ドリーム小説




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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜


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しばらく待っていると、桧皮の襦裙が目の前に現れる。

「ど、どうかな…」

不安気に見上げているのは、に違いないのだろう。

「見違えた…」

「え?」

「いや、…なんでもない」

簡素な襦裙に、輝かしい人が包まれているように感じた。

随分と汚れていた顔を洗ってきたから、そのせいかもしれないが、先ほどと同じ人物とは、とても思えなかった。

「やはり華やかな襦裙の方が似合ったのでは?」

「そんな事ないわよ」

は嬉しそうに何度も自分を見下ろして、さらりと揺れる裾を見ていた。

「そうか…」

女性に贈り物をする男の気持ちが、少し分かったような気がした。

これほど喜んでもらえると、自分までもが楽しくなるような気がするのだから。

「では舎館に向おうか。もういい頃合だろう」

そう言った利達の言を、店の外に出たは理解した。

陽は大きく傾き、街は赤銅色に染まっていた。

白い石に橙の陽が映り込み、二人の影が長く伸びている。

「わあ…凄い!」

は海に向って駆け出していた。

さほどの距離はなく、海はすぐに見えて始める。

風がの漆黒の髪を巻き上げ、静かに肩にかかる。

桧皮色の襦裙の裾も静かに収まった頃、利達は追いついて隣に立つ事が出来た。

「綺麗いで、とても不思議…。ねえ、この海はなんでこんな色をしているの?」

「なんでって…赤海だから、か」

「う〜ん?巧の海は青かったわ。奏になると赤くなるの?」

それを受けて利達は、頭を抱えたい心情になっていた。

は、こちらに流されてどれぐらいになる?」

「え?そうね…三ヶ月ぐらいになるかしら」

やはり、こちらに来て間もない。

何も知らないと思っていいのだろう。

「それでよく、ここまで来る事が出来たものだ…」

感心した目をに向けた利達。

言われた本人はのほほんと笑んでいる。

赤と橙が入り混じった光の線を、その瞳は追い続けていた。

すっかりと陽が沈みこむまで、身動き一つせずに、輝きを見つめている瞳も瞬きを見せ、不思議な綾を織り成していた。













陽が完全に消えるのを待って、利達はを促す。

「こんな時間から、舎館は見つかるものなの?」

時を無為に過ごした人物の言とは思えぬそれに、利達は苦笑しながら応える。

「いや、騎獣を預ける為に、すでに舎館は取ってある。臥室が二つあったから、一つを使うといい。…は舎館に泊まった事はないのか?」

「ないわ」

「それでどうやって旅をしてきたんだ?」

「ああ、不思議でしょう?」

悪戯っぽく笑ったは、一枚の紙を取り出して利達に渡した。

「この子は小さい頃病気にかかって、口を利くことが出来ません。教育も受けておりませんので、文字を読む事が出来ません。哀れと思し召しならどうぞ一晩、家の片隅に置いてください」

読み上げた利達に、は少し驚いて答える。

「あ、そんな大層な事を書いていたのね。口を閉ざせばいいってのは分かったんだけど」

「これは慶で?」

「いいえ。巧の人が書いてくれたのよ。あ、今気がついたんだけど、慶の人は仙人だったのかな?言っている事が分かったもの。ただ意味が分からなかっただけで」

「官府にいた者なら、仙だろうな」

「そっかぁ。でもあまり感じが良くなかったわね。だって巧の人は全然何を言っているか分からなかったけど、とてもよくしてくれたもの。絶対に暮らしはよくなかったと思うの。とても貧しい感じがしていたのに、路銀までくれて、その紙をくれたのよ。住む所が決まったら、無事に奏に着いたって知らせに行かなきゃ。あ、でも先に言葉を覚えなきゃ。ちゃんとお礼を言いたいもの」

「…素晴らしい順応能力だ」

心の底から感心して言った利達は、嬉しそうに笑むを見た。

「そう?ありがとう。でも命がかかっていたら、誰でもこうなるわよ」

それはどうだろうかと思ったが、口には出さないでおいた利達。

そうこうしている内に、舎館に到着した。

「わ…凄い舎館。こんなに豪華な所、初めて見たわ。巧でも慶でも見たことがないわ…。尤も、ここまで綺麗な街もなかったけど」

「そうか。そう言ってもらえると、奏国民としては嬉しい」

中へ入ると、はさらに感嘆の声を出し、物珍しそうに辺りを見回していた。

房室へと向った利達は、舎館の者に夕餉を運ぶように頼み、床几(こしかけ)に座る。

「本当に凄い。溜息が出ちゃうわ」

そう言うと、本当に大きな息を吐いた

軽く笑った利達は空いている床几を指し、座るように言う。

「しばらくはくつろぐといい。夕餉の後で少し教えてあげよう。あまりにもこの世界の事を知らなさ過ぎる」

「教えてくれるの?色々?」

嬉しそうに言うに、利達は頷いて答える。

「そうだな。学ぶのは嬉しいのか?」

「うん。だって、分からない事だらけなんだもの。誰に聞こうにも言葉が通じないし。…実を言うと、学びたいって言うよりも喋りたい。ちゃんと相手の言っている事が分かるって、こんなに楽しい事だったんだ」

それは三ヶ月の間、彼女が苦しんできた事だった。

さらりと言うが、言葉が通じず、知らぬ世界に投げ出されれば辛いだろう。

どこまで理解をしているのか分からないが、ほぼ何も知らないと見たほうがいい。

「何から教えればいいのか…」

「?何から??」

「あぁ、いや…そうだな。は何を学びたい?」

「う…ん…。私は、何を学べばいいの?」

「そうなるのか…。そうか…となると、無からだな」

「無?」

「初めからと言う事なんだが…」

利達がそこまで言った時、扉の向こうから声がかかる。

夕餉の用意を持ってきたようだった。

それを驚いたように見ている

「これは…食べ物?」

「確かにそのように見えるが…蓬莱の物とは違うのだろうか?」

「え、ううん…そうじゃないけど…こっちの食べ物って、もっと茶色くて、白くて、薄くて、べちゃべちゃしたものばかりだと思っていたから…」

今までどのような物を食べていたと言うのだろうか…。

よほどの暮らしをして来たようだ。

箸を使う事は出来るのだろうかと、危惧せざるを得ない発言だったが、利達の目の前では箸を手にとり、丁寧に手を合わせて言った。

「いただきます」

炊き立ての白米の碗を持ち、器用に箸を使う。

いや、普通なのだが、器用だと感じてしまったのだ。

一掬いを口にいれて、噛み締めていたは、満面の笑みを作って微笑んだ。

「おいしい」

「そうか、よかった」

早くも遅くもなく食べ続けるを見ながら、利達は頷いて自分も箸を持った。

ひもじいのなら、もっとがつがつ食べるものだと思っていたのだが、そのような行動は取らなかった。

良い教育を受けた証なのだろうと思う。

「ご馳走様でした」

手をつけていない器を幾つか残し、は箸を静かに置く。

「もういいのか?」

「あまり食べていなかったから、たくさんは無理みたい。ごめんなさい、残してしまって」

「ひょっとして、箸をつけたものは無理に食べたのか?」

「あ…うん。だって失礼じゃない。箸をつけて残すなんて。本当なら、全部食べるのがいいんでしょうけどね。それはとても無理そうだったから。ごめんなさい」

「いや、謝る必要はない」

そう言うとは微笑んで、再度礼を言った。

「たくさん助けてもらっているわね…ねえ、私に何か恩返し出来る事があったら、何でも言ってね。出来る事って、とっても少ないと思うけど…」

確かに、と言って利達は笑う。

その後、利達もすぐに食べ終わり、二人は低い円卓へと移動した。

紙と筆を借りて、小さな授業が始まる。

「世界は十二の国があり、それぞれの国は王が治めている。大陸続きに八つの国。海を隔てたその周りに四つの国があり、ここは大陸の一番南の国、奏南国だな」

利達は説明をしながら、紙に図を書き込んでに見せる。

「やっぱり…そうなんだね」

「やっぱり?」

「あ、ううん。なんでもないの。続けて」

「…。が最初に辿り着いたと言うのは、東の国、慶東国の最南端だろう。そこからここ、巧州国に入ったのだな」

「陸の南で奏南国?慶は東だから慶東国?」

「その通り」

「じゃあ、西と北は何て言うの?」

「範西国、柳北国」

「へええ。それで?巧は?」

「それを取り巻く四つの国には州がつく。北から雁、巧ときて、奏を通り越して、才、恭。虚海に浮かぶ四つの国には極がつく。雁の対岸が戴極国、巧の対岸は舜極国、才の対岸は漣極国、最後に恭の対岸が芳極国だな」

「州国の対岸には、極国があるのねそれで十二なんだ。ねえ、虚海ってのは?」

「外海の事で、世界を取り巻く海だな。はここから流れついたのだと思う。内海はそれぞれ名が違う。が最初に見た内海は青海。巧の途中から、赤海に変わる。さらに赤海は才から白海に変わり、恭で黒海に変わる」

「それぞれ名が違う?じゃあ、色も違う?」

「飲み込みが早いな。その通り」

「ふうん…」

それからも続く説明に、質問をはさみながら、はどんどん吸収していく。

聞きたいことは山積しており、答える利達も、間違えた情報や、勘違いのないように、言葉を選びながら答えていた。

時間は瞬く間に過ぎ、いつしか痛くなり始めた首を、二人は伸ばしながら続けていた。

しばらくすると、は首と一緒に体を伸ばし、大きな息を吐き出した。

「ねえ、怖くて聞けなかったんだけど…ここは私の居た世界とは違うのよね?」

「…申し訳ないが、違う」

「帰る事は…」

「出来ない。少なくとも、今のには不可能だ」

「そっか…ははは…そうなんだ…。なんとなく、そうじゃないかと思ってたの…だって、日本には…ううん。私のいた世界には赤い海なんてないし、翼の生えた虎なんていないもの」

「窮奇に襲われたのか?」

「きゅうき?」

紙に字を書いて見せる。

「窮奇。翼の生えた虎と遭遇したのか?」

「うん。慶でね。とても騒ぎになっていたもの。それを見てすぐに思ったの。ここは私の知ってる世界じゃないって。でも、考えないようにしてたの。だってそうでしょう?知っているどころか、理解出来る世界じゃなかったんだから…」

笑い顔のまま、漆黒の瞳は隠される。

変わりに零れ落ちる涙に、利達は何も言うことが出来なくなった。

「は…はは…はっ…」

拳が握られ、小さく震えていたが、必死に我慢している。

そっと肩に手をかけた利達は、小さくに言う。

「それでも、生きていてよかった…」

その言に開かれた瞳は涙に濡れ、歪んだ利達を映していた。

「泣くといい。今は何も考えずに」

拳に乗せられた利達の手が温もりを伝え、決壊するかのように溢れ出す涙。

利達に包まれた手を抱え込み、は声を出して泣いた。



続く






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ほのぼのって…何?

(滝汗)

              美耶子