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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =16= 利達は宮道を急いで歩く。
府第が今日に限って何故か遠い気がした。
春官府へ入り、を捜し歩く。
「すみません、こちらにと言う人がいると聞いたのですが…」
誰だという視線を無視して、利達は返答を待った。
「?ああ、あの新参の子か。さっき天官府へお使いにでたよ」
「天官府…ありがとうございます」
春官府を退出し、利達は天官府へと急いだ。
「すみません、こちらにと言う人が…」
「?ああ、春官の新参の子だね。さっきまでそこにいたはずだが…地官府に行くとか何とか」
「…ありがとうございます」
天官府を退出し、地官府へと急ぐ。
「こちらにと言う…」
「ああ!あの愛想のいい春官の子ね!夏官府に行ったみたいだよ」
「今度は夏官府か…ありがとうございます」
「こちらにと…」
「春官の子だね。秋官府に行ったよ」
「こちらに…」
「冬官府に行ったよ!」
「こちらに…」
「春官府!」
堂々巡りとはまさにこの事なのだろうと、身を持って実感した利達は、重い足取りで春官府へともどっていった。
「え??まだ戻ってきてないが…」
ついに行き詰ってしまい、利達は大きな溜息を漏らして春官府を出た。
「何処にいるんだ…」
何処を探したものかと考えながら、利達は庭院へと下りていた。
ひょっとしたら歩きつかれて、庭院で休憩でもしているのだはないかと思ったのだ。
その利達の予想は、見事に的中したようだった。
女官らしき後姿を利達の瞳が捉え、こっそりそちらに近付いていった。
女官の肩は震え、泣いているように見える。
しばし躊躇われたが、意を決して足を踏み出す。
背後から震える肩に手をかけ、利達は優しく言った。
「泣くのなら、胸を貸すと言っただろう?」
女官ははっと顔を上げ、くぐもった声で言う。
「本当に…胸をお借りしても…うっ…」
返答を待たず、その女官は振り返って利達に縋りつく。
あまりに大袈裟な素振りで泣き出すので、少し驚いた利達は恐る恐る声をかけた。
「?」
女官は素早い動きで顔を上げ、驚愕した眼差しで利達を捕らえる。
「それ、誰?」
女官は利達の知らない顔であった。
「あ…いや。人違いでした。申し訳ない…」
「人違い?何よ莫迦にして!」
ぱちん、と小気味いい音が庭院に響き、唖然と立ち尽くす利達。
女官は泣いたまま走って行き、利達は頬を押さえたままその場に留まっていた。
「嘘つき」
刺す様な声を背後に聞き、利達は頬から手を離して振り返った。
「胸を空けて、待っているって言っていたのに、誰にでも貸せるのね」
「…」
六つの官府を渡り歩いても見つける事が出来なかった、一番会いたい人物が、利達の目前に立っていた。
「やっと…見つけた」
「‥‥‥探していたのですか?」
「探した。まさか宮城にいたとは気がつかなかった。さっき聞いて初めて知った」
「誰に聞いたのです?」
「主上に…朝議を中断させたんだって?」
「え?」
利達は説明しようと口を開けたが、首を横に振ってそれを辞めた。
「すまない…もう、二度と現れないつもりでいたのに…でも一言祝いたくて…おめでとう」
「あ…ありがとうございます…」
「…?」
「はい」
「何故そのような口調になっている?」
話しかけて来た時には、確かに普通だったのにと思いながら問いかけていた。
「それは…立場が違うからです」
「関係ない。前のように話してくれて構わない。さっきはいつもの通りだったと言うのに…」
そう言うと、は俯いて小さく言った。
「それは…少し嫉妬心が出たのです。自分だけに向けられていたのだと、淡い夢を見ておりました。お許しを…」
「さっきのは…その、事故のようなものだ。以外に貸すつもりはない」
そう言った直後、利達はを引寄せていた。
「…あなたは太子です。ですから、こんな事をなさってはいけません」
の腕に力が入り、利達の腕はそれを容易く放してしまった。
「そうか…すまない。忘れていた」
利達はそう言って、から一歩下がった。
「忘れていたとは…?」
「好いた男がいたのだったな…それを忘れていた。わたしが迂闊に触れてはいけなかった」
「それは…」
違うと言いかけて、は誤解させたままだった事を思い出した。
太子だと聞く瞬間まで、必死に利達を探し回っていた自分が脳裏に現れる。
「誤解…です…」
「誤解?は好いた男がいると…ずっとつまらないように見えたあの日、隆洽で会った最後の日。は確かにそう言った」
「申し訳ございません。あの日は翌日に試験が控えておりましたので、少し心が何処かに行っていたのです…」
「では、あの翌日に試験を…なるほど。では、好いた男というのは…」
「…」
「いるのだな…」
「おります…」
「そうか、すまなかった。ひょっとして、その御仁を追って宮城に?」
「はい…文官だとお聞きしておりましたから…」
「文官か…思いが通じると良いな」
「きっと、無理ですわ。位が違いすぎますから」
「好いておるのなら、関係ないだろう」
「いえ。見ているだけでも良かったのですが…姿を見ることすら出来ぬほど、高みにおわす方でした…」
あくまでも丁寧に離し続けるに、利達は少し苛立ち始めた。
「いつまでその喋り方を続けるつもりだ?」
そう言うと、は泣きそうな顔を上げて言う。
「利達はやっぱり嘘つきね…相手が太子じゃ、胸を貸してなんて言えない。縋って泣くなんて恐れ多い事、出来ないじゃない…好きだなんて…言ってはいけないのよ…」
一度上げた顔を慌てて引っ込め、は再び俯いていた。
「関係ないと言っただろう…。わたしは何も変わっていない。二年前、出会った頃と同じままだ。その…の好きな御仁と言うのはひょっとして…」
は頷いて答えた。
「…利達に追いつきたくて、ここまで来たの。同じ場所で働けたら、幸せだろうなって…好いてほしいなんて望まない。ただ、傍にいる事が出来たら、それでよかったの。でも、利達は傍に居ていいほど軽い身分の人じゃなかった…」
「誤解だったのなら、何も問題はない」
「そうゆう訳には…」
「太子だと、胸元で泣けないと?そう言う事か?」
「胸元で泣くなど…とんでもない。恐れ多くも…」
「では太子は好いた女性と、会ってはいけないと言うのか?」
「好いた女性?」
「そうだ。に会わないと決めてから…ずっと辛かった。それでもの邪魔をしたくはなかったからこそ、会わないと決めたと言うのに」
「それは一体…」
利達は再びを引寄せていた。
腕の中に閉じ込めて、触れる事の出来る実感を刻み付ける。
「が好きだと言うことを、説明しているつもりなのだが…分かりにくいだろうか?」
「…少し分かりにくかったわ」
苦笑したような声が聞こえ、利達も同じように苦笑した。
腕を少し緩め、の顔を引き上げる。
そっと口付けを落とし、再び問う。
「分かりにくいだろうか?」
「よく…分かったわ…」
真っ赤になって俯くの顔は、利達の胸元に埋められ、再び腕には力が入っていった。
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