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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =15= 「分かったぞ!」
ある日、春官府に行くと、先日質問した男が待ち受けており、を見ると駆け寄ってきてそう言った。
「分かったのですか!?本当に?ありがとうございます!!」
の目前で立ち止まった男は、不思議そうな目でを見ていた。
「どうかされたのでしょうか?」
「なあ、知り合いなのか?本当に?」
「それはどうゆう意味です?何処の官府の方なのですか?」
男はしばし逡巡してから、重い口を開くようにして言った。
「何処の官府にも所属していない」
「何処の官府にも?では一体…」
「俺がその名を見たのは、過去の資料からだった。今朝それを思い出して確認してきた。才州国の…」
「才の方だったのですか?私はてっきり奏の…」
「待て、待て。いいから聞け」
「あ…申し訳ございません…」
焦るような気持ちがこれ以上ないほど込み上げてきて、は落ち着くために呼吸を整えた。
「いいぞ。もっと深く息を吸っておくのだな」
男はそう言うと、真剣な顔つきで語り出した。
「俺が春官府に配属されてすぐの頃、最初に与えられた仕事の時に、見た気がしたんだ。その時は、過去の記録を整理していたんだが、わりと新しい記録で…。才に新王が起ったのは知っているか?」
「二年前ですね。才に新王が起ったのは」
忘れはしない。
奏に向う海の上でも、その噂で持ちきりだったのだから。
が奏に着こうかと言う時、確か即位式が近かったはずだ。
まだ拙い理解力ではあったが、幾人もが同じ事を言い、中には身振り手振りで説明してくれる人もいたのだから。
「そう。隣国と言うだけではなく、先の采王の時代に奏へ、才の台輔が療養に来ていた事があったそうだ。台輔に付き添って来たのは冢宰に、その妻である大司徒」
「はい…」
それが利達とどう関係があるのだろうか?
才の台輔に近い存在だとでも言うのだろうか。
それとも冢宰か、はたまた大司徒か。
いずれにしろ、遥か上位の話である。
それらと肩を並べる事は難しい。
六官(りくかん)の一ともなれば、並大抵の事ではないような気がした。
しかしそうなると、会わないのも少し頷ける。
「詳しくは記述になかったが、その時沙明山にて、公主がお世話に向かわれたのだそうだ。その関係で即位式の際、奏から慶賀の使節がたった。その慶賀に向われたのは、太子だそうだ」
「公主がお世話をしたのに、太子が慶賀に向われたのですか?」
「そのようだな。詳しい経緯は分からないが、記録にはそうある。采王への使節として向われたのは、太子。公主ではない。号で言うなら英清君。それがお前の探していたお方だ」
「はい?」
何を言われているのか、理解に苦しむ。
太子が何だと言うのだ。
「太子だ、太子。奏南国太子、英清君利達さま。お前の探していると言ったお方だろう」
驚愕はゆるやかに訪れようとしていた。
「つまり…私の探す利達という名は、太子の御名であるという事でしょうか?」
やっと理解したに、大きな息を吐き出して男は言った。
「そうだ。だから聞いただろう。知り合いなのかと。太子はお二人だ。英清君利達さま、卓郎君利広さま、だな」
利広の名が出てきた事によって、の疑問は完全に崩壊された。
「でも…まさか!太子だなんていくらなんでも…」
「同じ名の別人だというなら、俺にはもう思い当たらない。だが…恐れ多くも太子と同じ名であれば、噂ぐらいにはなるだろうからな」
男はその言を最後に、その場を離れていった。
一人取り残されたは、呆然と立ち尽くす。
「利達が…太子…?」
それではどうやっても遭遇しないはずだ。
太子なら早々表に出てくる事はない。
宮城内での行ける場所は、外宮までだった。
しかし、王の一族は内宮に住まう。
太子は滅多な事では出てこない。
王であったのなら、頑張って昇格し、朝議で見ることも可能だろうが…。
「本当に太子?」
そう、太子は滅多に表に出ないはず。
それならば、何故あんな街中で出会う事が出来るのだ。
それに利達が買っていたものは、さほど高価なものではない。
あんな港町をうろついているのもおかしい。
「そうよ…首都から離れすぎよね。だってあそこはもう才に…」
采王即位時、慶賀の使節に向ったのが、英清君利達―――――
「その、帰りだわ…そんな…」
同じ位置で肩を並べるなど、まったく不可能だ。
「こんな結末って…ありなの?」
不思議な事に、涙は出てこなかった。
は毅然と頭を上げ、歩き始めた。
何処に向かうでもなく、ただ足を動かしていた。
広い宮城。
何度も夢に描いたこの走廊。
歩く利達の前に突然姿を現し、驚かせてやろうと思っていた。
肩を並べる事は出来なくとも、近くに行く事が出来る。
国を支える仲間として、一緒に何か出来ればいいと、そう思っていた。
しかし、それこそが虚構だったのだ。
近づく事は愚か、姿を垣間見る事すら難しいとは。
出来る事なら、何も知らないでいた数日前に帰りたい。
は府第を抜けて、行ける所をどんどん進んだ。
いつの間にか外殿近くにまで来ていたが、そんなことには気がつかず、さらに足を進めていた。
ふいには足を止め、辺りに誰もいないことを確認すると、大きく息を吸った。
「利達の莫迦〜!!」 力の限り叫んだは、心なしか軽くなったような気がして、再び府第に戻っていった。
その頃外殿では、朝議が執り行われており、思いのほか通った声に、一瞬沈黙が下りた。
王以下一同、近くの者と顔を見合わせ、何事だろうかとざわざわしたのを見て、先新は原因を探すよう命じ、元の議題に戻って朝議を再開させた。
「主上。どうかされましたか?」
利達が政務を執っている房室へ、先新と昭彰が入ってきた。
「朝議が一時中断された」
「朝議が?それは何故です?」
「娘さんが叫んでおってな」
くつくつ笑う先新に、利達は訝しげな顔を作った。
「何処の娘が叫んでいたのです?文姫ではないでしょうね」
「違いますわ」
昭彰も軽く笑っているのを見た利達は、ますます訝しげな表情になっていった。
「若い娘さんをからかってはいけないよ」
「お父さん、それはどうゆう意味ですか?」
不機嫌な顔にまで成長した表情に、先新は朝議で聞いた声の事を話す。
「莫迦?誰が叫んでいたのです?」
「司右のお話ですと、近頃春官に新しく入った官吏が、道に迷って叫んでいたようですわ」
昭彰が答えたが、利達の表情は元に戻る事はなかった。
道に迷って、何故自分が莫迦呼ばわりされねばならないのだ、と。
「新しい官に知り合いなどおりませんが」
「名をと…」
がたっと音がして、利達は立ち上がった。
不機嫌だった顔が、驚愕の表情に変わっている。
「が春官に?それは、本当ですか?」
頷く主従を待たず、利達は動き始めていた。
風のように過ぎて行った息子を見送っていた先新は、隣に佇む昭彰に言う。
「新しい椅子が必要になるかもしれんな」
「ええ、あの、主上…」
昭彰は小首を傾げて先新に問う。
「そのお名前、どこかで聞いたような気が致しますが…」
「うむ。わしもそんな気がしていたのだが…どうにも思い出せなくてな」
「…。あぁ、思い出しましたわ」
昭彰は微笑んで先新に言う。
「二年ほど前、采王の即位式の時…」
「ああ、港町で出会って、隆洽に連れ帰って来たと言う海客の…」
「恐らく。ご自分で昇仙なさったのですね」
「そのようだな。感心な娘さんだ」
頷く主従は王后に伝えるため、その場を立ち去った。
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