焦らなくてもいいから。ゆっくり、慣れていけばいい」
利広は何に対してとは言わなかったが、はそれに頷いて微笑む。
穏やかな雲海の音と、銀の月明かりが二人を包み込んだ。
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