ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =18= 「、!」
ひたひたと頬を打つ感触に、の意識は覚醒される。
覗き込んでいるのは二人の太子、利達と利広だった。
はっと起き上がり、は辺りを見回した。
思い出の木が傍にあり、先程の男が横に倒れていた。
傷を確認すると、血の跡だけが残り、肌は元の状態に戻っていた。
「傷痕がない…。仙籍にあるって、凄いことなのね…」
驚いて見上げると、安堵した顔の利達がを包んだ。
「どうして…ここが分かったの?」
がそう問えば、
「兄さんの愛の力で」
と利広が答える。
先程の挽回を図っているのだろうか。
そう思うとおかしさが込み上げてくる。
利達の腕の中で笑ったに、利広は立ち上がって言った。
「わたしはお邪魔のようだから、退散するとしようかな。この男を国府に突き出さなきゃいけないし」
「初犯ではないから、厳重に裁くように言ってくれ」
「かしこまりました」
丁寧に礼をした利広は、まだ気を失っている男を引き摺って、その場を離れていった。
「…大丈夫か?」
「え?あ、うん。大丈夫みたい。自分でもびっくりだけど」
「よかった…それと、さっき利広が言った事だが…」
「宮城でのこと?誤解なんでしょう?よく考えれば分かることだったのに…ごめんなさい」
「いや、誤解が解けたならよかった」
そう言いながら、利達はを引き上げる。
「わ…」
少し均衡を崩したは、木に寄りかかって事なきを得た。
「どうして、街に、下りてきたの?」
まだ少しくらむ視界の中で、はそう言って利達を見上げた。
「むろんを追ってきた。誤解を解くために。明日にでもと思って、最初は自室に篭もっていたのだが…その…」
利達は少し言いにくそうにしていたが、すぐに続きを言った。
「後日にと思っていて、会えなくなったり、離れてしまった隙に誰かがに近寄ったり、などを考え始めると、すぐに探すべきだと思った。それで、利広を引っ張って街に降りてきた」
僅かだが、確実に赤くなっている利達を、唖然と見ていたは唐突に笑い出し、片手を木に、片手をお腹に当てて体を震わせていた。
「そんなに笑うような事か?」
「う、うん。だって、私も同じように考えていたもの。ここで…」
そう言っては笑いを収めていった。
「利達と最後にここで会った日。利達が帰った事にも気がつかなかったの。でも、話したことを何となく思い出して…とっても酷い事を言ったって…分かったの」
木に寄りかかりながら、はそう言った。
「それで翌日が試験では、さぞ集中力が削がれた事だろうに」
「いいえ。ますます集中したわ。利達に酷い事を言って、試験に落ちてしまっては、誤解を解く方法がなくなるもの。宮城に上がって、利達を探して誤解を解くつもりだったの。でも全然見つからなくて…綺麗な女の人はたくさんいるし、とても焦ったんだから」
思い出して笑うの頬の横に腕を伸ばし、利達は木に片手をついて言う。
「それで、何故わたしに悪態を?」
「悪態?」
「莫迦と叫んでいたと聞いたのだが」
「あっ!嘘…誰か聞いていたのね」
「すぐ近くで朝議が行われていた。見えなかったのかもしれないが、警護の者がうろついていただろうし、何よりの声で朝議が一時中断したと」
「そんなぁ…」
情けない声で言ったは、さらに加わった腕によって逃げ場を失い、顔を俯ける事で辛うじて利達の視線から逃れた。
「で、理由は?」
「だって…太子だって聞いて…。見つからなかったの。全部の官府に顔を出して、たくさんの人に会って探したのに、噂一つ聞かなかった。だから尋ねたのよ…。そうしたら、過去の記録から名が出てきて…」
「それが、どう莫迦に繋がる?」
「だって、太子だなんて聞いてなかったもの。一生懸命探して周ったのに…二度と再会できないんじゃないかって思ったら…」
は大きな溜息を吐いて続ける。
「見つかったと聞いて喜んだのに、垣間見る事も難しい存在だったなんて…立場と境遇に憤って叫んでしまったの…だから利達に怒っていたわけじゃないの。あの時はね」
「あの時は?」
「だって、その後…。やっと見つけたと思ったら、女の人と抱き合っているし」
「あ、あれは人違いで…が泣いているのだと思って近付いて行ったのだし、ではないと知ってすぐに…」
動いたの気配によって、利達は口を閉ざした。
は顔を上げて利達を見つめる。
「今でも、利達の胸元は空いている?泣きたい時には泣かせてくれる?」
「もちろん、いつでも泣いていい。先約はないし、これからも受け付けない」
くすりと笑っては言う。
「事故以外は?」
「ま、まあ…そうだな」
そう言うと、の体はすっと前に倒れる。
利達の胸元へ収まった頭を、木から離れた腕が包む。
「私、いつから利達が好きなんだろう?」
利達の腕の中でそう言ったは、ほんの僅か首を傾げていた。
「わたしがいつからを好きなのか、ではなくて?」
「うん。自分の事なのに、分からないの」
「奇遇だな。わたしも分からない。だが…相当前だと思う」
「私も、随分前から好きだった」
の言に、抱く腕には自然力が篭められる。
髪の中に顔を埋め、何度も口付けを落としていった。
「私って、とても巡り合わせがよかったのね。…あ、そうだわ」
自ら行った言に、は何かを思い出したようだった。
その様子に、利達の顔は上げられ、腕の力は僅かに緩んだ。
「私、もっと今の仕事に慣れて、時間に余裕が出来たら、巧に行かなきゃ」
は利達を見上げて微笑む。
「私を助けてくれた人に、お礼を言いに行きたいの。この世界で生きて、仕事にも就いた。好きな人にも巡り合えて、今は幸せですって報告しなきゃ」
「そうか。一緒に行こうか?」
「え?いいの?」
「もちろん」
「ありがとう…。利達、大好きよ」
再び頬を埋める。
二人を見守り続けてきた思い出の木は、今も静かに揺れていた。
いつしか時は流れ、早くも二年の歳月が経過した。
は典章殿に住まいを移さず、春官として官邸に住んでいる。
さすがに王と住まう勇気までは持てず、また仕事にも就いたばかりであったため、太子と密かに思いあっていると言うのは秘密にしていた。
会うのはやはり、思い出の木の傍であった。
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