ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
麹塵の袍 =15= 翌日。
初めて出席する朝議である。
麹塵の袍を着たは、緊張した面持ちで外宮へ向かった。
朝堂に入ると、元大宗伯がすでに来ており、に気が付いて手招く。
隣に移動すると、小声で説明がなされる。
まずは元大司寇と元大司徒から始まり、元冢宰であり、現太宰の靖共を教えられる。
次いで大司空と大司馬を説明された。
しかし誰が反靖共の派閥である等と言った説明は一切なかった。
自らで判断せよと言うことなのだろうか、よほど信頼されているのか、あるいは試されているのかもしれなかった。
いずれにしろ、張りつめたような空気が漂っている。
と同じように説明を受けている者が二名いたが、それは新たに命じられた大司寇と大司徒だろうと予想した。
全員揃ってしばらく、鐘を合図に移動し、朝議が開かれる。
空の玉座の横に、台輔兼冢宰の景麒が立って、段上から一同を見下ろす。
一瞬、に目を止めたが、それはすぐに移動して沈黙が訪れた。
もちろん、の存在に景麒は驚いていた。
瞳に一瞬だけ現れてしまったが、遠くて分からなかっただろう。
しかし景麒のそんな行動よりも、全員の興味はその隣にあった。
つまりは、空の玉座。
誰もが隣り合った者に目配せし、小さな囁きが漏れていた。
それが分かったのか、景麒の口から説明が成される。
「主上は今朝宮城を発ち、政を学びに雁へと向かわれた」
ざわつきが少し大きくなった。
「しばらくはお戻りにならない」
さらにざわつきが大きくなる。
そのざわつきの中に、ちらほら予王の名が出ている。
も一瞬、予王の顔が過ぎった。
王が宮城から離れる。
またかと思わざるを得ない。
「主上…」
唖然とその様子を見ていたは、小さく呟いた自らの声に我を取り戻した。
ふと段上を見上げれば、宰輔の視線とぶつかる。
遠くてその瞳が語るものは読み取れない。
新しく任命された大司徒と大司寇は、すでに火花を散らせている。
飛び交う意見を聞きながら、は何も言わずにその様子を見ていた。
「ふう…」
朝議が終わって、春官府に戻った。
すでに内宮に居場所はない。
よって宰輔と遭遇する可能性は皆無に等しかった。
それを思うと、途端に意気地が消えそうな錯覚を覚えた。
この先、本当にこれでやっていけるのだろうか。
元大宗伯がその任に戻ってくる時期など、まるで見えなかった。
そして数日が経過した。
は大宗伯になってからと言うもの、今まで以上に様々な官府の者からの誘いを受けるようになった。
どうやらどちらかの派閥に入れたいようだ。
いずれにしても、必ず名のあがる人物がいる。
もちろん、元冢宰である靖共の名だった。
その出方には恐ろしいまでの落差があったが、朝議で様子を見ている限り、その考えに賛同する事は出来ないと思っていた。
しかし、反靖共派の意見も、全部を鵜呑みにする事は出来ない。
実際が見た訳ではないし、判断材料が増えたとは言え、まだ日数もさほど経過していない。
それをすぐに引き込もうと動いたやり方には、双方ともだが賛同しかねる。
畢竟、中立の立場が善策なのだが、それがなかなか難しい事だった。
そうこうしている内に、宰輔までが雁に向かってしまった。
王の御璽をもらいに行ったのだが、これもしばらくは戻ってこない。
王も宰輔もいない朝議。
宰輔が冢宰を兼任しているが為、冢宰もいない状態では、朝議を開いても意味がなかった。
喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合って纏まらないのなら、始めから開かない方がよい事もある。
朝議が行われなくなってから、すでに十日以上が経過していた。
その日は新しい大卜に呼ばれて梧桐宮にいた。
雉の様子がおかしく、現大宗伯でなければ解明しない事態が起こっているとして、呼ばれていたのだった。
もちろん、そんな事は一切なかった。
まだ少ないとは言え、最低限の人数が戻っている。
ただ鶏人の計らいであった。
梧桐宮はその日も静かに、穏やかな時が流れていた。
はその流れの中で、久しぶりに羽を伸ばしたような気分に浸っていた。
ゆったりと梧桐宮を周り、霊鳥たちの様子を観察して、そろそろ退出して春官府に戻ろうかという時だった。
何やら西宮の外が騒がしい。
何事かと足を進めていると、金色が奥の方に見えた。
「台…輔!」
金と一緒に見えたものは、赤いものだった。
数人の天官が景麒から離れ、何かを抱えて去っていった。
残った二名の天官が、中腰で様子を窺っているようだった。
しかしの位置からは、角になっていて景麒が見えない。
「何をしているのです!早く血をお取りしなければ…」
言いながら歩みを進め、角を曲がりきった所で言が途切れた。
景麒は人の形をしていない。
本来の神獣姿で、苦しそうに息をついている。
肢体は曲げられ、ぐったりとしており、立てないどころか、もはや声も出ないようである。
獣姿の台輔を、女官が運べるようには見えない。
とっさに踵を返したは、一番近い房室の扉を開けて中へ入っていった。
適当な布を引き裂いて、再び景麒の許へと走り、布で胴を覆いながら語りかけた。
「台輔、人型にお戻り下さい。どうか、私に台輔を運ばせて下さいませ」
苦しそうに頷いた直後、奇妙に変形して縮んでいく。
見慣れた相貌が現れると、まっさきに体を起こして肩を貸した。
その様子を見ていた天官が慌てて動き、両脇を支えて移動を始めた。
|