ドリーム小説
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=3= 翌日、朝餉の後。
は明嬉と文姫に、前日の続きを教授していた。
「ちょっと味見してもいい?」
「ええ、どうぞ」
文姫が小さな器に汁湯をいれ、こくりと呑む。
「う…か、からーい!これって、蓬莱の食べ物なの?」
「いいえ、こちらは戴の物ですわ。寒い国だからでしょうか、辛い物がとても美味しかったので、覚えておりました」
「そうなの。うん。辛いけど、確かにおいしいわね」
明嬉はその様子を笑って見ていた。
そして、初めてを見たときに感じた、何か切羽詰ったような物が、少し薄くなったのを見て取った。
自分のため、と言うのも嘘ではなかったが、救いを決して求めない口とは裏腹に、その心が悲鳴を上げているのを、明嬉は見抜いていたのだ。 を初めて見たのは隆洽だった。
近頃素晴しい剣舞を見せる朱旌が逗留していると、傍仕えの者から聞いた。
それを聞いた所で、簡単に降りて行けるほど、軽い立場でない事は重々承知していたが、何故か気になって仕方がない。
話を聞いた三日後、ついに誘惑に負けて、こっそりと隆洽まで降りていったのだ。
その朱旌はすぐに判った。
一目見ようとわざわざ遠方から来た人までいて、剣舞を行っている大途には人だかりが出来ていた。
供の者と逸れそうになりながらも、明嬉はそれを見ていた。
見事な剣捌きに加え、舞を見せるしなやかで柔らかい体。
見た目にも美しいその女性は、哀愁を湛えた表情で跳躍する。
不思議な光景であった。
しかし、見ながら疑問を抱く。
何をこれほどまでに見たかったのだろうと。
剣舞に興味がある訳ではない。 それなら、何故?
疑問を抱いたまま、それが終わるのをただ眺めていた。
銀を回収するために、回りだした女性が目前に立つまで、明嬉はぼんやりとしていたが、我に返り懐を探った。
その時、人垣に押されて明嬉はとぶつかる。
そのまま倒れて、謝ろうと立ち上がる直前、転がり落ちた旌券が目に入る。
そこに朱線はなく、焼き印が目に飛び込む。
瞬時に御璽だと気がつき、それが斎王のものだと判る。
「遵帝…?」
才ではなく、斎であったが為に、ふいに口をついて出た音。
その音にの動きが止まる。
顔を見ると、今にも泣きそうな表情をしていた。
隠すようにして旌券をしまうと、は笑みを作って立ち上がる。
手を伸ばし、明嬉を助け起こす。
「昔の御人ですが、ご存知なのですか?」
そう言われ、明嬉は頷いた。
「昔、助けていただいたんだよ」
「…私もです」
それだけ言うと、は再び銀の回収に回りだす。
人の群れが消えてなくなるまで、明嬉はその場に立ち尽くしていた。
やがて大途は普段の様子を取り戻し、は荷物を背負ってその場を離れようとしている。
それを明嬉が止めた。
「見事な剣舞を見せてもらったお礼に、何かご馳走したいんだけど、時間はあるかい?」
は投げかけられる声に、振り返ったが、しばらく考えているようだった。
「…では、お言葉に甘えさせていただきます」
茶と団子を突きながら、色々な話を聞く。
は十二の国を回りながら、各地の料理を覚えたり、文化を知ったりするのが好きなんだと言う。
話を聞いていると、明晰な人物なのが窺える。
文化や料理と言うが、国情にも詳しい。
「世界を回っているなんて、うちの次男坊みたいだよ」
半ば呆れたように言う明嬉に、は微笑みながら言った。
「では、私と気があうかもしれませんね」
そう言ったの表情を見取って、和やかになったのを感じた明嬉は、思い切って聞いてみる事にした。
朱旌だと思っていたのだが、と切り出し、その後の反応を待つ。
何も言わないに、明嬉は打ち明ける。
「現在の宗王が登極なさった時に、遵帝にはお世話になったのさ。色々と支援してくれて、豊かになったらお返しをしなければと、王と話をしていたのだけどねえ。あのような形でお倒れになるとは思ってもいなかった」
「王と、お話を…明嬉様は、官職についておられるのですか?」
「まあ、そのようなもんだよ。恩返し、と言うわけじゃないんだが、うちに来ないかい?同じ年頃の娘もいるし、そうだね…あたしの老師って事にしてさ」
遵帝と関わりあった人物を助ける事で、恩を返したかったのかもしれないが、明嬉は奇妙な縁のような物を感じていた。
「きっと遵帝が引き合わせてくれたんだよ」
そう言った明嬉の顔を、はまじまじと見つめていたが、やがて納得したように頷いた。
いつもは紐で堅く結びつけ、首からかけていた旌券は、あの時に限って切れていた。
これまで切れた事は一度もなかったし、弱くなった紐はきちんと取り替えている。
先日も、取り替えたばかりだと言うのに、軽い衝撃で切れてしまった。
引き合わせたのだと言った、明嬉の言葉を信じてみるには、それで充分だった。
もう、忘れて前に進めという事なのかもしれない。
それから三日後、は明嬉に付き添って、清漢宮へと上がった。
夕餉の後に紹介すると言われ、隣室に待機する。
その時になって初めて身分を明かされた。
「母様、こちらを味見してみて」
文姫の声で、我に返る。
思い起こしているうちに、どうやらぼんやりとしていたらしい。
「あ、ああ。どれだい?」
ふっ、と気の抜けた笑いがして、二人は振り返った。
声の正体はである。
「あ…失礼を。家事をなさるお姿を拝見しておりますと、とても王の御一家とは思えず…」
「そうだろうね。でも、これがいいんだよ、気楽でさ」
「そうね。忙しい時はなかなかこうは行かないけど、今はそうでもないし。兄様がいるから今は安心して任せているの。あ、利達兄様のほうね」
「利広様には、お任せにならないのですか?」
「ああ、だめだめ。気がつけば消えているんだからね、あの子は」
「消える?」
「そう、言ったろう?放浪癖があるって」
「あぁ、なるほど…」
「だからさ、もっと気楽に話しておくれね」
明嬉はそう言ってに笑いかけた。
三人は笑い合って昼餉の用意をする。
柔らかな雰囲気に、癒されるような感じを覚えたは、明嬉に向かって心中で頭を下げる。 昼餉の後、文姫はを捕まえて、各国の話を聞いていた。
利広から聞くそれとは、少し違った視点の話に夢中になって耳を傾けている。
「さんは海の見える所によく住んでいたのね」
しばらくすると、文姫はそう言った。
それに対し、は驚いて文姫を見返した。
「本当で、ございますね…」
「あら?気がついてなかったの?海が好きなんだと思っていたわ」
言われてみれば、とは思う。
「海は…好きですわ」
「どの海が一番綺麗?」
「そうですね…私は白海が一番好きです。白海は白梅ような、とても美しい色をしております。初めて見たときは、遠くの山間から見たのですが、宝玉がひしめき合ってるように見えました。それからかもしれませんが、私は白海が一番好きです」
「白海かあ、一度行ってみたいな」
「連れて行ってあげようか?」
後ろから突然降ってきた声に、文姫は驚いて振り返った。
「兄様!」
「やあ」
「やあ、じゃないわよ。驚かせないで」
「ごめんごめん。で、文姫は白海を見たいのかい?」
「今さんに話しを聞いていたの。一度見てみたいって思っただけ。連れて行かなくてもいいわよ。兄様と一緒に怒られるのは嫌だもの」
「ひどいなあ。でも文姫は初犯だから、怒られないかもしれないよ」
「ではその変わりに、利広様が怒られると言う事ですわね」
がそう言うと、利広は考えるように上を向く。
「なるほど。確かにその通りだ。お前が唆したんだろうって言われるな…それはまずい。やめておこう」
「諦めるの早いわね。いいわよ、本当に見たくなったら、自分で見に行くから」
そう言うと文姫は立ち上がって、退出してしまった。
文姫に代わり、利広が隣に座る。
「白海がどうしたんだい?」
「どの海が一番綺麗だと聞かれまして…どの海も綺麗でしたので、一番好きな海をお答え致しました。白梅色に光る、白海が一番好きですと」
白海は才と範を跨る海。
そこにも、深い意味があるのだろうか、と利広は思う。
だがそれを問う事は叶わず、差しさわりのない事を話題に引き出している自分に気がついた。
しかし、それも一瞬のうちに埋もれていった。
旅をしてきたは、利広とは違った視点で各国を見ている。
それに興味を覚えた利広は、時間が立つのも忘れて話しこんでいた。
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