ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =13= どれほど気を失っていたのか、が瞳を空けると、利広が額付近に手を置き、そっと撫でているのが見える。
「利広…」
「気がついたね。冬器による傷らしい…。傷は三日ほど痛むようだけど…きれいに治るようだから」
「ありがとう…もし、利広が来てくれなかったら…」
そこまで言ったは、思い出して身を震わせる。
安堵感からか涙が溢れ出し、利広に包まれて長い間泣いた。
「落ち着いたかな…、遅くなってごめん。もっと早くに探しに行けば良かった…」
「来てくれたから…謝らないで…。あの男はどうなったの…?」
「大丈夫。捕らえた後、瘍医に見せたようだから。あの男はね…海客を売り払おうとした罪で投獄され、その後国外追放になっていたんだ。その海客と言うのが、姉さんなんだ」
「え…。それで海客かと聞いたのかしら…」
「そもそもの初めは、港町で姉さんに会い、抵抗したから財布を盗んで逃走しようとした。だけど兄さんが官府につきだしたんだ。どうやって許されたのか、詳しいことは分からないけど…。その二年後、隆洽に降りていた姉さんの前に現れた。その時はわたしと兄さんで捕まえて、国府につきだしたんだけどね…まさか戻って来ているとは」
「偶然、私に目を止めたのね…」
「海客や山客、それに荒民をたくさん見てきたから、直感で分かったのかもしれないな」
「利広は何故あの場所が分かったの?」
「…ただ、なんとなくね。月の元にがいるような気がして、あてもなく街を歩いていた。そうしたら耳飾りが一つ、串風路に落ちているのを見つけてね。そこからは簡単だったよ。同じ石が、点々と続いていたからね」
利広はそう言うと、袂からばらけた連珠を取り出した。
「あ…あの時…」
気を失う直前、連珠の音を聞いたのを思い出す。
あの時切れたのだろう。
上手い具合に少しずつ落ちて、利広を導いたのだ。
「利広…」
は利広に手を伸ばし、それが包まれるのを見つめていた。
「隣に来て欲しいの」
しかし利広は首を横に振る。
「嫌…なの…?他の人が触れたから?」
それにも同じように首を振って、利広は静かに言った。
「体に触るからね」
「それでもいいの…利広に触れていないと、恐い…」
利広はしばし逡巡したが、ややして頷く。
そっとの体を移動させ、隣に寝ころび、再びの手を取る。
それを見たは大きく息を吐き出して言う。
「もう恐くない…わ…でも利広…手を離さないで」
「分かった。手を離さずにいる。だから少し眠ろう…」
は小さく頷くと瞳を閉じる。
隣に利広の温もりを感じながら、安らかな眠りについた。
を浚った男は国外追放を取り消され、百年の投獄が決まった。
利広の言った通り、の傷は三日で痛まなくなった。
その傷跡が完全に消えるのに、さらに二週間を要した。
今は完全に消えた傷のあった場所を、はそっと触ってから外に目を向けた。
張り出した露台に腰を下ろし、水上の景観を眺めていた。
幾重にも連なる橋と、白い宮殿に流れる水と光が反射し世界を彩る。
「幻の世界にいるようだわ…」
広がる景観を眺めていると、先日の出来事が夢のように感じた。
月の光がいつもより眩しく、冷たい風が肩に当たる。
呟いたの背後に、利広が歩み寄る気配を感じた。
利広は何も言わぬまま背に立ち、の前に手を出した。
じゃらっ、と石の音が聞こえ、利広の手には連珠が握られていた。
ばらけた連珠は元通り連なっており、の首に利広の手によってかけられた。
「月の連珠…利広、ありがとう。それから、耳飾りを無くしてしまってごめんなさい…」
振り返り言ったの瞳に、月明かりの中で微笑む利広が映る。
連珠を持っていた利広の手は、の肩に置かれた。
「体が冷えているよ」
「ええ…でも、ここからの景色がとても綺麗だったから」
「ではこうしよう」
利広はを包みこみ、体を密着させる。
ほわりと温もりが伝わり、腕にそっと自らの手を添える。
「温かい…」
「いつでも温めると、言っただろう?」
「ええ…本当だったのね」
「、好きだよ」
唐突に告げられた言に、は頬を染めて微笑む。
引かれるままに立ち上がり、温かい房内へと進んでいった。
国府にの協力を仰ぐ青鳥が届いたのは、それから三日経った夕刻だった。
利広からそれを受け取ったは、書かれた内容を苦労しながら読んだ。
「県城からだわ…瓶が流されて来たって…。中に紙が入っていて、何か書いてある?」
自信なさそうに笑ったは、確認のために利広に渡す。
「そのようだね。何か文字が書いてあるが、見知らぬ文字が多くて分からないとあるね。国府でお許しが出るのなら、来てほしいとあるけれど…明日にでも向かうかい?」
「一緒に行ってくれるの?」
「もちろんだよ」
微笑んだ利広に、は礼を言って微笑む。
慣れない手つきで返事を書き、青鳥を港に向けて放った。
翌日、二人は宮城を出た。
一路、港を目指して空を行く。
夕刻に到着し、早々に舎館を探した。
官府には翌日向かうと告げていた。
「手紙かしら…?」
西日の射す舎館の窓から、外を眺めていた利広にの声が届き、それによって顔は往来から離れ房内に戻ってくる。
「手紙?蓬莱や崑崙は、手紙を瓶に詰める?」
「いいえ。でも、夢を求めて流す人がいるの」
「夢?手紙に?」
「ええ。簡単な自己紹介を書いて、返事を下さいって。瓶に詰めて、川や海に流すのよ。運が良ければ誰かが拾ってくれる」
「ああ、なるほど。それは確かに夢があるね」
「ええ。でも崑崙の文字で書かれているのなら、私には読む事が出来ないわ」
はそう言うと、少し考えてから言う。
「瓶が流れて来たと言うことは…近くで蝕があったのかしら」
「それはどうだろう?以前に流されて来たものが、今になって辿り着いたのかもしれないよ」
「あ…そうね。その通りだわ」
の母の衣類も随分長い間、流れ着かなかったのだから。
凄然(せいぜん)とした空気がを包み、利広は思わず手を伸ばす。
「利広…?」
しかし利広は何も言わずにただを抱きしめていた。
何を考えているのか、問いかけるのは辛いだろうと判断したのだった。
は包まれている意味を理解したのか、利広に囁くように言った。
「大丈夫よ利広…私にはあなたがいるもの。例え新たな母の遺品が届いたと言われたって、もう…大丈夫なの」
初めての口から遺品だという言葉が出て、利広はの心情の変化に気がついた。
この世界を受け入れ、歩き出したように感じたのだった。
「、好きだよ。誰よりも愛しいと思う」
ささやかれた愛に、は俯いて頬を染める。
その顔を上向かせた利広の、温かな唇が静かに重なった。
「こうしていても、は消えてしまいそうで…時々、不安になる」
唇を離すと利広はそう言い、僅かに潤んだ瞳に向かってそう言った。
「私は消えたりしないわ…だって、何処に消えろと言うの?」
小さな声で答えたの頬は、まだ赤いままだった。
利広は微笑んでそれに答え、再び口付けを落として抱き直した。
離してしまわないようにと、しっかり包まれたは、利広の胸元に頬を預けて瞳を閉じた。
鼓動と温もりが安堵感を招き、包まれる事に喜びを感じていた。
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