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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜


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その日の夕刻。

は清漢宮の奥に来ていた。

本来なら立ち入る事など出来ない禁域である。

後宮の一角である典章殿には、王と側近だけが住まい、外朝に官邸を持つ官吏が起ち入る事は出来ない。

もちろんの場合、利達が一緒に連れてきたので、止められる事はなかったのだが。

「二年前、文姫がとても会いたがっていた。簪を喜んでいて、個人的に雇うのだと言っていたな」

「個人的に?」

利達は頷くと続いて言った。

「だからきっと喜ぶと思う」

「でも…なんだか緊張してきちゃった…どうしよう。声が出なくなるかも」

軽く笑った利達に、の不安げな瞳が訴えていた。

「す、少し待って。ちょっと、呼吸を整えてくるから」

はそう言うと、すぐ傍の柱に駆けて行った。

さっと影に入り込むと、深呼吸をする音が聞こえ始める。

「あれ?兄さん」

立ち止まってを待っている利達に、利広が声をかけた。

「聞いたよ兄さん。駄目じゃないか女性を泣かせちゃ。女官を振ったんだって?」

ぴたりと止まる深呼吸を聞いたような気がした。

「何の事だ?」

「父さんから聞いたよ。何でも若い娘さんを兄さんがからかったって。泣かしてぶたれたって官の噂でも聞いたし。今はも宮城にいるんだし、気をつけないと」

何を言われているのか利達には分からなかったが、柱の影でが確実に誤解している事は分かった。

不穏な空気が流れ始めていたからだ。

「お前…が宮城に居る事を知っていたのか?」

「あれ?言わなかったかな?」

「初耳だが」

「それで浮気してしまったのかな?」

「浮気など…」

そこまで言った利達は、残りの言を飲み込んだ。

柱の影から姿を現したは、まったくの無表情で利達に歩み寄る。

「あれ?どうしてがこんな所に…」

利広もその後は口を閉ざす。

典章殿に響く痛々しい音を最後に、は内宮から姿を消した。

「え〜っと…冗談だったのになぁ」

困ったように言った利広に、頬を押さえた利達は冷たい声で問いかける。

「お前はわたしとの兄弟仲を潰したいのか、それともとの仲を裂きたいのか、どっちだ」

「いや…え〜と…」

困り果てた卓郎君と、弱り果てた英清君はその後、言葉もなく自室に戻った。


































内宮を退出してきたは、そのまま宮城を出て山を下る。

街に下りるとまっすぐ舎館を目指し、辿り着いた時には、明かりが灯るほど暗くなっていた。

舎館の中からは忙しそうな音がしており、女将に会いに来たは入るの躊躇い、しばらく舎館付近をうろうろしていた。

しかし入る事を諦め、その場を立ち去った。

この忙しい時間に、女将と何を話そうと言うのか。

恋の悩み相談でもしようと?

女将ならきっと、ちゃんと聞いてはくれるだろうが、そんな事を言いに戻るのは、何か逃げ帰るようにも思えた。

女将には良い報告をしたい。

春官の仕事になれた頃、手土産でも持って舎館を尋ね、みんなと思い出を語る。

そうでなければ、心配されてしまうだろう。

それに、自分はすでにこの舎館の人間ではない。

今行った所で、居場所などないと分かっていた。



浅はかな思いでここまで来た、自分の弱さが少し悔しかった。



















溜息をついた後、当てもなくただぶらぶらと街を歩き、気がつくといつも利達と会っていた、民居の間に生える木の所に来ていた。

「なんだか懐かしい…」

まだそれほど時間は経過していないはずだったが、木に手をつくと遠い過去の出来事のように、あらゆる場面が思い出された。

「よく考えたら、私と勘違いした女官の話と、私の話とが入り混じっていたのよね。ちょっと悪い事しちゃったかな」

反省したは木から手を離し、帰ろうと道に戻った。

「きゃ…」

暗がりの中、何かとぶつかり、尻餅をついた

何にぶつかったのだろうかと目を開けると、男の脚が見えた。

「あ、ごめんなさい。ちゃんと見てなくて」

「お前…」

聞き覚えのない声に、は男を見上げた。

「あ、あなたは…!」

港町での財布を取った男だった。

「どうしてこんな所に…」

「それはこっちの台詞だ。だが、ここで会うって事は何かの縁だ。とりあえず、有り金全部だしな」

「…あなた、少しも成長しないのね。それ、いいかげんにやめたら?」

「随分喋れる様になったじゃねえか。お前にはな、恥かかされてんだよ。ただで帰れると思うな」

「何を言われてもお金なんて持ってないわ。自宅に全部置いてきたわよ」

「へえ、じゃあ自宅に案内しな」

民居の明かりを受けて、きらりと光るものをは見た。

「脅そうっていうのね。私の自宅は山の上よ。そこまで着いてくる自信があるのかしら」

「ああ?山の上?」

「ええ。隆洽山の中腹あたり。外朝といえばいいかしら」

「な、何?それじゃあ本当に官吏?国官だってのか?」

「そうよ」

ちっと舌打ちが聞こえたかと思った次の瞬間、の目前に反射した刃物が映った。

急いで身を屈めて見たものの、ちり、と熱い感触が胸に走る。

「くっ…」

崩れる体に追い討ちをかけるように、男は再度刃物を振り下ろす。

「へっ、俺はなそんな事じゃびびらねえんだよ。目的を変更すりゃいいのさ」

胸を刺されても、まだ死んでいない事実に驚いたが、は視界が滲み始めたのを感じていた。

「忠告しておくけど…国を敵に回すのは、賢いとは言えないわね」

口調とは裏腹に、もう気を保っているのが難しく思えた。

薄れ行く意識の中で、は利達の幻を見た気がした。



続く






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利広はこのお話しに限って、

なんだか損な役回り?

                   美耶子