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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜


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が典章殿に移り住むようになって、一ヶ月が過ぎようとしていた。

その日は、隆洽の街に降りていた。

この国の街をは港町しか知らず、時間ができたら降りてみようと思っていたのだった。

利広は朝から利達につかまってしまったので、一人で街を散策していた。

「港とは違って、とても大きな街なのね」

首都だから当然なのだが、は目を見張りながら歩いていた。

もちろんこの街から赤海は見えない。

街は昼下がりの忙しさを、の瞳に映し出す。

どこかのんびりした空気が漂っているのは、やはりこの国の気候によるものだろうか。

忙しなく辺りを見回しながら、行き交う人々に混じって街を進んでいると、すれ違いざまに一人の男とぶつかってしまった。

ぱちん、と耳の飾りが一つ外れた。

「いてえ!…」

肩が弾かれて、痛かったのは自分のほうなのにと思ったが、は慌てて謝る。

「ご、ごめんなさい!」

男は右肩を押さえながら言った。

「いてえ…いてえなあ…肩が動かないじゃねえかよお」

にやにや笑いながら言う男に、は訝しげな表情を向ける。

「とりあえず、こっちに来いや」

路の端にを引いて行ったその腕は、痛いはずの右であった。

「お?なんだ、その目は?疑ってやがんのか?」

まじまじと右肩に目を向けながらも、は路の端に移動を終える。

「あ…いえ…」

否定はしたものの、は男の右肩から瞳を反らさずにいた。

「お前…久しぶりにむかつく目つきの女だな」

「…どうゆう意味でしょうか?」

「過去にお前みたいな女に、官府に突き出された事があってな」

「それは…あなたの品性の問題なのでは。このような事を繰り返していれば、当然のように思われますが」

「こんな事だあ?どんな事なのか教えてもらおうじゃねえか」

「わざとぶつかって来たのでしょう?右肩が動かないと言いながら、右手で私をここまで引いてきた…浅はかな行動だとは思わなかったのですか?」

「はあ?何を言ってやがる。お前を引いてきたのは、この左手でやったに決まってんだろうが!」

左手を出しながら言う男に、は深く息を吐いて言う。

「あなたのような人種は…何処の世にもいるのですね」

「何処の世にもだと?…お前、海客か?」

「…いいえ」

「ふん、そうかい」

男はそう言って、に一歩近寄った。

は警戒の色を強めて、一歩後退する。

じりじり寄ってくる男に対し、一定の距離を保とうと後退しながら、は男に問うた。

「何をするつもりなのです?」

「何もしねえよ」

にやりと笑った男の顔に、焦りを覚え始めたは辺りを見渡す。

いつの間にか串風路に追い込まれており、往来からは離れていた。

だが、まだ叫べば気がついてもらえる距離だった。

は助けを呼ぼうと口を開く。

その瞬間、男は一気に距離をつめて目前に迫っていた。

「甘いんだよ」

男がそう言った直後、腹を大きな衝撃が襲う。

じゃら、と連珠の音がする。

「あ…」

霞む視界の中でせせら笑う男を見たが、は何も出来ずにその場に沈んでしまった。







































どれほど経過しただろうか、薄く意識が覚醒される。

横たわったまま開かれたの視界には、薄暗い場所が映し出されていた。

高めにつけられた窓からは、僅かな光が差し込んでいる。

その明るさから、夜である事を知った。

「これは…」

両手を後で拘束されている。

辺りに人の気配はなかった。

は身を起こして辺りを見回し、そこが厩舎であることを知る。

しかし何の気配もなく、辺りは静寂に包まれていた。

不安がどんどん膨らみ始めたが、立ち上がって戸口を探す。

一カ所にだけ扉があり、はそこへ向かって歩く。

後ろ向きになって扉に手をかけるが、びくともしなかった。

「思った通りだけど…どうすればいいのかしら」

今度は窓の方へと移動し、覗き込むようにして背伸びをした。

「駄目…届かないわ」

それでもなんとか外を見ようと跳ねたは、均衡を崩して積まれた藁の上に倒れる。

がさっと大きな音と供に、尻餅をついてしまった。

すると戸口の方から人の気配が近づき、閂が開くような音が聞こえる。

重々しく扉が開き、肩をぶつけた男が中に入って来た。

「目が覚めたようだな。へへ…。気を失ったままじゃあ、面白くねえからな」

「何…?何の話をしているの…」

男は後手で扉を閉め、の目前に歩み寄る。

「さてなあ」

にやにや笑いながら近づく男に、は尻餅を着いたまま後退する。

「あ、あなたは…」

「俺は元々海客や荒民を売りさばいて、生計を立てていたのさ。まあ、十年ほど前に邪魔が入って、しばらく罪人扱いされていたがなあ」

「罪人扱いって…罪人でしょう…人を売りさばくなんて、何処の国でも認められていないわ」

がそう言うと、男は小刀を出してちらつかせ、さも面白いと言った調子で言った。

「それがなあ、何処の国でも買う奴がいるから困ったもんだな。この国は豊かだから、荒民が押し寄せて大変だろう?それを俺が助けてやってるんだ。感謝してもらいたいぐらいだぜ」

「あなた…自分の言っていることが分かっているの?」

「もちろん分かっているさ。まあ、お前も売り払う予定だがな、その前に楽しんでもいいだろう?」

「良いはずないでしょう!私に触ってごらんなさい。この場で自害しますから」

「へえ、出来るもんならやってみな!」

男はそう言うと、一気にに襲いかかる。

口をこじ開けられ、布を詰め込むと、乱暴に襦裙を切り裂いた。

声に鳴らない小さな叫びが出るが、厩舎に木霊する事はなく、藁の擦れるような音によってかき消された。

出来うる限り抗うも、押さえつけられる力は男の方が数倍も強く、体を捩ることさえ難しい。

それでも抵抗を続けるに、男の嬉しそうな声が降る。

「もっと嫌がれよ。そうだ、へへへ…」

押さえつけたまま上から眺める男。

足に力を入れて上に逃げようとした。

しかしあっさりと引き戻され、きらりと光る小刀が目に入り込む。

躊躇うことなく振り下ろされた小刀は、襦裙と一緒に肌をも切り刻む。

痛みと恐怖が心を支配し始めた頃、扉が乱暴に開かれる音を聞いた。

驚いた男が振り返るよりも早く、何かが男の体を斬りつけ、の上から取り除かれる。

次いで口に詰まった布が外され、はそこに利広の姿を見た。

「り…利…」

その名を呼ぼうにも、声が上手く出てこない。

「遅くなった…すまない」

利広はそう言うと、に背を向けて男を見る。

しかし最初の一撃で、男はすでに意識を失っていた。

背中が大きく割れて、鮮血が辺りを染めている。

利広は上に着ていた物を脱ぎ、に被せると体ごと抱え上げ、そのまま厩舎を出る。

まっすぐ国府のほうへ向かう利広に、かろうじて出たの声。

「り…あの人…あのまま…」

「大丈夫だよ。たいした傷じゃない。尤も、死んでしまっても構わないけどね…」

前半の口調は優しかったが、後半は表情共々、厳しいものだった。

「だ…けど…」

「大丈夫。すぐに夏官の手配をするからね。先にの傷を見ないと…」

そう言われてようやく、胸元が疼くように痛む事を思い出した。

じくじくと痛む傷に、はもう何も言うことなく、瞳を閉じて耐える。

騎獣に跨った利広は真っ直ぐ宮城へと登り、すぐに瘍医を呼びに行った。





利広が離れた隙に、は胸元を捲って傷を見る。

胸に三本の傷があった。

一番上が深く、今も血が流れている。

よく見ると襦裙は殆ど残っておらず、先ほどの情景を思い出したは、すっと意識が遠のいていくのを感じていた。



続く






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前作に出てきた男です。

しつこいですね〜。

                美耶子