ドリーム小説
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千草の糸 =4= 目的地についた二人は、小さな街に降り立っていた。
はまず、大経沿いに歩きながら民の様子を見て回る。
次には大緯沿いに歩いて同じ事を繰り返す。
さらに環途にある商店を尋ねて回った。
荷の出荷があるのかないのか、それを確認しているようだった。
出荷先とその用途を聞きながら、頭の中で整理している。
しばらくすると、途の真ん中で立ち止まって考え込む。
難しい顔をしながら考え込んだ顔を、尚隆は後ろから覗き込んで質問する。
「難しいか?」
「あ…はい…。そうですね。わりと何処も重要で…。絞り込んでも三つ残ってしまうのです。この街から郷都のある方面に延びる道、首都へと向けて延びる道、柳に向かっていく高岫への道。どれも重要でございましょう?そうだ、尚…」
がぼっと大きな手が口を覆い、耳元で囁かれる。
「風漢だ」
こくりと頷くので手を離すと、少し朱に染まった顔が現れる。
「風漢さま。柳国と雁国は、あまり国交はございませんでしょう?首都や郷都よりも重要性はありますでしょうか?」
「民の暮らしぶりにもよるな。ここほど高岫に近しいとなると、柳へ商いに行く者も多かろう。それが生活を支えているのなら、まずは高岫だろうな。聞いて回った結果どうだった?」
「それが半々なのですね…。首都までの距離を稼ぐものは一部のようですが、郷都へ商いに行く者と、柳へと商いに行く者がほぼ同数でございます。ですが農閑期になると、首都方面の道が多用されるようですし…でも、やはり首都方面は後回しでも良いかしら…」
「となると郷都か高岫か。どちらを優先させるかだな。無理を押して同時進行するか…それとも、どちらかを後に回すか。なるほど、難しいな」
だが、と言い置いて続きを言う。
「道の険しさを言えば、柳方面だろうな。荷馬車などは通れぬから、荷と馬を分けて運ぶような所を見た事がある」
尚隆がそう言えば、こんな所にまで来ていたのかと、あきれる瞳とぶつかった。
しかし尚隆はそれを無視して、今日はもう終わろうと言い出していた。
「まだ陽が高いですわ」
「だがもう傾き始めている。明日実際に道を見て回って、それから決めるのが良いだろう。今からでは全部を回れぬ。比較をしたいのなら、一時(いちどき)に見てしまったほうが良い」
は納得したように頷いて、にこりと微笑む。
「大変助かりましたわ」
「なに。ところで、まだ陽も高い。紅葉を見に行ってみるか?」
は軽く騙された事に気がつかず、笑んでそれに答えた。
二人は再び騎乗し、近くの小山に移動する。
丘とも言える低い山だったが、広がる木々の彩りは鮮やかである。
さくっさくっと音を鳴らしながら、は落ち葉を踏み進む。
風のたびにはらりと散る、赤い葉が頬を掠めていく。
ふと、動きを止めたに、後ろから眺めていた尚隆の足も止まる。
凝視するような視線の先には、先ほどまでいた街が広がっていた。
「街へ…」
はそう言って尚隆の許へと駆けて来る。
「街へと戻りましょう。今すぐに」
面白いものでも見つけたかのような顔に、尚隆はただ頷いて同意した。
一瞬の後に終わってしまった散策ではあったが、これは紅葉を愛でるよりも良い行動だと、尚隆は思っていた。
の表情がそれを物語っている。
ああいった表情の時は、何かいい政策を思いついた時の顔だった。
の存在は、雁の発展に一躍かってきた。
地官としての枠を超え、卓越した発想を持っているのだ。
各官府が手招きするのも大いに頷ける。
街に戻ったは、先ほど見たはずのものを探していた。
長くなった影を踏みながら、きょろきょろと辺りを見回している。
やがて目的のものを見つけたのか、市井の人々が集まっている方へと走っていく。
何やら話し込んでいたは、腰を深く折って礼を言い、尚隆の許へと戻ってきた。
「何かあったか?」
「はい」
そう言ってにこにこと微笑んでいる。
明日、実際に道を見るまでは、これ以上何も言わないだろうと思い、それ以上の事を聞きはしなかったが、市井の方へと目を向けて見る。
特に変わった様子もない。
荷馬車が一台と、男が三名、女が一名。
特別な様子もない男女であった。
ただ荷馬車を引いているのが、馬ではなく牛ではあったが、これもさして珍しい事ではない。
近頃家畜としても牛が増えており、餌などの関係から、大きなものを手放す事が多いと聞く。
そう言った牛達は、馬の代わりに荷を引くことに宛がわれる。
今の光景の何処にも不自然な点を見つけられず、尚隆は諦めて翌日を待つ事に決めた。
満足げに笑う女の横顔を見ながら足を進め、と供に舎館へと向かって行った。
「たまもゆっくり休めるような、いい舎館があるといいですね」
上機嫌で見上げて言うに、尚隆は笑いながら、あるぞと答える。
「こちらには何度か来た事が?」
「まあな」
尚隆がそう言った所に、後ろから声がかかる。
「風漢の旦那!」
立ち止まった二人は、声の方を振り返る。
「久しく来ないと思ったら。また来て下さいな」
緑の柱を背に、年かさの増した女が、おおらかな笑みを浮かべて立っていた。
「常連さん、なのですね」
ぽそりと聞こえた声に、尚隆は振り返らずに言う。
「そうでもないがな」
が尚隆を見上げているのを見て、女はあっと声を上げる。
そして慌てて言った。
「あ、人違いでした。年のせいで物覚えが悪くって」
大声で笑うその声に答える者はいなかったが、女は気を取り直したのか、通り過ぎようとしていた男を捕まえて、商売を再開させていた。
妓楼の前を通り過ぎて舎館に入るまで、どちらも口を開けずにいた。
房間に入ると、は質問を飛ばす。
「近辺で舎館を取っておいて、あちらに通われていたのですか?」
ごく普通に聞かれた尚隆は、何を返して良いのやら考える。
「情報元…だな」
「何がでございますか?」
その声色には、少しも怒った所がない。
ふと目を向けると、顔にも怒った様子がない。
ひょっとして、妓楼だと知らないのだろうか?
「効率よく情報が入る場所だからな」
少し警戒して言うと、は納得したように頭を下げた。
「たくさんの者が出入りしますものね。状況から考えましても聞き出しやすいでしょうし」
「…知っておるのか?」
「もちろん知っておりますよ。尚隆さまが色々な所で常連なのも聞いております。間諜の真似事など、お止めになっていただきたいと、朱衡さまが常日頃仰っておりますから」
にこりと笑って言う。
朱衡が乗り移ったように見えるのは、後ろめたいからだろうか。
「怒らんのか?」
「何故怒るのです?賭け事をなさるからですか?完全に遊びに更けてしまわれるのでしたら、お諫めしなければなりませんが、情報を仕入れに行かれるのでしょう?もちろんあまり感心は致しませんが」
「は…?」
「緑の柱は賭博場だと聞いておりますが…?違うのでしょうか?」
「それは誰から聞いた?」
「朱衡さまから、ですが?」
ふうっと深いため息を吐いて、尚隆はその場に座り込んだ。
「まあ…誰かさんが相手にしてくれなかったからな。遊びにだけ行く事もあろうよ」
「誰かとは、誰なのでしょう?」
「俺が相手にされなくて寂しい相手など、以外に誰がいるのだ?」
「寂しい?尚隆さまがですか?」
聞き返したは、直後にくすくすと笑う。
「何だ?似合わんか?」
「はい」
笑いが収まらないのか、声だけは抑えているが、肩が大きく揺れている。
呆れ顔なのだろうなと思いながらも、は笑うことを止められないでいた。
肩を揺すりながら、なんとか堪えようと必死になっていると、ふいに体が浮き上がる。
それによって、ぴたりと肩の揺れは止まった。
「止まった様だな」
赤くなって顔を下げたに、今度は尚隆が笑う番だった。
「酷いですわ」
宙に浮いたままが講義すると、尚隆の目が向けられる。
「この腕に抱けるのだから、今は寂しくないがな」
ふっと真顔になった尚隆に、の顔がさらに赤く染まる。
「五十年前にも、ございましたでしょう…?」
語尾が徐々に小さくなっていく。
「さてな」
「降ろしていただけますか…?空を思い出してしまいそうです」
「それはいかんな」
笑いながら言って、尚隆はを降ろす。
過去に一度、同じ体制でを腕に抱いた事がある。
謀反のために捕らえられ、それを救出する際に、今と同じように抱えて飛翔した。
その時を思い出せば、確かに怖いだろう。
「でも、何やら懐かしいですわね…」
「五十年以上も前だからな」
今だから、懐かしいと言えよう。
互いの心を受け取ったのだから。
「おばあちゃん、ですわね」
くすりと笑った声に、それなら、と答える声。
「俺は幽霊だな。とっくに死んでいる年だからな」
さらに軽い笑い声が、舎館の中に響いていた。
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