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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜


=10=



夕刻、戻って来たに、利達が訪ねて来た事を告げた。

身振り手振りを交えて、もう帰ってしまったとなんとか伝え終わると、はがっかりした様子を見せる。

しかしすぐに気を取り直し、何か仕事はないかと聞いてくる。

女将は微笑んで手招きし、を座らせた。

「いっそここに居てくれりゃあ、嬉しいんだけどねえ。さ、これをお食べ」

大福をに手渡し、食べるように言う。

「わあ、ありがとうございます」

座ったまま頭を下げたは、おいしそうに大福を食べ始める。

食べろと言われた事しか分からなかったが、気落ちした様子を少し出してしまったので、気を遣ってくれたのだろうと思い、は女将に感謝していた。

食べ終わると再度仕事はないかと聞き、ないと言われると厨房へと向った。

客に出す夕餉の用意が始まっており、は洗い物をしますと、拙い言葉で告げ、了承を貰うと鼻歌交じりに器を洗い始めた。

海客と言う事は舎館の者全員が知っており、言葉があまり通じない事も分かっていたが、こうやって時間が空くと手伝いに来るに、厨房の者達は好感を抱いていた。

。これは何か覚えたか?」

魚を指して問いかける厨房の男に、は洗い物をしながら答える。

「さか…な?」

「そう、魚だ。じゃあこれは?」

「ほうちょ」

どっと起きた笑い声に、自分の間違いを知る。

「ほうちょ、じゃない?じゃあ、ふうちょ?」

「包丁だ、包丁」

「ああ、ほうちょう…包丁ね!」

「そうそう」

そんな風にして、言葉を教えてくれる者が大勢いた。

面白がっている風はあったが、それでも悪心からではない。

仲間として認めてくれているのが分かったし、何も辛いとは思わなかった。

「これは、蔬菜(やさい)でしょう?で、これは…えっと…あ、まな板ね」

「そうだ。覚えるの早いな」

「あれは湯菜(しるもの)で、あれは湯気?合ってる?」

「合ってる合ってる」

ほっと息を吐きながら、最後の器を洗い終えた

「配膳します!」

習っていない言葉だったが、昨日配膳していた人物のいった言葉を、覚えていたのだった。

「お!分かるのか?」

「教えて下さい」

にこりと言ったに、厨房の者が三人ほど寄って来て、配膳の方法を伝授していった。

「こう綺麗に散らすんだぞ。固めてはいけない。おいしそうに見せなきゃな」

「おいしいそう?綺麗に…固めて…」

言われた言葉を連呼しながら配膳を進め、何を言われているか理解した頃には綺麗に終わっていた。

「では、持って行きます!えっと…失礼致します、ごゆっくりどうぞ?」

「そうだ。じゃあ頼んだぞ。二階の角の房室だ」

「ええっと…二階、角の房室ですね」

親指を立てて頷く厨房の男に、はやや緊張気味の表情を見せて盆を持った。

一人分の食事を乗せて、足元に注意しながら二階に上がる。

「どうぞ何も質問されませんように」

ぎゅっと目を閉じて、半ば祈るような気持ちでそう呟いた。

深呼吸をして、扉に手をかける。

「失礼致します」

からりと扉を横に滑らせて、は房室の中へと進んでいった。

すっと丁寧に扉を閉める。

うやうやしく見えるように気を遣い、中で待っていた人物に、自らの配膳したものを並べた。

料理の説明でも出来ればいいのだがと思いながら、は無言のまま並べていく。

やがてすべてを終え、退出しようと立ち上がった時、その人物から声が発せられた。

「ここにって人はいるかな?」

質問が来た、と思ったが、理解できる言葉に加え、自分の名が出た事によって、は声の人物を見たまま、しばし固まっていた。

声を発した人物は、笑みを湛えた若い男だった。

「あ、あの…」

しばらくしてようやく口を突いて出た言葉は、それだけだった。

「ん?いないのかな?」

「あ…いえ。は私ですけど…」

「え?ああ、ごめん。そうか君が…うん。なんでもないんだ」

なんでもないと言われたが、何故自分の名を知っているのか不思議に思う。

「あの、どこかでお会いしましたか?私の記憶の中にはないんだけど。だって、言葉が分かるもの。言葉の分かる人に出会ったのは、これで三人目よ」

「ああ、わたしは仙籍にあるからね。そうか、君は海客?」

「ええ、そうです。何故私の名を?」

しばしの沈黙の後、柔和な笑みの男は答える。

「さっき舎館の外で、と言う働き者が居ると女将が。その人物を見たくなって、この舎館に決めた」

「それはまた変わった事をしますね」

「そうかな?」

「うん。かなり変わってる」

「よく言われるよ」

「そうなの?お兄さんは旅の人?」

「さっきまではね」

「さっきまでは?今は?」

「今は帰ってきたよ。隆洽に住んでいるからね」

「じゃあ地元の人なんだ。どうして舎館になんか泊まるの?」

「働き者がいるって聞いたから」

「え?それだけで泊まるの?ここに?」

「そうだよ」

にこにこと笑みを絶やさない男に、は首を捻り始めた。

働き者がいると聞いて、わざわざ住んでいる所にある舎館に泊まる感覚というのが、には理解出来なかった。

「こちらの人は、住んでいる街の舎館に泊まるのは、普通の事なの?」

「いや、私が変わっているんだろうね」

「やっぱりそうなのね」

呆れたように見るに、男は笑った表情のまま、さらに笑った。

「不思議な人。なんだか視察されているみたいだわ。で、私を見た感想はどうですか?働き者かしら?」

「うん。さすがに分からないね、これだけでは。でも、良い感じのお嬢さんだ」

「あら、そんなに変わらないように見えるのに、お嬢さんだなんて。やっぱり変わった人…あ、ううん。仙籍に入っているのよね?だったら外見で判断は出来ないんだった…。お兄さんも六百歳だなんて言わないわよね?」

「よく分かったね。それぐらいの年だよ」

利達の言った通り、他にも居たのだと思ったが、先ほどから笑ったままの顔が妙に疑わしい。

「本当に六百歳?」

「疑っているね。それは本当だよ」

「それはって事は、他に嘘をついているって事よね」

「…なかなか鋭いね」

言われたはすっと立ち上がった。

そのまま扉に向かい、房室を出ようと扉を開ける。

「気を悪くしたかな?」

背後からかかる声に、は振り返って笑顔を見せた。

「少し時間を下さいね。何が嘘か見破るから。仕事に区切りがついたら、また来てもいい?」

「もちろんだよ」

そっと扉を閉めた

謎かけのようで面白いなと思いながら、厨房に戻って行った。

少し時間をかけ過ぎたかと思ったが、何も言われずに、厨房の中は慌しく稼動していた。

「次は何処に持っていきましょう?」

中に声をかけると、忙しそうにしていた一人が振り返って言う。

「お、次は一階の端から三番目の…難しいかな?」

「一階の端から三番目?西から?東から?」

「お、分かるのか。西だ。西から三番目の房室に、三人前だ」

「はい!」

元気よく返事をしたは、持てるだけを持って再び客室へと進んだ。

先程の事を考えながら歩き、扉の前では深呼吸をして気持ちを切り替える。

そんな事を繰り返して、全部の料理を運び終えた。

「お〜、お疲れさん。、賄いだ」

ひと段落ついた厨房の者達と、輪になって食べ始めた

次々と新しい言葉を教えてくれる厨房の者と、楽しい食事を終えた。

やがてその場は散会となり、は一日の仕事が終わったと告げられた。

舎館の仕事はまだあるのだが、一応時間が決められており、は早朝からの勤務だった。

朝一番に起きる変わり、夜は早く終わるのだ。









客室に向いながら、は考えていた。

嘘について、考えていたのだ。

「お客さん、起きていますか?」

扉の前で声をかけると、すぐに返事は返ってくる。

中に入ると、寛いだ先程の男が居る。

「やあ、もう終わったのかい?」

「ええ。ねえ、お兄さんはなんて名前なの?」

「ん?どうして名を?」

「そっか。へっへえ、分かっちゃった。ね、ここに泊まる理由が嘘なんじゃない?」

半ば寝そべっていた体を起こした男は、座りなおしてを見た。

「どうしてそう思ったんだい?」

「だって、どう考えても変だもの。ここに住んでいて、舎館に泊まる理由が分からないわ」

「そうか。やはり鋭いね」

「でね、女将さんが、わざわざ外を歩いている人に向って、って働き者がいるよ、なんて言わないと思うの。そんな客引き、見たことないし、うちは客引きなんてしないもの」

「うん。なるほど」

「だったら、そんな事を聞けるはずがないの。私はまだここに来て間もないし、噂になるほどの事もしていないわ。それなら、女将さんが誰かと私の話をしていたのを、聞いたって事になるわね。どこで聞いたのかは分からないかわ。でも、同じ舎館を経営する人と、最近入った従業員の話をしていたか、あるいは私を訪ねて来た人と話をしていたか、そのどちらかなのね」

「どちらだと思うんだい?」

「名乗らないのなら、後者ね」

「…それは、何故?」

「お兄さんの名が、私を訪ねて来た人との共通点を現すから、ではないかしら?家族かなにか?」

男はしばらくの沈黙のあと、額に軽く手を当てて言う。

「参った。素晴らしい洞察力だよ。兄さんを見かけてね。女性を訪ねて来たらしいんで、珍しくなって様子を伺っていたんだ」

「兄さん?利達の弟さん?」

「そう。利広と言う。名乗らなかった理由まで当てられるとは、恐れ入ったよ」

「ふうん。やっぱり弟さんがいたのね」

「ん?」

一人納得したに、利広は首を傾げる。

「あ、ああ。ごめんなさい。あのね、私、利達に助けられてここにいるの。出会ったのは港で、その時利達はお土産を家族に買っていたのね。それを一緒に見ていたんだけど、その時ね、利達が言ったの。若い女性用に二点、年配の男性用に一点。若い男…ああ、これはいいか。帰っていないだろうからって。それで、いつも家を空けている弟さんが居るんだって思ったの」

「本当に鋭い…」

そう漏らした利広は、感心したようにを見た。

「鋭くなんてないわよ。誰だって考えれば分かることだもの」

そうかな、と利広は顎に手を当てて考える。

だが、やはり洞察力が人並み外れているのだろうとしか、思えなかった。

「君は面白い人だね」

「そう?一応褒め言葉として受け取っておきますね」

「もちろん、褒めたんだよ」

そう言って笑う利広につられて、も笑った。



続く






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弟君登場です。

兄上は今回名前だけとなりました☆

やはりこの方に認めてもらわないとね♪

                        美耶子