ドリーム小説




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千草の糸


=6=



それから一週間が慌しく過ぎて行った。

にとっても、尚隆にとっても、激務に追われる日々となった。

だが、の方は自分で望んだ事であったため、ようやく目途が立とうかと言う時には、えも言われぬ爽快感があった。

やけにすっきりとした顔をして、は内殿に向かって歩いていた。

王に今日までの報告をするためと、少し逢いたいと思う気持ちを胸に宮道を進む。

政務の場に入ると王の姿はなく、高く積まれた紙の山だけがあった。

か?」

声だけが聞こえ、驚いたは辺りを見回した。

だがすぐに気がつく。紙の山の向こうにいるのだと。

「朱衡さまに懲らしめられておりますのね」

くすくす笑いながら言うに、尚隆は黙って答えなかった。

「お手伝い致しましょうか?」

「大丈夫だ」

若干不機嫌な様子を含ませて、尚隆は答える。

「では、こちらで待たせていただいても?」

「用件があるなら、先でも構わんぞ。待とうものなら、夜が明けてしまうからな」

「今までの報告ですので、さほどお時間はかからないのですが…待たせていただいても、よろしゅうございますか?」

「構わん。ああ、なんだったら衾褥の中で待っておっても良いぞ」

「…」

答えがないのに対し、尚隆は紙の山に囲まれながら笑った。

微かに聞こえる笑い声に、はそれでも何も言わず、房室の端に行って椅子に腰をかけた。

赤くなった顔を見られずに済んで、積まれた山に少し感謝していたのだった。

御璽を押す音が定期的に聞こえており、は椅子に座ったまま、それを聞いていた。

先に目を通していたのか、避けられて手をつけない紙面の山と、御璽を押す山とに分かれているようだった。

定期的に響く音は、疲れた体を眠りへと誘う。

うつらうつらと頭が動き、時折目を覚まして首を振ってはいたが、知らぬ間に夢の中にいた。





















『若様、お早く』

、足が痛い』

『後で揉んで差し上げますから…どうか、今は我慢して下さいませ』

(若様の手は、こんなにお小さかったのですね…)

『うん…』

、義尊を頼んだぞ』

(義隆さま…すっかりやつれてしまわれた。まるでお顔に死気が見えるようでございます…)

『はい』

(この音は…追手だわ!)

『義隆様』

(私が身代わりにならなければ)

『それは出来ぬ』

(義隆様…それしか方法は残っておりませぬ。私はその為に一緒に敗走しているのですから)

『ですが…義尊様はまだお小さい…せめて、野に下って生き延びて下さいまし。ここは私が…』

…』

『若様。は少し用事が出来ましてございます。後で必ず揉んで差し上げますから、今しばらくご辛抱下さいますね』

(若様。どうか生き延びて下さいませ。せめて、大きくなって、自分で物事が判断出来るなら、私もこんなに辛くはないのに…)

?』

(さようなら、若様)

『必ず…ご無事で』

(だけど…逃げおおせるとは思えない…卑怯者になってくださらない限り。でも、きっとそれは叶わぬ事…)

『お守りしなければ』

(皆、頷いておられる。本当にそうお思いか?怖いと思っているのは、私だけなのでしょうか?とにかく、騎馬しなければ)

『大声で義隆様がここにおられると、叫んで下さいますか』

『承知。―――義隆様!追手でございます!こちらへ!!』

(追手がこちらに来れば、あるいは…来た!あぁ、後列から矢を射掛けられて…何としてでも、海が見えるまでは義隆様だと思わせなければ)

『ぐっ!!』

『ぐわあっ!』

(皆様…あぁ…ごめんなさい、ごめんなさい!)





『もう、駄目だ。馬を、馬を走ら…』

(ああ!最後の者までもが)

『行きなさい!全力で駆け抜けるのよ!!』

(はあ、はあ、どれほど走ったのかしら…けど、まだ追われている。義隆様は逃げおおせたのかしら…若様は…あ、海だわ)

『なんてこと』

(断崖だわ…でも、もう追いつかれる…海…空を映した海。私を飲み込む為に、その口を空けているようね。このまま飛び込んで海に流されれば、遠い異国に辿りつけるかしら…どこか遠い異国に流れ着けば、助けてもらえるかしら…このまま斬られるか、海へと飛び込むか…)

『大内!覚悟!!』














「――。!」

ぱちっと大きく目が開き、驚愕したままの表情で目前の景色を見る。

尚隆が両手首を掴んで、の名を呼んでいた。

「…」

「大丈夫か」

自分の体が横たわっているのに気がつき、辺りに視線を送ると牀榻の中だった。

いつの間に移動したのだろうか。

だが、そんなことはどうでもいいように思えた。

微かに震える腕を上げ、尚隆の首に手を伸ばしたは、そっと体を引き寄せた。

なされるがまま引き寄せられた尚隆に、微かな振動が伝わっていた。

「怖い夢でも見たか」

「恐らく。覚えてないのですが…」

「もう大丈夫だ」

添えられた手がを包み、あやす様に動いていた。

尚隆の近くに居ることが落ち着きを呼び、長い溜息と供に平常を取り戻していく。

「しばらく逢っていなかったからではないか?寂しくて怖い夢を見たのだろう」

動いていた手が止まり、からかうような声がする。

「その通りですわ」

冗談で言った事に真面目な答えが返ってきて、尚隆は体を引き起こしてを見た。

「寂しかったのだと…思います。今日もお逢いしたくて、早めに切り上げて参りました。あ、あの、尚隆さま?」

自分で言った事が恥ずかしいのか、頬を染めながら言うに、尚隆はなんだと返して見つめていた。

「御公務のほうは?もう終わりになられました?」

「なんとかな…」

げんなりしたように言った尚隆は、の上に倒れこんでしまった。

軽く腕を回しながら、は小さく笑う。

「お疲れでございますね。もうお休みになったほうがよろしいのでは?」

「そうだな。だが、約束が残っておる」

「約束?明日ではいけない約束なのですか?」

「宮城に帰ってからと、確かに聞いたように思うのだが?」

「あ…」

その事だったのかと、今更ながらに思う。

だが、そうなる事を予測しなかった訳ではない。

は僅かに頷いて尚隆を見上げる。

すっと尚隆の指が唇をなぞり、そのまま頬にあてがわれる。

ゆっくりと瞳を閉じたは、近付いてくる顔の気配を感じ取っていた。

暖かい唇の感触が、手の添えられていない頬に触れ、次いで唇に触れる。





びいいぃぃいん





再び弦の切れるような音が耳元で鳴った。

だが、は体を動かさずに、それに抵抗しようとした。

そのまま無視を決め込み、気がつかぬふりをする。

尚隆の唇はの首筋に移動していた。

優しく移動していく感触に、は今まで体験した事のない世界に、踏み込もうとしている事を知る。

もう、どちらも何も言わない。

ただ布の擦れる音だけが、僅か房内に響く。

鎖骨をなぞっていくような舌の感触があり、少し身を縮めたの肩に、そっと手が置かれる。

置かれた手から温もりが移り、力が抜けていくのを感じていた。

すっと腰紐が解かれ、胸元が肌蹴ていく。

身を捩ったの肩から衣が滑り落ち、尚隆の手が肩に当てられて温もりを伝えていた。

鼓動は落ち着かず、その振動で体が動いている気さえする。

身を任せるつもりでいるのにも関わらず、やはり少し萎縮してしまう。

怖い訳ではなかったが、全身に再び力が入っていくのを、どう抜けばいいのか判らなかった。



囁くように呼ばれたは、薄っすらと目を開く。

愛しい相貌を瞳が捕らえ、幸福感に包まれていった。

「尚隆さま…」

固まっていたはずの腕をあげ、頬に手を添えると、尚隆の手が上から重なる。

握られた手は尚隆の頬から離れて行く。

手の動きと供に与えられる口付け。







びいいいいぃいぃぃいいいんん







今までで一番大きく鳴り響いた音に、の体は硬直する。

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

尚隆の動きが一瞬止まり、じっと動かないを見ていた。

「どうした?」

「…」

?」

「いえ…何でも…」

「大丈夫か」

「はい」

まだ落ち着かぬのだろうかと、動きを止めて抱きしめる。

腕の中で動かぬ体は、白い肩を露にしていた。

その肩に唇を当て、しばらく待ってから胸元に移動する。

ぴくりと動く体を宥める様に、優しく解すような動きを与えていく。

漏れる息が甘く変わっていくのを感じ取り、体を起こして唇を奪う。







びいいいいぃいぃいぃいいん







一度離した唇を再び寄せて口付けた。







びいいぃいぃいいぃいいいん







「つっ!」

耳がびりびりと鳴り、頭に割れるような痛みが走る。

の振動で跳ね除けられた尚隆の体は、両腕を支えにして浮き上がる。

腕の間で頭を抱えたが、のた打ち回っていた。

、どうした」

「うっ…」

小さな呻きの直後、の力が全身から抜け落ちるのを感じた。

ぱたりと落ちた手の音に、尚隆はそちらを見る。

暗闇に薄く光るような白い手が、力もなく投げ出されていた。

素早く口元に耳を寄せると、静かな呼吸が聞こえている。

安堵の息を漏らして、の顔に手を当てると、びっしりと汗をかいているのが分かった。

気を失ったのだと、それから伺える。

「…何が起きている」

誰に問うでもなく言った声の飛沫は、闇夜に吸い込まれてその姿を消した。



続く






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              美耶子