ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



金の太陽 銀の月 〜銀月編〜


=4=



「ああ、そうだ」

利広はふいに窓からに視線を移した。

その利広を観察していたと、視線がぶつかった。

慌てて反らした視線に構わず、利広の声が房室に響く。

「申し訳ないんだけど…今夜は一間になるよ」

「一間?」

「そう。空きがなくてね。は臥牀を使ってくれていいから。わたしは床にでも寝よう」

「そんな訳には…それなら私が床で結構です」

「女性を床に寝かす訳にはいかない」

「で、では…、一緒に…」

「…そうか」

そうかと呟いてはみたものの、利広は考えこんでいた。

恭での事は、どうだったのだろうか。

単純に一緒に寝てしまっただけなのか…それとも、その後も…

「まいった…」

小さく呟く声に、の返答はない。

聞こえていないのか、あえて答えなかったのか。

記憶をなくすほど飲んだつもりはなかったのだが、まったく覚えていないのだ。

どの間合いで臥牀に引きずり込んだのか、それが要点となる気がした。

赤い顔で臥牀に横たわるを見て、利広は窓を開けた。

一間だけの小さな舎館。

しばらく外を眺めたまま利広は固まったように立っていた。

だがついには覚悟を決めたのか、の眠る臥牀へと向かった。

間をおいたのが良かったのか、は穏やかな寝息に包まれていた。

ほっと息を吐いて中に入り込む利広。

その動きによって、寝息は途絶えた。

ぎくりとした心情に体の動きを止めた利広は、そのままの体制で観察する。

胸の鳴りかたが、通常とは違う事に苦笑したい気分でもあったが、それすら出来ずに固まっていた。

「あの…私、あっちの椅子で寝ましょうか?」

そろりと身を起こしたは、そう言って利広を見る。

それによって溶解された利広は、ふっと笑みを作って言った。

「いや、大丈夫。気を遣わせたね。すまない」

「いえ…私も少し緊張していますから、お気持ちはよく分かります」

「そうか…うん。寝よう。何も考えずに、寝てしまおう」

「は、はい」

衾褥の中に戻ったに続き、利広も中に入る。

なるべく体に触れないように気を付けて横になった。

もぞもぞと動くことも出来ずに、利広は横になったまま姿勢良く瞳を閉じた。

その頭の中はやはり恭での事であった。

しかしいくら考えても、何も思い出せない。

自らが衾褥に入った瞬間すら覚えていないのだから、仕方がないのだろうが。

「酒癖は悪くないはずなんだけどなぁ…」

小さく呟いた言に、返答する声はない。

代わりに穏やかな寝息が聞こえている。

そっと首を向けると、の顔はこちらを向いていた。

まだあどけなさの残る表情は今、悲しみに歪んでいる。

じっと観察していると、閉じた瞳から涙がこぼれ落ちてきた。

しばしどうしようかと悩んでいた利広は、すっと手を伸ばして涙を拭い始める。

すると擽ったいのか、笑ったような表情に変わっていった。

そして桜色の唇は甘そうに見え始める。

「まいったなぁ…」

の頬から退いた手は、そのまま利広の顔を覆った。




































翌日、あまり眠ることが出来なかった利広は、より先に目が覚めていた。

そのまま起きあがり、身支度を整える。

その音で目が覚めたのか、の動く気配がした。

「…おはようございます」

「おはよう。よく眠れた?」

「は、はい…利広さんは…?」

「わたしもよく眠れたよ」

「そうですか…」

そんな会話の後、二人は軽い朝食を取り、舎館を後にした。
















しばらく範を散策した利広は、再び空を行く。

海岸添いに行っていると、はじっと白海を見ていた。

「まだ違和感があるのかい?」

「少しだけ…とても不思議で…」

「そうか…、今日は夜に飛ぼうか」

唐突に言った利広の言に、は振り返って理由を聞いた。

「嫌かな?」

「嫌では…でも、大丈夫ですか?利広さんはずっと手綱を取っているでしょう?それに夜は危険じゃなかったんですか?」

「…うん。範は安定した国だから大丈夫だよ。妖魔も出てこないだろう。近くの街に寄って、仮眠を取るから大丈夫」

「大丈夫なら、私は構いませんが。あ…急いでいるんですね…それなのに私のせいで…」

「違うよ。特に急いでいない。だけど…そうだな。見せたい物があって」

「?」

不思議そうにしているをそのままに、利広は一度街に降りる。

すぐに舎館は見つかった。

利広は軽く食事を取ると、そのまま寝てしまった。

昨日は眠れたと言っていたが、眠りに落ちるまでの早さから、はそうではないのだと思った。

「本当は…あまり寝てないのでしょうか?」

寝顔に語りかけたは、一人立ち上がって窓に寄った。

よく利広がしているように、外を眺める。

昼下がりの街並みはざわめく声に溢れ、行き交う人々は誰もが忙しそうにしている。

日々の生活、日常の風景。

ここはの知り得なかった異世界だ。

しかしそこに生活している人々は、の存在した世界に生きている人々と、あまり変わらないように見える。

ただ常識や文化が違うだけ。

恐らく言葉も違うのだろうが、旅行に行った中国でも、同じように感じていた。

髪や目の色は多種に富んでいたが、それ以外はどうなのだろうか。

人という生き物自体に、大きな差があるとは思えなかった。

買い物をしてきた様子の年輩の女。

仕事だろうか、急いで歩いている男。

物を売っている店員。

楽しげに話す若い娘達。

天の摂理までもが違うこの世界でも、やはり人の本性は変わらない。

帰れないのなら、なんとかこの世界で生きていかねばならないのだ…

幸運にも親切な人に拾ってもらった。

本性が変わらないのなら、順応する事は可能だろう。

「もっと…この世界を受け入れなくては。もっと、好きになれるといいんだけど」

常識、人種、言葉、服装、食事。国が違えば、それらが変わるのは当たり前のこと。

受け入れられないと思っても、すでにこの世界に存在するのだから、受け入れて行かねばならないはずだ。

は往来を見つめながら、そう決心した。

その後も姿勢を変えることなく、ただじっと外を見つめて夕刻を迎えた。
































いつの間に起きたのか、気がつくと背後には利広が立っていた。

「おはようございます」

はようやく往来から目を離し、利広に向き直った。

「そろそろ行こうか」

「はい」

二人は舎館を出て、閉門が近づいた街を出る。

騎乗し、空に舞い上がった。

「眠くなったら寝ていてもいいよ」

後ろからかかる利広の声に、は頷いて答えた。

飛ぶように流れる雲は茜色に染まり、空を透かして青い雲と、陽を透かして赤い雲とが折り重なり、幾重にも鮮やかな世界を作り出していた。

「綺麗…」

「ん?」

ぽつりと呟いた声に、利広は反応し、はそれに気がついて追言した。

「夕陽は、どこの世界も変わらず美しいですね」

「そうだね…。ああ、そう言えば、同じように言った人がいたな」

「同じ事を…?ではその人も、私と同じ山客ですか?」

「いや…彼女は海客だったよ。だから、出身を言えば同じかな。蓬莱から流されて来て、結構悲惨な旅をして奏に来た。ああ、でも違うな。彼女はこの世界の夕陽が美しいと言ったのだった」

「そう…その人は今?」

そのように問えば、背後で利広が笑ったのが分かる。

微かな振動をそのままに、利広は言を繋いだ。

「太陽と暮らしているよ」

「太陽と?」

「そう。心を照らし出す太陽。空を見上げれば微笑み、見守っていると、太陽を見るたびに思い出したそうだよ。今はずっと隣にあって、互いを照らし続けている」

「その相手の人は、この世界の人ですね…?」

「そう。お互いをとても大切に思っている。その海客の人は蓬莱にいた頃、あまり空を見上げた事がなかったと言っていたかな。だからこちらに来てからは、よく見上げたって」

「…そう」

その人は、地に足をつけて生きているのだろうか。

地上から空を見上げ、郷里に思いを馳せたのだろうか。

はこうやって空行する時以外は、天を仰ぐ事などない。

いや、空の上にあってなお、下を見ている。

そう…海を見ている。

だがその心境は、絶景が見たい訳ではなかった。

ただ理解出来ぬ物を、視界に入れているに過ぎない。

初め見た海は黒かった。

それがこの世界の海の色なのだと思い始めた頃、また違う色の海に遭遇した。

「私とその人は…きっと随分違う人なんでしょうね…同じ蓬莱で育っているはずなのに…」

「共通点はあるけど…どうだろう。わたしはそこまでその人に詳しくないし、についてもあまり詳しくないからね」

利広のその言に、は頷いて答えた。

「私も、利広さんをよく知らない…でも、とても親切で、変わり者だと言う事だけは分かった」

「やっぱり変わっているのかなぁ…?」

「普通の人は山客を拾いますか?」

「どうだろう」

はぐらかすような言い回しに、は知らず口を開く。

「…利広さんは…ううん。なんでもないわ」

は言いかけた事に気がつき、途中で口を閉ざした。

が口を閉ざすので、利広も口を閉ざしてしまった。

二人は無言のまま空を行く。

陽は影を落とし、世界に夜が訪れようとしていた。



無言でいたため利広に背を預けて、いつの間にか眠っていたは、肩を揺すられて目を覚ました。

「あ…ご、ごめんなさい」

「いいよ。眠っていてもいいと言ったのはわたしだからね。それよりも、ほら」

背後から利広の右腕が伸びてきて、前方をさす。

丁度月が目に入り、その位置から随分下を飛んでいるのだと気がついた。

利広の腕は右から左に移動し、後ろに引いてしまった。

「あ…」





世界は、銀に輝いていた。

月の光に照らされて、白海は銀に輝く。

波間に浮かぶさざ波も、月の光を反射して銀色だった。

月までもが銀の色をしており、は可能な限り目を開けてそれを見つめていた。

赫然たる月光は心を奪い、それを受ける白海もまた、ため息を誘っているようだった。

「すご…い…」

「これを見せたかったんだ。少しでもこの世界を、好きになってくれると嬉しい」

そう言った利広に、は何も返すことが出来なかった。

息をするのも忘れて、ひたすらその景観を見つめていた。

玉鏡の光は優しくを包み込む。

辺りを見回すと、海以外には何もない。

蓬莱で見た夜の海は、恐怖だけをに与えていた。

大きな波に浚われれば、二度と生還出来ないのだという気にさせる、恐ろしい印象があった。

だが、ここはどうだろうか。

真珠を敷き詰めたその海は、欠片ほども恐怖を引き起こさない。

「利広さん…」

か細い声が利広を呼ぶ。

「気に入らないかな…?」

「いいえ。…いいえ!」

初めて聞いた強い口調に、利広はその続きを待った。

「ありがとうございます。本当に…ありがとう」

はそう言うと、利広を振り返った。

その表情に、利広の胸が鳴った。

これも初めてだった。

の心からの笑顔。

寂しく笑う以外に、こんな表情が出来るのだと、この時初めて気がついた。

まるで花が開いていくような顔は、月の影になっている。

しかし明るい表情に助けられて、気にならない程だった。

それからもはずっと海を見つめていた。

利広はそれを見ながら、月華の中を南に下る。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





銀の世界をご堪能して頂けましたでしょうか?

う〜ん、難しい☆

                         美耶子