ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =16= 隆洽から戻ったその日は、比較的明るく話していたものの、やはり夜になると、は一人露台に向かう。
誰も寄せ付けぬ雰囲気を漂わせ、ただ一人で月を見上げていた。
それは翌日も、さらにその翌日も続いた。
今日もは雲海を眺めている。
そこへ近寄る人影にも気がつかず、ひたすら蒼茫に目を向けていた。
「お隣に座っても、よろしいでしょうか?」
かけられた声に、は振り返る。
そこに昭彰が立っているのを見て、少し驚いた表情を見せる。
返事を待っていることに気がつき、隣を指しては言った。
「どうぞ…」
昭彰は隣に座ると、がしていたように雲海に目を向ける。
「昨夜、わたしは決心をいたしました」
そう言った昭彰に、は首を傾げて見る。
「呉剛門を開けば、蝕が起こります。どのような被害が、どこに出るのかも分からないのです…」
昭彰が何を言おうとしているのか、は分からずにいたが、ただそれに耳を傾けていた。
「ですが、もう見ていられません。蓬莱に戻りたいと、その心が泣いておられるのなら…こんな間近にあって、それに目を背ける事は出来ないのです」
「え…それはどうゆう…だって、人は虚海を越えることが出来ないのでは…」
「伯以上でなければ…虚海を越えることは出来ません。ですが、王の親近者なら、その位を与えることが出来るのです。もし、それを望むというのなら…呉剛の門を開きます」
驚愕の眼差しは、真っ直ぐ昭彰に向けられていた。
「でも…利広が…」
「わたしにそれを頼みに来られたのは…」
「まさか…利広が?」
「はい…」
昭彰はそう言うと、利広の言ったことをに教える。
『それがの幸せなら、わたしはそれを一番に望むよ。彼女の母がそれを望んだように。蓬莱は血の繋がりが大切だと聞いた。親子の繋がりは、この世界以上に強いのだと。それなら、は蓬莱に戻るべきだと思う』
言い終わった昭彰の手は、の肩にかけられる。
その肩が大きく震えているのを、手の振動が伝えていた。
昭彰と別れたは、利広の許に向かっていた。
まだ瞳は濡れていたが、その表情は心なしか明るかった。
しかし、利広は自室にはおらず、は典章殿の中を歩き回る。
利広を探して彷徨ったは、その姿を何処にも見つける事は出来なかった。
「利広…?」
露台に出たは、一人佇んで空を見上げた。
月は煌々と光を放ち、を包む。
「今、会いたいのに…」
何も言わぬ月に、はそう呟いて自室へと戻った。
それから三日後、は見送る人々に囲まれていた。
利達の横から、太陽の人は複雑な表情でに言った。
「本当の幸せを考えて。貴女にとって、何が一番大切なのかを…」
それに頷いた直後、次々とかけられる声。
それに涙し、昭彰と供に清漢宮を発った。
は何度も振り返ったが、見送る人々の中に、利広の姿はなかった。
あの日から、まだ一度も姿を見ていない。
利達が言うには、辛いから姿を見せないらしい。
「だけど利広…最後に会いたかった…」
虚海を進みながら、は呟いて北を振り返る。
奏南国はすでに遠く、陸地は朧気に霞んでいく。
月は今日も明るく、透明な海に反射していた。
その頃清漢宮には、利広が戻って来ていた。
「お前…今までどこに行っていたんだ?もう、発ってしまったぞ」
利達に見つかった利広は、苦笑して知っていると返した。
「最後に、会いたがっていたぞ。お前も何か言いたいことがあっただろうに」
「まあ、ね…」
歯切れの悪い声だったせいか、それ以上は何も言われず、利広はすぐに自室へと引っ込む。
窓を開けると、月が顔を覗かせていた。
「…」
月を見るたびに、思い出すであろうその名を、利広は口に出していた。
ふっと自嘲的に笑った利広は、ぱたん、と窓を閉める。
暗くなった房室に、灯りを点すこともなく眠りについた。
翌日、昭彰は誰もが知らぬ間に戻っていた。
しかし昭彰は自室から出てこずに、その日は寝込んで過ごしたようだった。
さらに翌日になっても、昭彰は寝込んだままだという。
黄医を呼ぼうかと言う、利達の声には否定が帰って来た。
そして夕餉の時間になって、ようやく姿を表した。
「大丈夫かい?」
心配そうに訪ねる明嬉に、昭彰は微笑んで大丈夫だと答える。
夕餉の後、昭彰は利広の許を訪ね、手に持った石を差し出す。
「お預かりいたしておりました。これを渡すようにと…」
利広がに渡した連珠だった。
「そうか…ありがとう」
気の抜けたような声で返した利広に、昭彰は薄く微笑んで言う。
「月の石はいらないのだそうです。すでに月を手にいれたからと…」
昭彰はそれだけを言い残し、その場を退がった。
「これも…を思い出させる物になる…捨てるのが一番かな」
利広はそう言うと、立ち上がって露台に向かった。
冷涼な空気が体内に流れ込んできたが、それが酷く痛く感じた。
その日の夜中、利広はの使っていた房室にいた。
露台に出て欄干に座り、静かな雲海を眺める。
その手には月の連珠が揺れていた。
捨てようと思ったその連珠は、結局捨てることが出来なかった。
月の光を受けて、連珠は青銀に光る。
無くなったものを思うと、それがいかに大きかったのかを、利広に教えていくようだった。
月に向かって、利広は一人呟く。
「この世の誰よりも、幸せになって欲しい。わたしはそう願ったんだよ。今は消えてしまった君に…。伝えたかったのは、ただそれだけ…だけど、それを面と向かって言う勇気はなかった」
それでも、の幸せを思えば仕方がないのだと、言い聞かせなければならなかった。
寂しい笑みが漏れる。
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