ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



千草の糸


=4=



目的地についた二人は、小さな街に降り立っていた。

はまず、大経沿いに歩きながら民の様子を見て回る。

次には大緯沿いに歩いて同じ事を繰り返す。

さらに環途にある商店を尋ねて回った。

荷の出荷があるのかないのか、それを確認しているようだった。

出荷先とその用途を聞きながら、頭の中で整理している。

しばらくすると、途の真ん中で立ち止まって考え込む。

難しい顔をしながら考え込んだ顔を、尚隆は後ろから覗き込んで質問する。

「難しいか?」

「あ…はい…。そうですね。わりと何処も重要で…。絞り込んでも三つ残ってしまうのです。この街から郷都のある方面に延びる道、首都へと向けて延びる道、柳に向かっていく高岫への道。どれも重要でございましょう?そうだ、尚…」

がぼっと大きな手が口を覆い、耳元で囁かれる。

「風漢だ」

こくりと頷くので手を離すと、少し朱に染まった顔が現れる。

「風漢さま。柳国と雁国は、あまり国交はございませんでしょう?首都や郷都よりも重要性はありますでしょうか?」

「民の暮らしぶりにもよるな。ここほど高岫に近しいとなると、柳へ商いに行く者も多かろう。それが生活を支えているのなら、まずは高岫だろうな。聞いて回った結果どうだった?」

「それが半々なのですね…。首都までの距離を稼ぐものは一部のようですが、郷都へ商いに行く者と、柳へと商いに行く者がほぼ同数でございます。ですが農閑期になると、首都方面の道が多用されるようですし…でも、やはり首都方面は後回しでも良いかしら…」

「となると郷都か高岫か。どちらを優先させるかだな。無理を押して同時進行するか…それとも、どちらかを後に回すか。なるほど、難しいな」

だが、と言い置いて続きを言う。

「道の険しさを言えば、柳方面だろうな。荷馬車などは通れぬから、荷と馬を分けて運ぶような所を見た事がある」

尚隆がそう言えば、こんな所にまで来ていたのかと、あきれる瞳とぶつかった。

しかし尚隆はそれを無視して、今日はもう終わろうと言い出していた。

「まだ陽が高いですわ」

「だがもう傾き始めている。明日実際に道を見て回って、それから決めるのが良いだろう。今からでは全部を回れぬ。比較をしたいのなら、一時(いちどき)に見てしまったほうが良い」

は納得したように頷いて、にこりと微笑む。

「大変助かりましたわ」

「なに。ところで、まだ陽も高い。紅葉を見に行ってみるか?」

は軽く騙された事に気がつかず、笑んでそれに答えた。

二人は再び騎乗し、近くの小山に移動する。

丘とも言える低い山だったが、広がる木々の彩りは鮮やかである。

さくっさくっと音を鳴らしながら、は落ち葉を踏み進む。

風のたびにはらりと散る、赤い葉が頬を掠めていく。

ふと、動きを止めたに、後ろから眺めていた尚隆の足も止まる。

凝視するような視線の先には、先ほどまでいた街が広がっていた。

「街へ…」

はそう言って尚隆の許へと駆けて来る。

「街へと戻りましょう。今すぐに」

面白いものでも見つけたかのような顔に、尚隆はただ頷いて同意した。

一瞬の後に終わってしまった散策ではあったが、これは紅葉を愛でるよりも良い行動だと、尚隆は思っていた。

の表情がそれを物語っている。

ああいった表情の時は、何かいい政策を思いついた時の顔だった。

の存在は、雁の発展に一躍かってきた。

地官としての枠を超え、卓越した発想を持っているのだ。

各官府が手招きするのも大いに頷ける。












街に戻ったは、先ほど見たはずのものを探していた。

長くなった影を踏みながら、きょろきょろと辺りを見回している。

やがて目的のものを見つけたのか、市井の人々が集まっている方へと走っていく。

何やら話し込んでいたは、腰を深く折って礼を言い、尚隆の許へと戻ってきた。

「何かあったか?」

「はい」

そう言ってにこにこと微笑んでいる。

明日、実際に道を見るまでは、これ以上何も言わないだろうと思い、それ以上の事を聞きはしなかったが、市井の方へと目を向けて見る。

特に変わった様子もない。

荷馬車が一台と、男が三名、女が一名。

特別な様子もない男女であった。

ただ荷馬車を引いているのが、馬ではなく牛ではあったが、これもさして珍しい事ではない。

近頃家畜としても牛が増えており、餌などの関係から、大きなものを手放す事が多いと聞く。

そう言った牛達は、馬の代わりに荷を引くことに宛がわれる。

今の光景の何処にも不自然な点を見つけられず、尚隆は諦めて翌日を待つ事に決めた。

満足げに笑う女の横顔を見ながら足を進め、と供に舎館へと向かって行った。

「たまもゆっくり休めるような、いい舎館があるといいですね」

上機嫌で見上げて言うに、尚隆は笑いながら、あるぞと答える。

「こちらには何度か来た事が?」

「まあな」

尚隆がそう言った所に、後ろから声がかかる。

「風漢の旦那!」

立ち止まった二人は、声の方を振り返る。

「久しく来ないと思ったら。また来て下さいな」

緑の柱を背に、年かさの増した女が、おおらかな笑みを浮かべて立っていた。

「常連さん、なのですね」

ぽそりと聞こえた声に、尚隆は振り返らずに言う。

「そうでもないがな」

が尚隆を見上げているのを見て、女はあっと声を上げる。

そして慌てて言った。

「あ、人違いでした。年のせいで物覚えが悪くって」

大声で笑うその声に答える者はいなかったが、女は気を取り直したのか、通り過ぎようとしていた男を捕まえて、商売を再開させていた。

妓楼の前を通り過ぎて舎館に入るまで、どちらも口を開けずにいた。

房間に入ると、は質問を飛ばす。

「近辺で舎館を取っておいて、あちらに通われていたのですか?」

ごく普通に聞かれた尚隆は、何を返して良いのやら考える。

「情報元…だな」

「何がでございますか?」

その声色には、少しも怒った所がない。

ふと目を向けると、顔にも怒った様子がない。

ひょっとして、妓楼だと知らないのだろうか?

「効率よく情報が入る場所だからな」

少し警戒して言うと、は納得したように頭を下げた。

「たくさんの者が出入りしますものね。状況から考えましても聞き出しやすいでしょうし」

「…知っておるのか?」

「もちろん知っておりますよ。尚隆さまが色々な所で常連なのも聞いております。間諜の真似事など、お止めになっていただきたいと、朱衡さまが常日頃仰っておりますから」

にこりと笑って言う

朱衡が乗り移ったように見えるのは、後ろめたいからだろうか。

「怒らんのか?」

「何故怒るのです?賭け事をなさるからですか?完全に遊びに更けてしまわれるのでしたら、お諫めしなければなりませんが、情報を仕入れに行かれるのでしょう?もちろんあまり感心は致しませんが」

「は…?」

「緑の柱は賭博場だと聞いておりますが…?違うのでしょうか?」

「それは誰から聞いた?」

「朱衡さまから、ですが?」

ふうっと深いため息を吐いて、尚隆はその場に座り込んだ。

「まあ…誰かさんが相手にしてくれなかったからな。遊びにだけ行く事もあろうよ」

「誰かとは、誰なのでしょう?」

「俺が相手にされなくて寂しい相手など、以外に誰がいるのだ?」

「寂しい?尚隆さまがですか?」

聞き返したは、直後にくすくすと笑う。

「何だ?似合わんか?」

「はい」

笑いが収まらないのか、声だけは抑えているが、肩が大きく揺れている。

呆れ顔なのだろうなと思いながらも、は笑うことを止められないでいた。

肩を揺すりながら、なんとか堪えようと必死になっていると、ふいに体が浮き上がる。

それによって、ぴたりと肩の揺れは止まった。

「止まった様だな」

赤くなって顔を下げたに、今度は尚隆が笑う番だった。

「酷いですわ」

宙に浮いたままが講義すると、尚隆の目が向けられる。

「この腕に抱けるのだから、今は寂しくないがな」

ふっと真顔になった尚隆に、の顔がさらに赤く染まる。

「五十年前にも、ございましたでしょう…?」

語尾が徐々に小さくなっていく。

「さてな」

「降ろしていただけますか…?空を思い出してしまいそうです」

「それはいかんな」

笑いながら言って、尚隆はを降ろす。

過去に一度、同じ体制でを腕に抱いた事がある。

謀反のために捕らえられ、それを救出する際に、今と同じように抱えて飛翔した。

その時を思い出せば、確かに怖いだろう。

「でも、何やら懐かしいですわね…」

「五十年以上も前だからな」

今だから、懐かしいと言えよう。

互いの心を受け取ったのだから。

「おばあちゃん、ですわね」

くすりと笑った声に、それなら、と答える声。

「俺は幽霊だな。とっくに死んでいる年だからな」

さらに軽い笑い声が、舎館の中に響いていた。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





まだ穏やかに、ゆるりと時が過ぎています。

                          美耶子