ドリーム小説




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千草の糸


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三名から逃れた尚隆は、まっすぐ自室に向かった。

後宮から移動してきた女官達が、戻ってきた尚隆を出迎える。

尚隆は女官達に命じて、再び後宮に戻るように言い、全員がいなくなるのを待った。

辺りに人の気配が消えると、静かに扉を開ける。

朱鷺色の襦裙を纏った女が、窓際に座っている。

その眼差しは遥か遠く、穏やかな雲海を映し出していた。

「今は音が鳴らぬか」

ふいにかけられた声に、若干驚いた感じを含ませたが振り返る。

「いつの間に…」

そう言ったを無視して、尚隆は目前まで辿り着く。

腕を伸ばして、その体を引き寄せる。

閉じ込めるようにして抱かれたは、何を言うでもなく身を任せていた。

顎を持ち上げて口づけを落としても、何の変化もない。

ではないな」

ようやく変化があった。小さく肩が動き、顔がゆっくりと上げられる。

「な、何故…」

「駮弾琴の演奏を聴いて、懐かしくなったか」

「…」

何も言わない女から手を離し、一歩下がって言う。

を解放しろ。何故に目をつけた」

「他の女では、意味がないからです」

「何故仙籍から抜けた」

「…叶わぬ恋に絶望して、と言っておきましょう」

「では、どうして今頃になってを苦しめる。周防の記憶などを掘り起こして、これ以上苦しめるな」

「それが、彼女の恋を封印してきた、一番大きな感情だったから…」

「…最終的な目的は何だ」

「抱いて下さいと、言いませんでしたか」

表情を変えずには言う。

「ではの中に潜んでいろ」

「…他の女では、抱いてはくれないのですね」

「抱かれたいのか?」

「もちろん」

「ならば、何故を装って近付いてくる?」

「他の女であれば、自らの意思で近づく事すら出来ないからです」

辛そうな声ではあったが、それでも女は真顔のままだった。

しかしは突然頭を抑え、その場に崩れ落ちようとしていた。

素早く伸ばされた尚隆の手によって、床に落ちるのは逃れたが、その体はぐったりとしている。





「――ま…尚隆さま」

か」

力の抜けきったの体を抱きかかえたまま、牀に運んで横たわらせる。

「先ほどの会話…うっすらと聞こえておりました…慣れてきたせいでしょうか?駮弾琴の演奏中に、急激に彼女が浮上してくるのが分かりました…そのせいか…彼女の心が私に流れてきます。愛しい、切ない、欲しい…すべてが尚隆さまに向けられた感情でございます。とても私を憎んでおられる…あの方は…」

「華明だ」

「華明…?」

は考えるようにして宙を見ている。

だが首を軽く振って尚隆に言う。

「いずれにしろ…私は心を決めました。尚隆さま、今ここで抱いてください…華明と供に…そうすれば、きっと何か変化がございますでしょう。このままでは、何も進展いたしません」

「駮弾琴が鳴るのではないのか?」

「その時は彼女に身を任せましょう」

「意思のないを抱いてもつまらんだろう」

「つまらない…ものなのですか?」

「当たり前だ」

少し不機嫌になった王の顔を、横たわったまま見上げていたは、そっと体を起こして尚隆を見る。

「心のない女を抱くのに、五十年も待ったりせん」

「でも、体は私に違いないのです」

尚隆の表情が和らぎ、の頬に手が当てられる。

「俺は欲張りだからな。心も体も欲しい」

「心が一つ、増えるだけですわ」

「覗かれておるようで敵わんな」

それに返そうとしたは、近付いてきた尚隆の顔を見て、口と目を閉じた。

優しい口付けを受けたが、何の音も鳴らなかった。

ゆっくりと離れていった顔に、は静かに言う。

「音が、鳴りませんでした」

「今はが自身の力で華明を押しのけた。逆の場合同様、気を失っておるのだろう」

それで口付けたのだと理解した。

だが、一度明け渡しても良いと思った心を、閉ざす事が出来ないように思う。

尚隆を愛しいと思う気持ちは、痛いほど分かるのだから。

は離れていく手を掴み、袂に引き寄せた。

尚隆の掌に激しくなった鼓動の、強い振動が伝わっていた。

ふっと笑ってを見る。

「口付けでこれだと、もっと先に行けば破裂してしまいそうだな」

すでに赤くなったは俯いていたが、手を離そうとはしなかった。

柔らかい胸元に当てられた手は、そのまま背に回り、の体を引き寄せる。

包まれると、安堵感が広がっていく。

胸元で大きく深呼吸をすると、尚隆の香りが体に広がっていくようだった。

「本当に、敵わんな…」

笑うような口調の声に、は身を起こして顔を見たが、すぐにその瞳を閉じる。

優しい口付けを再度受け、そのまま倒れていく体を感じていた。

軽い振動と供に、動き出す手を感じ、鼓動がさらに早く鳴るのを聞いた。

甘く耳を噛まれると、ぞくりと不思議な感覚が生まれる。

今まで体験したことのないような、そんな感覚だった。

耳を縁取るようにして、尚隆の舌が動く。

漏れそうになる声を押し殺したは、握られた手に力を入れてやり過ごした。

耳から下がる舌の感触。

首に到達した動きに合わせてか、駮弾琴の撥で鳴らす音がする。

大きな音ではなかったが、微かに聞こえている。



肩から衣の感触が消え、冷気に晒される。



びいいぃいん



腕を持ち上げられ、手から口付けが落とされていく。



びいぃいいんん



大きくなりだした音に、は意識の半分を向ける。

優しく動かされる胸元の感触。

尚隆の顔がの眼下に消え、胸元に移動していった。



びいいいぃいぃぃん



腰がふわりと楽になり、布が肌蹴て行くのを感じていた。

大腿に這う手が、器用に衣を剥いで行く。



びいいぃぃいぃぃいぃいいん



音は大きいが、頭痛はない。

だが、それに心を向けていたは、華明に体を譲渡してしまった。

それでも動作は止まらない。

やがては体の線が露になり、ようやく尚隆の手が止まった。

うっすらとの目が開かれたが、どうして良いのやら、分かりかねている様子だった。

ふっと笑って体を倒し、口付けを落とす。





だが―――――





「すり代わったか…」

「いいえ」

否定はしても、尚隆の目が真実を見抜いているようだった。

しばし逡巡を見せた後、手の動きが再開される。

だが、それもすぐに止まった。

「何故…」

「さてな」

すっと体を起こした尚隆は、牀から落ちかけていた、朱鷺色の布をにかける。

しばらくして袂から青い石を取り出し、の手を開いて握らす。

「こ、これは…!」

言いかけたを無視して立ち上がると、窓を開けに歩いていった。

ぱたり、と後方で倒れた音がしたが、尚隆はそのまま窓を開けてから戻った。









牀に戻ると腰をかけ、の乱れた髪を後ろへと流す。

開け放たれた窓から射す光は、すでに黄昏の色を濃くし始め、朱鷺色に彩られている。

尚隆は牀の朱鷺に目を移し、手を伸ばしていった。

しばらく頭を撫でていると、瞳が開かれた。

「私は…」

ぼんやり呟くと、頭に置かれた手を横目で見る。

「大丈夫か。音は…」

「音は鳴っておりました…ですが痛みが一切ございませんでした」

それを待ってか、尚隆の体は牀に乗り上げ、に口付けを落とした。

その体を腕に抱き、ぴたりと胸元に頬がついているのを感じている。

「今は大丈夫だろう。まるで交互に気絶しているようだな」

「そのようでございますね…今は眠っておられるのでしょうか?」

「恐らくな。その石を握っていろ」

尚隆はそう言って抱いた腕を弱める。

冷たい石の感触を手にしたまま、は頷いた。

それを確認すると、顎を掬って上向かせ、熱い口付けを落とした。

溶けそうになったは瞳を閉じ、口付けは徐々に深まっていく。

明かりの燈していない房内に、闇が降りたとうとしていた。








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心の中に潜む者の正体…

最初に気が付いたのは、神の獣。

では最初に触れたのは…?

                    美耶子