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麹塵の袍


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梧桐宮は少しずつ人員を取り戻していた。

祭祀を迎えて慌ただしく日々が過ぎていたが、それを振り返っている余裕がなかった。

冬至が終わると郊祀が待っている。

郊祀が終わっても、まだ祭礼は続くのだった。

「だ、大卜!お聞きになりましたか?」

鶏人が駆け込んできたのを見やり、は静かに問いかけた。

「あなたが慌てるような事柄なのでしたら、まだ何も知りませんが。何があったのですか?」

「た…太宰が謀反を…」

「…。何ですって?」

浮ついていた気分が、一気に萎えていくのを感じた。

「しゅ、主上は…」

「あ…ええ。それはご無事でございます。行動に移す前に発覚したもようです」

鶏人が言うには、太宰の自宅から武器が出てきたとの事だった。

「まさか、太宰が…そのように見えませんでしたが…」

「それがですね…それだけではなかったのです。どうやら三公も共謀していたようで。さらに裏には麦州侯が見え隠れしていると言うことです」

「麦州侯が?何故そこで麦州侯が出てくるのです?」

「さあ、そこまでは分かりませんが…ただ、麦州侯は偽王に組みしなかった唯一の州侯ですが、玉座を狙ってのことと噂が囁かれております」

「まあ、そうでしたか…やはり分からないものですね」

「分からないとは…?」

「ええ、昔からそうなのですが、私には何が本当か分からないのです。実際に他の方を存じあげませんから、当たり前のことかもしれませんが」

内宮に勤めるにとって、他官府の者は疎遠である。

大宗伯ぐらいであろうか、よく会うのは。

しかし春官の枠から出ないでいる。

冢宰について、大宗伯から良い意見は聞かない。

周りからもだが、それは春官であるからなのかもしれなかった。

実際、大宗伯と太宰は同じ派閥だと聞いている。

その太宰が謀反を起こしたのだから、もうには判断すべき材料がない。

どこか本当なのか、誰が正しいのか。

畢竟、やはり自らの判断を信じるしかないのだ。

「我々はこの麹塵の袍を着る者として、ただ実直に日々の政務をこなしてゆくしかないのですわ。周りに踊らされぬよう、自らの心に問いながら」

「はい…肝に銘じておきます」

































王が梧桐宮に来たのは、そんな話の後だった。

鶏人共々、慌てて膝を折って伏せる。

「主上。鸞でございますか?」

「うん、そうだな。延王に少し頼みたいことがあって」

「ではすぐにご用意致します」

「うん、頼む」

鸞の手配を指示すると、再び王に向かって言う大卜。

「お持ち致しますので、主上はお戻りになっても結構ですわ」

「…そうか。うん、分かった…」

何か言いたそうな表情に、の視線が動く。

翠の瞳を見つめると、不思議な思考が見えた。

「あ…主上」

見えた思考のせいで、思わず声をかけてしまった。

「うん?」

何気ない動作でを見る王に、伺うような顔で問う。

「少し、梧桐宮をご覧になりますか?」

「え?いいのか?」

「もちろんでございます。お忘れですか?ここは内宮でございますよ」

「あ、ああ…そうだな」

先だって歩きながら、は微笑んで言う。

「他官府の事は存じ上げませんが、梧桐宮であればお好きな時に仰って下さいませ。いつでも門を開きましょう。さあ、まずはこちらをご覧下さい」

大門のような扉を開き、中に王を招き入れると前方を指す。

「ひょっとして…白雉?」

「はい。この白雉はすでに一声鳴いております。その時私はおりませんでしたが…でも、他の王の一声は聞いております。二声も…」

「二声はひょっとして…予王?」

「いいえ。さらに前の王ですわ。むしろ、一声を聞いたのが先の王です。二声を聞かなかったのは、女の国外追放が出されていたからです。すでに仙籍におりませんでし…」

そこまでが言った時、扉から声がかかる。

「大卜、こちらにおいででしたか」

鸞を手に持った官吏がそこには立っていた。

「まあ、申し訳ございません。うっかりしておりましたわ。鸞に用事がおありでしたのに、連れ廻してしまって…」

忘れていた事実に、は少し赤くなりながら謝罪した。

しかし王は笑って言う。

「いや、中を見てみたいと思っていたから、気にしなくてもいい。それよりも、楽しかった。ありがとう」

「いつでもお越し下さい。もちろん、ご用命があればお呼び下さっても結構です」

「うん、ありがとう。わたしと話していて、溜息をつかなかった官吏は、大卜が初めてかも知れないな」

「そんな、まさか」

「それが本当なんだ。一番溜息が多いのは景麒だけどな」

「台輔の溜息は気になさいますな。ご自分につかれている時もありますから」

「自分に?何故?」

「そうですね…上手く言えないのですが、ご自分が表現したい事を、言葉に直すのが苦手な方ですから。瞳に感情が表れるだけで、分かり辛い事もございましょう。言ってしまった事に対し、勘違いをさせてしまうこともあるのです。それに気付いたとき、何故そう言ってしまったのだろうかと後悔なさるのです。だから溜息が出るのです、ご自分に」

「まったく、分からないことだらけだ。おまけに言うことが簡素でますます分からない。だが…」

ふと、王の口が閉ざされた。

はじっと次の言葉を待つ。

「わたしは景麒がいないと何も分からない。こちらの常識すら、わたしにはない。何が大切なのか、何が国にとって一番いいのか、分からない事だらけだ」

「主上…」

「民のことを何も知らない。この国の事を、この世界の事を何も知らないから」

「そうですか…主上は蓬莱から来られたのでしたね。私が蓬莱の事を何も知らないように、主上も慶の事が分からないのですね。民の声を聞くことが出来たら、少しはお考えも変わりましょうが…」

「そうだな…」

二人はそれを最後に、口を閉ざした。

静かな宮は気まずい雰囲気を伝えている。

それをうち破ったのは、やはり静かな大卜の声だった。

「烏鳶の卵毀らずして、後に鳳凰集まる」

そう言って王に微笑みかける。

烏鳶(うえん)の卵毀(やぶ)らずして、後に鳳凰集まる。

慈悲深い政を行っておれば、良い臣下が自然と集まってくると言う意味を持つ。

「主上には今、信頼出来る人物が台輔お一人とか。それではあまりにも少ない。すぐにとは言えませんが、後々良い官が集まって参ります。今の朝廷にはいないかもしれませんが、きっと現れます」

「そうか、そう言ってもらえると少し心強い」























そんな会話の後だった。

数日は経過していただろうか。は大宗伯に呼ばれて、春官府を訪れていた。

「大卜、たった今より大宗伯に命じる」

「だ…大宗伯?」

大宗伯に問いかけたのか、あるいは驚いてただ連呼しただけなのか。

「今朝の朝議で、勅命が下った。麦州侯及び三公は国外追放。もちろん罷免の上でだ。亡くなった太宰に変わり、冢宰がその任に就いた」

「冢宰が太宰に?」

「そうだ。それらに伴い、わたしと大司寇、それに大司徒が三公に就任し、台輔がしばらくは冢宰を兼任なさる」

「台…え?」

驚いたはそのまま絶句してしまった。

台輔が冢宰を兼任するなど聞いた事がなかったし、自分が大宗伯とは理解に苦しむ。

「大宗伯…その、一時的な事でございましょう?」

「今は何とも言えない。しかし空いた六官の席は、それぞれの長に任せるとのお言葉であったので大卜に任せたい」

「大卜から大宗伯へなど…飛び越え方にも限度がございます。誰も納得致しませんでしょう。私には春官長など無理でございます」

「何か困った事があれば、いつでも相談に来てくれて構わない。全面的に協力はする。正直に言うと、他に適任がいない。大卜以外に、信頼出来る者がいないのだ」

「え…」

「春官と言えど、冢宰を支持する者もいる。ひいては和州侯を支持する者や、賄(まいない)を受け取る者もいる。それを今の主上に申し上げても、悩みの種を増やすばかり。今しばらくはと思っていたが、こうなっては統制が崩れかねない」

「何故、私なのですか?」

「大卜の信条を知っているからだ。不正な行いを良しとせず、これまで自らの判断で回避してきた。私利私欲に走る事なく、またそれらの誘惑に陥る心配は極めて少ない。これが理由だが」

大宗伯のその言葉を聞いて、はようやく目前の人物を信じる事が出来ると思った。

真正面から瞳を見据え、偽りのない言を繋ぐ。

それが信頼に値しないのだとすれば、の信じてきたすべての事柄が崩れてしまうだろう。

何故今までそれが出来なかったのだろう。

「お許しが出れば、必ず大宗伯にお戻り下さいますね?」

「…勅命であれば従おう」

複雑な表情でそう言った大宗伯を、はじっと見つめる。

しばらくしてから大きく頷き言った。

「では、大宗伯のお留守の席、しかと守らせて頂きます。私に出来ることは僅かですが、ご指導賜りたく存じます」

「頼む。大宗伯に立てば、様々な働きかけがあるだろう。だが、これまでの信条を貫き通し、決して良心に悖らないように心がけて欲しい」

「それは大宗伯、もちろんでございますわ」

「もう、大宗伯ではない。大卜…いや、大宗伯。春官を頼みましたぞ」

「…はい」

そう言った会話の直後、簡単に引継が行われた。

の政務の場は内宮から春官府へと移り、西宮を任す者として鶏人を新たな大卜に据える。



続く






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大宗伯になっちゃった…

                美耶子