ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =5= 翌日。
温かい粥を啜りながら、は至福の時を堪能していた。
「おいしそうに食べる」
「だって、おいしいんだもの。私ね、日本に居た時って、ちゃんと食べていなかったの」
碗を持ったまま言う。
「ひょっとして…倹しい家で育ったのだろうか?蓬莱は豊かな国だと聞くが…」
「つましい?ああ、違うわ。う、んと…。食べ物なんて、お腹に入れば一緒だと思っていたの。ただ膨れればいいと。家が裕福だった訳ではないんだけど、物は溢れていたし、国は豊かだったと思うわ。そう、慶や巧に比べればね。だけどこちらに来て、食べ物の大切さを知ったわ」
「辛い思いをして来たのだな…」
「辛くないって言えば嘘になるけど…でも、でもね…」
はそう言うと、顔を上げて利達に微笑み、続けた。
「蓬莱には、地上に星があるの。都会に行けば、それだけ星の数が増える。店や会社の宣伝に使われるイルミネーションがね。ちかちかと瞬いて、派手な装飾を施しているわ。けどね、空にあるはずの星は、ほとんど見えないの。小学校でね、習うのよ。肉眼では四等星までは見えるって。目のいい人なら六等星も見える。だけど、実際に見ることが出来るのは、二等星ぐらいなの」
分からないといった表情の利達に、はなおも説明を続けた。
「つまりね、地上の灯りが明るすぎて、天が見えないの。色々なものが溢れていて、楽しい世界なんだと思うわ。でもここには、日本で決して見ることが出来ない景色がある。金の太陽、銀の月。青い海と赤い海。世界がこれほど美しいものを作り出せるなんて、知らなかったもの。それはただ美しいだけの景色じゃない。何か、大切なものを思い起こさせる景色なの。何が本当に大切なのか、景色から学び取る事が出来るのよ」
「本当に大切なもの…」
反復した利達に、は微笑む。
「人として、大切なもの。それが日本にはないような…。ううん。日本に居た頃の私には、なかったような気がするの」
そう言うと、は粥に向う。
習うように利達も食べはじめ、が食べ終わったのを確認すると立ち上がった。
外に出た二人は、昨日回った店に再び入る。
「あ…あった!」
目的の簪を見つけたは、急いで利達の隣へと行き、手に持った物を見せた。
「これじゃない?」
じっと見ていた利達。
だが、しばらくして首を横に振った。
「違うの?」
「あ…いや。違うのかどうかも分からない」
すまなさそうに溜息をつく利達をその場に残し、は簪を元に戻しに棚に向う。
利達の袖を引っ張って外に連れ出し、もう一度見せて欲しいと頼んだ。
快く懐から簪を出した利達は、さきほどの持っていた簪と酷似している事に気がついた。
「模様まで同じね。間違いないわ」
にこりと微笑んだ顔に、利達は頷いた。
一人店に戻って簪を購入する。
安堵の息を吐きながら、店を出た利達。
そこに待っているはずのを探し、辺りを見回した。
しかし、の姿は何処にもなかった。
訝しげな表情に変わるのを自覚しながら、利達は再度辺りを見回す。
まさかと思い、利達は辺りを探して周った。
昨日、着いていくと言っていた官府に足を運び、問い合わせてみたが、海客の届けは出されていないとの事だった。
ざわざわ言う心を落ち着かせ、利達は街に戻って行った。
何かありそうな場所をくまなく探し周っていた利達は、南東にある草堂(あばらや)の外で立ち止まる。
中では何かの割れる音、叫び声が聞こえていた。
「きゃー!」
「…!?」
慌てて扉に手をかけるが、何かにつっかえて開かない。
体当たりをすると少し緩んだ気がした。
続けて扉に助走をつけて当たり、最後には肩から突っ込む。
中に転がり込んだ利達は、気を張りながら身を起こし、ちかちかする視界に頭を振る。
「利達!」
まだ視界のはっきりしない利達の首元に、何かが飛びついて来た。
「怖かった…」
いわずと知れただった。
暗がりの中に、薄く見える桧皮色の裾を確認する。
「大丈夫か?」
そう問えば、からんと音がする。
何だろうかと音の元を探る。
すぐ下から聞こえており、よく見ると木の棒のようだった。
すぐ先に昨日の男が伸びている。
しばし考えてみる。
木の棒はが手を離したために、下に落ちたのだろう。
そして男が伸びている。
「ひょっとして、あそこで伸びている男はが?」
「だ、だって…いきなり殴ろうとしたんだもの!」
焦ったは利達から離れ、様子を窺おうと伸びている男の近くに寄って行った。
「ちょっと、思いっきりやり過ぎたかしら…?」
顔を近づけて行くと、伸びていたはずの男の手がに伸びる。
声を出す事も出来ずに、は男の下に押さえ込まれた。
「てめえ、痛えじゃねえか!」
そう言った男に反論しようと頭を捻ったは、さらに押さえつけられた事によって声を出す事が出来ないようだった。
手で口元を塞がれたが、それでも必死にもがいている。
ようやく口を覆う手を振り解いたは、男に向って叫ぶ。
「いいかげんにしなさいよ!何様のつもりなの!?」
「るせえ!恥かかせてくれてよお。ただで済むと思ってたのかよ」
「何言ってるか分からないわよ!そもそも悪いのはあんたじゃないの!何も知らない海客だと思って馬鹿にして!人を罵る言葉なんてね、雰囲気で通じるもんなのよ!このろくでなしっ!」
「あぁ!?なんだとてめぇ!俺を舐めてると痛い目に合わすぞ!まあ、もっとも、今から謝ったって許してやらねえがな」
せせら笑う男の顔を睨みつける。
「放しなさい!馬鹿!!」
「やかましい!とっとと黙りやがれ!!」
拳を振りかぶった男。
振り下ろされる直前に、響くような静かな声が響き渡った。
「彼女を放しなさい」
声の主に、男は顔を上げる。
訝しげに目を細め、利達を確認すると頷いて言った。
「昨日の兄ちゃんじゃねえか。昨日はよくも官府になんか突き出してくれたな」
「刺史」
「あぁ?」
「刺史、という役職を知っているか?」
「さあ、知らんね」
「彼女がそれだと言っておこう。刺史は地方に派遣されてはいるが国官に属す。高い位ではないが、彼女は官位ある人物だ。元は海客だと言うことを利用して、潜伏捜査の為にこちらに潜りこんでいた。今は仙籍にないが、宗王の信篤きお方だ。わたしはその護衛を勤める」
「は…?何を…」
「護衛である以上、わたしは仙籍に留まり、冬器の所持を許可されている。冬器に立ち向かうか、それともこのまま立ち去るか」
睨みながら言われた男はたじろぐ気配を見せた。
官府に突き出されただけでは、想像し得なかった王の名が出てきた事に、すでに覇気は萎え始めている。
ここで女にコケにされた屈辱を贖うか、それとも素直に腰を折って逃げるのか、男の瞳は迷いを露に映している。
「好きなほうを選ぶといい。言っておくが、わたしも街に紛る事が出来るような装いだが、これでも禁軍の端くれだと言っておこう」
「き、禁軍!」
その言葉は、男の気を削ぐ事に成功したようだった。
たじろいだ男はの上から退き、戸口の方へ注意深く歩いていく。
「本来なら刺史は、お前のような小物を相手にしない。だが確実に街の官府を動かすだけの力は持っている。去るのなら、早いほうがいいと思うが?」
ひややかな声に、男の足は混乱を極め、縺れながら逃げ出していた。
ぽかんと口を開けたままのは、利達と戸口を交互に見比べながら立ち上がる。
ややして声を出した。
「ありがとう。また助けてもらっちゃった」
「いや…何もしていない」
「でも相手は逃げてったわ。ありがとう」
にこりと微笑んだは、首を傾けて言う。
「でも利達って、軍人さんだったのね。禁軍ってあれでしょう?王の所有する軍隊で、国の中枢にあるっていう。確かそう言っていたわよね」
「よく覚えているな。一度聞いただけだと言うのに」
「きっと利達の話し方が上手なのよ」
褒められたように言われて、利達はどのような言を返して良いものか、考えつかず、誤魔化すようにして言った。
「感心していないで、早くここを出たほうがいい」
「は〜い、軍師殿」
「軍師ではないが…」
「じゃあ、何なの?禁軍だって言うから、てっきりそうかと思ったわ」
「それは…軍人には見えないと言う事だろうか?」
「うん」
「そ、そうか…」
「だって、頭が良さそうだから。武よりも文って感じ。話をしているとね、それぐらいは私だって分かるのよ。話し方も上手だし、すらすらと言葉が口をついて出てくる。私みたいに何も考えないで喋っているのと違って、ちゃんと話の筋道を立てているもの。思慮深いって、きっと利達みたいな人を言うのね」
戸口に向いながら言うに、利達は唖然とした表情を見せていた。
歩き出さない利達に、は振り返って問う。
「どうしたの?」
「あ、いや…」
暗がりの草堂から、光の溢れる街に出た二人は、無言のまま歩き始めた。
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