ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =10= 夕刻、戻って来たに、利達が訪ねて来た事を告げた。
身振り手振りを交えて、もう帰ってしまったとなんとか伝え終わると、はがっかりした様子を見せる。
しかしすぐに気を取り直し、何か仕事はないかと聞いてくる。
女将は微笑んで手招きし、を座らせた。
「いっそここに居てくれりゃあ、嬉しいんだけどねえ。さ、これをお食べ」
大福をに手渡し、食べるように言う。
「わあ、ありがとうございます」
座ったまま頭を下げたは、おいしそうに大福を食べ始める。
食べろと言われた事しか分からなかったが、気落ちした様子を少し出してしまったので、気を遣ってくれたのだろうと思い、は女将に感謝していた。
食べ終わると再度仕事はないかと聞き、ないと言われると厨房へと向った。
客に出す夕餉の用意が始まっており、は洗い物をしますと、拙い言葉で告げ、了承を貰うと鼻歌交じりに器を洗い始めた。
海客と言う事は舎館の者全員が知っており、言葉があまり通じない事も分かっていたが、こうやって時間が空くと手伝いに来るに、厨房の者達は好感を抱いていた。
「、。これは何か覚えたか?」
魚を指して問いかける厨房の男に、は洗い物をしながら答える。
「さか…な?」
「そう、魚だ。じゃあこれは?」
「ほうちょ」
どっと起きた笑い声に、自分の間違いを知る。
「ほうちょ、じゃない?じゃあ、ふうちょ?」
「包丁だ、包丁」
「ああ、ほうちょう…包丁ね!」
「そうそう」
そんな風にして、言葉を教えてくれる者が大勢いた。
面白がっている風はあったが、それでも悪心からではない。
仲間として認めてくれているのが分かったし、何も辛いとは思わなかった。
「これは、蔬菜(やさい)でしょう?で、これは…えっと…あ、まな板ね」
「そうだ。覚えるの早いな」
「あれは湯菜(しるもの)で、あれは湯気?合ってる?」
「合ってる合ってる」
ほっと息を吐きながら、最後の器を洗い終えた。
「配膳します!」
習っていない言葉だったが、昨日配膳していた人物のいった言葉を、覚えていたのだった。
「お!分かるのか?」
「教えて下さい」
にこりと言ったに、厨房の者が三人ほど寄って来て、配膳の方法を伝授していった。
「こう綺麗に散らすんだぞ。固めてはいけない。おいしそうに見せなきゃな」
「おいしいそう?綺麗に…固めて…」
言われた言葉を連呼しながら配膳を進め、何を言われているか理解した頃には綺麗に終わっていた。
「では、持って行きます!えっと…失礼致します、ごゆっくりどうぞ?」
「そうだ。じゃあ頼んだぞ。二階の角の房室だ」
「ええっと…二階、角の房室ですね」
親指を立てて頷く厨房の男に、はやや緊張気味の表情を見せて盆を持った。
一人分の食事を乗せて、足元に注意しながら二階に上がる。
「どうぞ何も質問されませんように」
ぎゅっと目を閉じて、半ば祈るような気持ちでそう呟いた。
深呼吸をして、扉に手をかける。
「失礼致します」
からりと扉を横に滑らせて、は房室の中へと進んでいった。
すっと丁寧に扉を閉める。
うやうやしく見えるように気を遣い、中で待っていた人物に、自らの配膳したものを並べた。
料理の説明でも出来ればいいのだがと思いながら、は無言のまま並べていく。
やがてすべてを終え、退出しようと立ち上がった時、その人物から声が発せられた。
「ここにって人はいるかな?」
質問が来た、と思ったが、理解できる言葉に加え、自分の名が出た事によって、は声の人物を見たまま、しばし固まっていた。
声を発した人物は、笑みを湛えた若い男だった。
「あ、あの…」
しばらくしてようやく口を突いて出た言葉は、それだけだった。
「ん?いないのかな?」
「あ…いえ。は私ですけど…」
「え?ああ、ごめん。そうか君が…うん。なんでもないんだ」
なんでもないと言われたが、何故自分の名を知っているのか不思議に思う。
「あの、どこかでお会いしましたか?私の記憶の中にはないんだけど。だって、言葉が分かるもの。言葉の分かる人に出会ったのは、これで三人目よ」
「ああ、わたしは仙籍にあるからね。そうか、君は海客?」
「ええ、そうです。何故私の名を?」
しばしの沈黙の後、柔和な笑みの男は答える。
「さっき舎館の外で、と言う働き者が居ると女将が。その人物を見たくなって、この舎館に決めた」
「それはまた変わった事をしますね」
「そうかな?」
「うん。かなり変わってる」
「よく言われるよ」
「そうなの?お兄さんは旅の人?」
「さっきまではね」
「さっきまでは?今は?」
「今は帰ってきたよ。隆洽に住んでいるからね」
「じゃあ地元の人なんだ。どうして舎館になんか泊まるの?」
「働き者がいるって聞いたから」
「え?それだけで泊まるの?ここに?」
「そうだよ」
にこにこと笑みを絶やさない男に、は首を捻り始めた。
働き者がいると聞いて、わざわざ住んでいる所にある舎館に泊まる感覚というのが、には理解出来なかった。
「こちらの人は、住んでいる街の舎館に泊まるのは、普通の事なの?」
「いや、私が変わっているんだろうね」
「やっぱりそうなのね」
呆れたように見るに、男は笑った表情のまま、さらに笑った。
「不思議な人。なんだか視察されているみたいだわ。で、私を見た感想はどうですか?働き者かしら?」
「うん。さすがに分からないね、これだけでは。でも、良い感じのお嬢さんだ」
「あら、そんなに変わらないように見えるのに、お嬢さんだなんて。やっぱり変わった人…あ、ううん。仙籍に入っているのよね?だったら外見で判断は出来ないんだった…。お兄さんも六百歳だなんて言わないわよね?」
「よく分かったね。それぐらいの年だよ」
利達の言った通り、他にも居たのだと思ったが、先ほどから笑ったままの顔が妙に疑わしい。
「本当に六百歳?」
「疑っているね。それは本当だよ」
「それはって事は、他に嘘をついているって事よね」
「…なかなか鋭いね」
言われたはすっと立ち上がった。
そのまま扉に向かい、房室を出ようと扉を開ける。
「気を悪くしたかな?」
背後からかかる声に、は振り返って笑顔を見せた。
「少し時間を下さいね。何が嘘か見破るから。仕事に区切りがついたら、また来てもいい?」
「もちろんだよ」
そっと扉を閉めた。
謎かけのようで面白いなと思いながら、厨房に戻って行った。
少し時間をかけ過ぎたかと思ったが、何も言われずに、厨房の中は慌しく稼動していた。
「次は何処に持っていきましょう?」
中に声をかけると、忙しそうにしていた一人が振り返って言う。
「お、次は一階の端から三番目の…難しいかな?」
「一階の端から三番目?西から?東から?」
「お、分かるのか。西だ。西から三番目の房室に、三人前だ」
「はい!」
元気よく返事をしたは、持てるだけを持って再び客室へと進んだ。
先程の事を考えながら歩き、扉の前では深呼吸をして気持ちを切り替える。
そんな事を繰り返して、全部の料理を運び終えた。
「お〜、お疲れさん。、賄いだ」
ひと段落ついた厨房の者達と、輪になって食べ始めた。
次々と新しい言葉を教えてくれる厨房の者と、楽しい食事を終えた。
やがてその場は散会となり、は一日の仕事が終わったと告げられた。
舎館の仕事はまだあるのだが、一応時間が決められており、は早朝からの勤務だった。
朝一番に起きる変わり、夜は早く終わるのだ。
客室に向いながら、は考えていた。
嘘について、考えていたのだ。
「お客さん、起きていますか?」
扉の前で声をかけると、すぐに返事は返ってくる。
中に入ると、寛いだ先程の男が居る。
「やあ、もう終わったのかい?」
「ええ。ねえ、お兄さんはなんて名前なの?」
「ん?どうして名を?」
「そっか。へっへえ、分かっちゃった。ね、ここに泊まる理由が嘘なんじゃない?」
半ば寝そべっていた体を起こした男は、座りなおしてを見た。
「どうしてそう思ったんだい?」
「だって、どう考えても変だもの。ここに住んでいて、舎館に泊まる理由が分からないわ」
「そうか。やはり鋭いね」
「でね、女将さんが、わざわざ外を歩いている人に向って、って働き者がいるよ、なんて言わないと思うの。そんな客引き、見たことないし、うちは客引きなんてしないもの」
「うん。なるほど」
「だったら、そんな事を聞けるはずがないの。私はまだここに来て間もないし、噂になるほどの事もしていないわ。それなら、女将さんが誰かと私の話をしていたのを、聞いたって事になるわね。どこで聞いたのかは分からないかわ。でも、同じ舎館を経営する人と、最近入った従業員の話をしていたか、あるいは私を訪ねて来た人と話をしていたか、そのどちらかなのね」
「どちらだと思うんだい?」
「名乗らないのなら、後者ね」
「…それは、何故?」
「お兄さんの名が、私を訪ねて来た人との共通点を現すから、ではないかしら?家族かなにか?」
男はしばらくの沈黙のあと、額に軽く手を当てて言う。
「参った。素晴らしい洞察力だよ。兄さんを見かけてね。女性を訪ねて来たらしいんで、珍しくなって様子を伺っていたんだ」
「兄さん?利達の弟さん?」
「そう。利広と言う。名乗らなかった理由まで当てられるとは、恐れ入ったよ」
「ふうん。やっぱり弟さんがいたのね」
「ん?」
一人納得したに、利広は首を傾げる。
「あ、ああ。ごめんなさい。あのね、私、利達に助けられてここにいるの。出会ったのは港で、その時利達はお土産を家族に買っていたのね。それを一緒に見ていたんだけど、その時ね、利達が言ったの。若い女性用に二点、年配の男性用に一点。若い男…ああ、これはいいか。帰っていないだろうからって。それで、いつも家を空けている弟さんが居るんだって思ったの」
「本当に鋭い…」
そう漏らした利広は、感心したようにを見た。
「鋭くなんてないわよ。誰だって考えれば分かることだもの」
そうかな、と利広は顎に手を当てて考える。
だが、やはり洞察力が人並み外れているのだろうとしか、思えなかった。
「君は面白い人だね」
「そう?一応褒め言葉として受け取っておきますね」
「もちろん、褒めたんだよ」
そう言って笑う利広につられて、も笑った。
|