ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜 =5= 空が東雲色に染まろうかという頃、二人は港町の近くまで来ていた。
が感動した白海も、今は赤い色へと変貌していた。
しかし銀の月は赤海までもを、不思議な色に染め上げて、また違った感動をに与えていた。
「才を飛ばして、奏に着いてしまったね」
「ここが、奏…?」
は辺りを見回していた。
赤海に面した港町。
そこはとても活気のある所だった。
「朝餉が済んだら、一気に首都まで行ってしまおう」
そう言って利広は歩き始めた。
急いで後に続く。
歩き出してすぐ、街の喧噪が大きくなっているように感じた。
何事かと辺りを見回していると、人々が一様に駆けて行くのが目に入る。
何かあったのだろうかと、利広に目を向けた。
「海から何かが流れ着いたらしい。見に行くかい?」
特に興味があったわけではなかったが、あまりに大勢の人々が向かっているので、はなんとく返事をし、街の人について、赤海の見える場所まで移動してきた。
大勢の人が囲いを作っている所へと、二人は進んで行く。
人々は何かを囁きあっているようだったが、あいにくとには何を言っているのか理解する事は出来ない。
代わりに人垣の合間から、ちらりと覗く物を必至に見ようとしていた。
赤い物が視界を掠める。
「あれは…!」
は人垣を押しのけ、前へと進んでいった。
利広もついて前に出る。
「五星紅旗だわ…」
ここに流される直前まで見上げていた、五星紅旗が水を含み、重たげに置かれていた。
旗に手をかけ、何だとでも言いたげな男に、は声を投げた。
「五星紅旗よ。中国の国旗だわ」
ざわついていた民衆を、一声のうちに黙らせたは、驚いて辺りを見回した。
利広がすっと肩に手を置き、側に寄ってきて通訳をする。
「崑崙の旗だそうですよ」
再びざわざわ言い出した声に、は利広を見上げる。
「大丈夫。側についているから」
こくりと頷いたは、胸元に手を当てた。
手に伝わる振動を感じなくとも、はっきりと分かる。
鼓動が早い。
目はせわしなく動き、他に流れて来た物がないのか、探し回っていた。
しばらくすると、役人らしき数名が到着し、五星紅旗を持ち上げて見聞する。
民衆は散るように言われていたようだったが、はその場所から動くことが出来なかった。
利広に引かれて、少し離れた所でその様子を見ていた。
しかし耐えられなくなって、やはり近くまで寄って行った。
「あ…」
小さく言ったの声に、役人は振り返った。
「なんだ、お前は?」
言葉がはっきりと分かったが、はそれに気がつかなかったのか、震える手で足元に落ちていた物を拾った。
「これは…お母さんの…」
みるみる瞳に涙が生まれ、はその場で泣き始めた。
利広が近寄ってきて、何事かと覗き込む。
「…?」
「これ…お母さんのイヤリング…なの。五星紅旗と一緒に…流されて来たって事は…お母さんは…」
そう言って泣くに何を言えというのだろうか。
利広は頷いて、そっとの肩を抱く。
官府の者は、その場に散らばる様々な物を拾っていく。
どうしようかと少し迷った利広は、の肩から手を離し、声をかけた。
が山客であることを説明し、物品が流されたのと、同じ蝕でこちらに来たことを言い、集めた物を見せてくれるよう頼んだ。
「、おいで」
立ったまま泣き続けていたに、利広の声がかかった。
は言われるままに足を出し、利広の側に移動する。
「見覚えは?」
集められた物を指さし、に問うと、新たな涙が頬を伝うのを見つけた。
はしばらく五星紅旗を見つめ、その後、逃げるようにしてその場を離れていった。
何処をどう走ったのか、は狭い場所に身を潜めるようにして泣いた。
どれほど泣いたのか分からなくなった頃、はようやく顔を上げて立ち上がった。
そしてようやく、利広の存在を思い出したのだった。
探しているだろうかと、は街を歩き始める。
しかし、ここが何処かも分からない。
どちらに港があって、何処に行けば利広と会えるのか、検討もつかなかった。
どうしようか迷ったは、道行く人に尋ねた。
「あの、すみません」
の声に立ち止まった女は、振り返って訝しげな視線を送っていた。
「あの…港はどちらですか?」
そう問うたが、相手が返してくる言葉の一切が分からない。
しまったと思ったが、どうしようもなく、は頭を下げてその場を走り去った。
先ほどの役人の言葉が分かったため、他にも話せる人間がいるのだと思ったが、そうではないようだった。
諦めて、はとぼとぼと歩き出した。
とにかく港に戻ろうと、海の匂いを頼りに歩みを進めた。
しばらく歩いたは、本格的に迷っていることを悟った。
だが、今更どうしようもない。
とにかく歩いて、利広に会わねばと思っていた。
再び赤海が見えた頃、陽は随分と傾いていた。
殆ど一日をかけて、はようやく戻ってきたのだった。
しかし、こんな時間まで利広はいるだろうか。
ひょっとすると、もうこの街にはいないのかもしれない。
「どうしよう…」
じわりと目頭が熱くなる。
だが、はそれをぐっと押さえ込む。
今から思えば、自分は泣いてばかりだった。
利広にずっと慰められ、それに甘えて泣き続けていた。
だが、泣いた事によって何かが変わっただろうか。
気分が重くなるだけで、良い事など一つもなかったように思う。
陽の光を反射して瞬く赤海を見つめながら、はその場に座り込んだ。
足を三角に折り、じっと沈む陽を見つめていた。
夜の白海と赤海を、見せてくれた利広。
これまでは、利広から色々な物を与えられた気がした。
物だけではない、大切な物を、ただ施されるだけで、何も返していない。
そんな事にすら、今まで気がつかなかったのだ。
陽が完全に落ちると、はこの場に留まることに不安を覚え始めた。
また、街に戻って探した方がいいのだろうか。
それとも、利広はこの街にいないとして、他の事を考えた方がいいのだろうか。
そうが考えていると、背後から声がかかった。
「」
はっと顔を上げたは、そのまま立ち上がって振り返った。
「り、利広さん…」
「よかった。心配したよ」
「利広さ…」
再会出来たことが、とても嬉しく感じ、思わず泣きそうになってしまった。
しかしは涙をこらえて、利広に謝った。
「ごめんなさい。逃げるような真似をしてしまって。せっかくお役人さんに頼んでくれたのに、何も言わないまま…」
「いいよ。気のせいだったと言っておいたから。それよりも無事でよかった。街を探してもいないし、どうしようかと思っていたんだ」
「探して…くれていたの?」
利広はの前まで来て言った。
「そりゃあね…。泣きたいのを我慢しなくていいんだよ?そんな泣きそうな顔で、じっと我慢されているより、泣いてくれたほうがいい」
「利…」
名を呼ぼうとした声は、せり上がってきた涙にかき消され、は下を向いて耐えようとした。
だが、利広の腕がを包み、再度泣いてもいいと言われてしまえば、もう我慢することは出来ず、は利広にしがみつくようにして泣いた。
しかしすぐに泣きやみ、は利広に言う。
「わ、たし…ここに…残ります」
「え?」
「母の物が…他にも流れ着くかもしれない…だから…ここに残って…それを、確かめたいの…折角、ここまで送ってきてもらったのに…何も返すことが出来ないのに…ごめんなさい」
「謝る必要なんて、何処にもないよ。それがの望んだ事なら、わたしは止める事はしない。それに首都ではないけど、ここはもう奏だからね。海客や山客にも理解がある。数年は補助もしてもらえるから…」
「…本当にありがとうございます」
は涙を拭いながら言うと、にこりと笑う。
この時利広は、今までで一番綺麗な表情だと思った。
同時に一番辛そうな笑顔に見えた。
を促して官府…県城まで付き添い、手続きが終わると、利広は港町を後にした。
少し眠かったが、その場に留まることは許されないように思ったのだ。
「ふう…」
ろくに挨拶もせずに、慌ただしく別れた二人。
利広のため息は、それによってつかれたのだろうか。
「、元気で…」
肩の荷が下りたような、寂しいような、そんな心境だった。
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