ドリーム小説




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麹塵の袍


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しばらくして、は鸞を手に戻ってくる。

王の在所まで持って行くつもりであったが、王はその場に留まって待っていた。

「まあ主上。正寝の方までお持ち致しましたのに…」

「え?あ、ああ…うん。ありがとう」

「これからは使いを下されば、すぐにでもお持ち致しますわ」

「うん、そうする。ありがとう」

王はそう言うと鸞を受け取り、その場から去ろうとした。

しかし、すぐに足を止めてを振り返る。

「雁まで、何日で行くのかな?」

「雁でしたら三日ほどで…」

最後まで言えずに、は何かを思いだしていた。

確か、現在の王は雁の禁軍を借り受けて、偽王の乱を鎮めたと聞いた。

では、雁国へ飛ばす鸞、受取人は延王であろうか。

「雲海の上でしたら…」

「ああ、いい。下だから」

「雲海の下でございますか?」

「うん、雁の大学に友達がいて、そこに放つから」

「さようでございましたか。差し出がましいことを申しました」

「いや。…そんなに堅くならないでほしいな。大卜のような若い官吏は少ないから、もっと気さくにしてくれるとありがたい」

そう残すと、鸞と供に梧桐宮を後にする主。

「複雑な感情が渦巻く瞳。主上…」

まさに様々なものが、内から見え隠れしている。

それに加えて、やはりこちらにあまり馴染みがないのか、言動に戸惑いを色濃く感じる。

それが分かっているのか、ちらりと弱気な感情が見え隠れしていた。

そうなると、前王を思い出さずにはいられない。

「大卜」

再び、落ちくぼんだ所に陥りそうになっていたは、呼ばれた事によって急激に浮上するような錯覚を覚えた。

金波宮に戻って四日が経過していた。

一番逢いたい人物の声が、その背後から聞こえたのだった。

大卜と呼ばれたのは、いつ以来だろうか。

「台輔…」

表情を取り繕う為に、しばらく振り返る事が出来なかった。

「先程主上が来られたと思うのだが」

急激に心の膨らみがしぼんだのを感じた。

予王を思い出したのだ。

西宮に逃げてきた王を追って、宰輔がやってくる。

その繰り返しを何度見たことだろう。

日増しに見るのが辛くなっていく光景を思い出したのだった。

「先程参られましたが…今はもう正寝かと」

「そうか」

振り返らないまま言ったは、そのまま踵を返す宰輔の音を感じ取っていた。

それが一層切なく心に痛い。

「大…いや、

改めて名を呼ばれて、は驚いてしまった。

背をむけたままの景麒に、驚愕の表情を露わにしたまま固まっている。

「今宵、お時間よろしいか」

「え…」

「忙しいのなら、いつでも構わないのだが…」

そう言うと、振り返る宰輔。

目が合うと、首を振っては言った。

「いえ、大丈夫です!」

「では今宵」

「はい」

深く頭を下げたの先で、宰輔が去りゆく音が小さく聞こえていた。
























言われた通り、宵の頃。

西宮を退出してきたと、仁重殿に戻る景麒は偶然にも合流する事ができた。

そのまま仁重殿へ戻る宰輔に従い歩いていく。

それもまた、に様々なものを思い起こさせた。

王に何か生き物をと言った事もあった。

諷詠が蓬山に居ると聞かされたのも、景麒の房室ではなかっただろうか。

やがて懐かしい房室が現れる。

今も変わらず、同じ場所にいるのだと思うと、何やら不思議な感じがした。

「不思議ですか?」

見透かされたのか、房室に入った直後、そのように質問が飛んできた。

「ええ、少し…。懐かしさもございます」

頷いた景麒は昔のように、座るよう言った。

向かい合って座ってしばらく、景麒はぽつりと呟く。

「あの時は、まだ舒覚様がご健在であった」

以前、が来た時の事を言っているのだろう。

「あれからもう何年か…」

「随分経つようでもありますし、ほんの先日だったような感覚もございます」

景麒はそれに頷くと、しばらく沈黙を守った。

ややして静かに言う。

「わたしはここで…失道と言われる病にかかった」

突然言い出した景麒の言に、は目を見開いた。

「失道…」

が宮城を出ていた時だ。

噂には聞いていたが、当の本人から聞くと、やはり現実感が生まれる。

それに伴う苦しみもだ。

「お辛い時期だったのですね…」

「病に冒されて苦しかったのは、王を失う可能性が日々増えていると言う事実。辛いと言えばそれか…」

しかし、と景麒は続ける。

「それよりも、がこの腕の中で動かなくなった時の方が、心に受けた痛手が大きいと感じた」

さらに驚いてしまったは、ただ食い入るように景麒を見つめる。

「青い罌粟に守られていた…あの場所で見たを忘れることができない」

どれほど嬉しかったか、どれほど天に感謝した事か。

しかし景麒のその思いは音にならず、ただ瞳の中で静かに揺れていた。

変わらぬ表情の中に、微かに浮かんだ喜びを感じ取るのは通常なら無理だろう。

しかしには充分だった。

その心根が嬉しく、込み上げてくるものを止める事が出来ない。

「台輔…」

卓子に涙が落ち、小さな水泡を作り出していた。

かたりと鳴る椅子の音が聞こえたが、顔を上げることが出来ず、ただ溢れるものを押さえ込もうと必死になっている。

ふいに、肩に置かれた手。

直後、その手は優しくを包む。

「台輔…台輔」

振り返るとしがみつくように腕を伸ばし、その胸元に顔を埋めて泣く。

戻ってくる事が出来た喜びを、全身で感じていた。

































その数日後、即位の儀があった。

かつてないほどの大きな歓喜が、金波宮を包んでいる。

時折聞こえる溜息すら、かき消されるほどであった。







「それにしても、ご立派でしたね」新しく入った春官の若い官吏が、やや興奮気味にに言った。

「ええ、とても凛としておられて。今度の主上は、どこか凛々しさがございますね」

「わたくしは前王を存じあげませんので、比較することは叶いませんが、大卜の言われることは分かるような気が致します」

「先の王…予王は強さにこそ欠けておりましたが、とても慈悲深いお方でした」

「さようでございましょう。我々に台輔を残してくれたのですから」

「ええ…本当に」

それこそが、一番感謝すべき事だった。

国民としても、一人の女としても。

偽王の乱の関係か、即位式までに随分と日があった。

このまま冬至を越してしまうのではないかと囁かれていたが、さすがにそれはなかったようだ。

「春官あげての、忙しい時期が参りましたね。まだまだ覚えねばならない事もございましょうが、今しばらくは祭祀に向けて専念しましょう」

「はい」

小気味よい返事を聞きながら、は梧桐宮を後にする。

春官府に赴き、大宗伯や他の春官と、祭祀についての合議が待っていたのだった。



続く






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次回、王と対面。

少しお話をします。

             美耶子