ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =2= 「さて…」
出て行く女を見送っていた利広は、に向き直って言った。
「では、先に詳しく聞きたいかい?それとも…」
「聞きたいわ…ここは…どこなの?」
「ここは国で言うなら恭だね。世界に名前はない」
「きょう?」
「世界には…」
利広は努めて静かに話し始めた。
十二の国の事から始まり、今思いつく事のすべてを語った。
呆気に取られて話を聞いていた。
やがて、その瞳には涙が溜まり、頬を伝い始めていた。
まだ話の途中ではあったが、利広は口を閉ざしてその様子を見ていた。
膝に手を乗せたまま、下を向いて泣いている。
ただ静かに涙を流し、声を押し殺して泣き続けていた。
ふいに布を出され、は布に涙を吸わせていった。
どんどん吸収する布を気にする余裕もないほど泣いて、泣き疲れたと感じるまでの時間が経った。
「ごめんなさい…急に…泣いたり…して」
ぐずっと言う鼻の音と供に、はようやく顔を上げた。
「いいよ。わたしでも、泣いてしまうだろうからね」
「何で…こんな事になったのかしら…」
「蝕に巻き込まれたんだね…ただ、蓬莱は世界の果てにあり、海客はそこから流れると言われている。通常、慶に多くが辿り着き、次いで巧に辿り着く。金剛山に辿り着くのは、崑崙から来る山客だと言われているんだけど…こんな事もあるのかな?」
一人不思議そうにしている利広に、は聞こえた意味を考える。
蝕と言うものが、自分をこの世界に運んだ。
日本はこの世界の果てにあり、普通は違う国に辿りつくらしい。
がいた山には中国からの人が辿り着くのだと。
「つまり…中国から来た人は山客と言われて、日本から来れば海客と?」
「そう。山に辿り着くから山客だね。海客は海から流されてくる。双方供に生存率は低い」
「…私、中国に居たの。旅行よ。日本から中国に旅行へ行って、雷に当たったのだと思う…気がついたら、あの山にいたの…」
「なるほど…それは珍しい…。蓬莱から来た山客とは」
「私…これからどうすればいいの?」
「どこかに定住するのがいいだろうね。出来るなら豊かな国がいい。南の奏か、北の雁がいいかな」
「ここから近いかしら…?」
「近くはないなあ…雁でも歩けば半年はかかる。奏に行くのならもっとだね」
「そんなに…」
「それとも、一緒にくるかい?わたしはこれから奏に帰る。奏でいいのなら一緒に来て、首都で降りればいい」
「降りる?」
「ああ、騎獣に乗っているからね。空を駆けると一国はすぐだ。何しろ、騎獣の中では一番早いものに乗っているから」
「つまりは、一緒に旅を?」
「無理にとは言わない」
は少し考え、ゆっくりと頷いた。
「では、お願いしてもいいでしょうか…。でも、どうしてそんなによくしてくれるんですか?」
「理由なんてないよ。ただの気まぐれ。まあ、興味があるからね。海客にも山客にも」
利広は同じ名の海客が知り合いに居た。
兄がその海客…【】を連れ帰ってきたのは、十年ほど前。
紆余曲折はあったものの、今は手中に入れて、目も余るほどのかわいがりようだった。
確かに人として優れた人物ではあったし、魅力的な女性だと思うが、何がそこまで兄を惹き付けるのだろうかと、不思議に思った事が幾度かある。
蓬莱で育った感性が、利達には不思議だったのかしらとは言い、兄はお前も探してみればいいと言う。
世界を巡っているのだから、良い巡り合わせがあるのかもしれないと、そう言われたのだった。
もちろんそれは冗談で言ったのだろうが、それを理由に抜け出して来たのだった。
恭に近い金剛山には、山客が辿り着くのだとふいに思った利広。
気がつけば騎獣の手綱をそちらに向けていた。
まさか、本当に山客を拾うことになろうとは。
しかも、海客のと…
利広の姉となったと、同じ名の山客を…。
「ねえ…」
の声によって、利広の思考は途切れる。
「蓬莱は世界の果てにあるのよね?じゃあ、果てに行けば帰る事が出来るの?」
「残念だけど…それは出来ないよ。果てにあるのは伝説上。実際は別の世界に存在する。それを結ぶのは呉剛門だけで、人に呉剛門を開く事は出来ない。神獣ですら、月の呪力を借りる」
「そう…」
再び溢れようとしている涙を堪えながら、はさらに質問を重ねる。
「じゃあ、中国へも同じね。やはり果てにあるの?」
「いや、崑崙は世界の影にある国と言われている」
「世界の果てに、世界の影。…本当に伝説みたいね」
「そうだね」
「お母さん…無事だといいんだけど…」
無事だよなど、無責任な事は言えないと思いつつも、利広はの頭に手を置いて優しく微笑む。
「無事だと信じていよう。が…こうやって助かっているのだから、きっと無事でいるとね」
名前が同じなだけに、混同しそうだと思ったが、どうやらその心配はなさそうだった。
片目を閉じて言う利広に、は薄く微笑んで答えている。
「うん。ありがとう…」
兄の連れ帰った海客とは違い、山客のは随分と弱い感じがした。
弱く脆い、触れると消えてしまう、淡雪のような存在。
自分が連れまわす事によって、壊してしまいそうに思った利広は、先に提案した事を、少し後悔し始めていた。
「とにかく、もう寝た方がいいよ」
すっと立ち上がって利広は言う。
臥室に消えて行く利広をぼんやりと眺めていたは、やがてもう一つの臥室へと姿を消した。
翌日、差し込む光に目を覚ました。
浅い眠りが続いていたために体は重い。
なんとかそれを起こして臥室を出ると、まだ誰もいなかった。
「まだ、寝ているのかしら…」
窓に向かい、それを開け放つ。
「陽が…随分上っているのね」
方角などが蓬莱と変わらないのなら、昼が近付こうとしている。
「起こさなくても…いいのかしら…?」
無理に起こすのもどうかと思ったが、昨日臥室へと消えた時間を考えると、寝すぎているのではないだろうか?
退出時間は決まっていないのだろうかと思ったは、そっと足を臥室に向けた。
そろりと入って行くと、臥牀の上から静かな寝息が聞こえている。
「あの…利広さん?おはようございます…起きなくてもいいのでしょうか」
すうすうと言う寝息は穏やかさを失わず、規則的な呼吸は尚も続けられている。
どうしようかと思いながら、は臥牀に近付いていった。
「あの、利広さん。起きなくても大丈夫なのでしょうか…」
それでも反応はなく、はまた少し近付いた。
「利広さん…あの…」
肩に手をかけ、軽く揺する。
「ん…」
妙に色っぽい声を聞いたは、大きくなった心音を聞き、胸元に手を引き戻して様子を伺った。
「どうしよう…そっとしておいたほうがいいのかしら…」
一度戻した手をそろそろと伸ばし、再度軽く揺する。
「利広さ…」
揺すられたのが不快だったのか、利広の手はの腕を掴んでいた。
さらに高鳴る鼓動を聞きながら、は固まっていた。
そのままの状態で引寄せられ、不自然な体制のまま顔だけが枕に乗せられる。
「あ、あ、あの…利広さん…あの…」
「ん…ん?…!」
ぱちっと瞳が開かれ、驚いた表情になった利広。
しばし駆け巡る思い。
昨夜臥室に引っ込んで、少しの間酒を飲んでいた。
それからどうしただろう…?
臥室から出た記憶はない。
しかし臥牀に寝転んだ記憶もない。
「え〜っと。おはよう…よく眠れた?」
「あまり…その…」
現在、寝転んだままで抱かれており、その状況に口篭るのであったが、利広の誤解を招くには充分だった。
「あ、いや…ごめん。こんなことを聞いてはいけないね」
流されてきた者に対する、哀れみの言葉だと受け取ったは口を閉ざす。
「…」
「え〜と…起きようか…?」
「…はい」
気まずい雰囲気の中、起き上がったは臥室を離れ、利広はしばらく動けないでいた。
「まいったなぁ…」
軽く頭を掻いて、利広は立ち上がった。
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